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1-35 泥棒の仕業でした

 油断していた。

 レイが自分の近くにいるからといって安全が確保されたわけではなかったのだ。

 相手は遠隔でレイを殺せる。


 人質を取られてしまっていたらこちらからはどうすることもできない。

 なんとかレイの首輪を外すことができれば……。


「全員武器を置け。その場から動いたら大事なお嬢さんの呼吸が止まることになるぞ」

「やだ……。僕、もう嫌だよ!」


 レイは涙声で体を震わせていた。


「ええい、黙れ!」


 マルクが問答無用に指を鳴らす。

 すると首輪が収縮を始め、人力では為し得ないほどの苦しみをレイに与えた。

 絞まるというより、潰している。


 喉を圧迫されて声の出せないレイはそれでもなお苦悶の表情で訴えた。


「ふははは! 見ろ、あの情けない顔を! ほら、降伏しなければこの顔が死相になるぞ!」

「待て待て待て! 武器、全部捨てるから命だけは――!」


 新はマチェットを即座に捨て、クレスの剣も無理やり奪って投げ捨てた。


「アラタさん!?」

「だってしょうがねぇだろ! 他にどうしろってんだ!」

「で、でも――」


 チャンスを待ったり、他の策を考えたりするものだとクレスは思っていた。

 しかし新のメンタルがそれを許さない。


 レイの苦しむ姿があまりにも生々しく、新はパニックになっている。


「お前、まだ別の武器とか持ってねぇよな!? 絶対にそれも捨てろよ!」


 身につけているもの、着ているもの、ポケットの中にだって危ないものが入っていたら捨てるべきだ。

 何がマルクを刺激するかわからない。


「ほら、お前もポケットの中まで――」


 新がズボンのポケットに手を突っ込む。

 その時、新の脳にレイの首輪を外す方法が舞い降りた。


「そこの魔法使い! その魔導書がなければ魔法が出せないのだろう? 早く本を渡せ!」


 唯一武装を解除していないマユにマルクは怒号を飛ばす。


「なに、君のことを殺しはしないさ。ただ、そこのお嬢さんと同じように調教して売り物になってもらうだけだよ!」


 ゲスな眼差しでマユの体を見つめる。

 おかげで『調教』という言葉の響きが気持ち悪く聞こえる。


「バーカ、中年ロリコンオヤジ!」


 そんな気持ち悪さに耐えかね、新が吠えた。

 マルクが突然の罵倒に顔を赤くする。


「貴様、私のことを愚弄するのか!」

「あぁ、そうだよ! 身長低めのロリばっかり狙いやがって!」

「若いほど高い値がつく。それほど需要があるんだ!」

「うわぁ、この国大丈夫かよ……。じゃあ、そんなお前にひとつ教えてやる――」


 新は息継ぎを挟んでから続けた。


「マユはなぁ! 二十歳(はたち)超えたお姉さんだぞ!」

「……アラタ、この会話に意味はあったのか?」


 レイの命が危ない緊急事態なのに、作戦とも思えない適当な会話。

 マユはほんのちょっぴり怒っていた。


 しかし振り向き、新の手元を見て目論見(もくろみ)が判明する。


 一瞬気をそらすだけでいい。

 手軽さこそが魔方陣の強みだから。


「レイ、これに手を重ねろ!」


 新のポケットに潜んでいた一枚の紙。

 それには失敗作のハレンチ魔法陣が書かれてあった。


 女性を裸にして転移させる魔法陣。

 つまりそれは、鍵穴のない首輪でさえ置き去りにする魔法。


 唯一の打開策だった。


「何をするつもりだ! すぐに離れろ、そいつが死ぬぞ!」


 マルクが素早く二回、指を鳴らした。

 首輪の収縮速度が上がり、ギリギリと首を絞める音が聞こえる。

 レイは苦しさのあまり体をバタつかせ、今にも気を失いそうだ。


「レイ! 転移したら近くにレンガの家がある。そこでゆっくり休んでてくれよ!」


 新が暴れるレイの手を掴み、そのまま魔法陣の上に押しつけた。

 紙が発光し、魔法の発動を知らせている。


 直後――。

 (まばゆ)い光のあとに残っていたのは金属の輪っかだけであった。


「な!? わ、私の商品が! どこにやった!」

「――言ったろ、泥棒さんが盗みに来たって」


 これで我慢する必要はなくなった。

 クレスがすぐに剣を取り、マルクの頭上に向けてビームを放った。


「ひぃっ!」


 マルクは怯えた声を発しながら伏せる。

 しかし自分が避けた時に見た光景は何本もの鉄格子を軽々と切断していく半円のビーム。


「な、何をしている! 早くそいつらを殺せ、殺してくれ!」


 ヤクザ集団の男は残り二人。

 二人とも絶大な魔法使いの力と勇者の装備に怖気づき、マルクの指示があるまで動けずにいた。

 人数が少なくなったこともあり、最初の覇気はなくなっている。


「アルファ、ベータ『睡眠(ヒュプノス)


 その隙にマユが書物へ指示を出す。

 あっという間に男たちは倒れ、眠りについてしまった。


「決着だな。ノロケ勇者くん、誰か人を呼んでくれないかな」

「あ、わかりました! 衛兵を呼んできます!」


 クレスはマユの頼みにすぐ動いた。

 地下室はそこまで深くなく、クレスは鎧を脱ぎ捨ててから壁についた傷などに手足を引っ掛けて外まで登っていった。


「さて、アラタ。この男に聞きたいことをぶつけようではないか」

「た、頼む! 命だけは! 好きなだけ大金をやるから――」

「その大金とやらはチート商売で手に入れたものだな? ズバリ聞こう。あれはどんな仕組みなのだ!」


 マユがただの魔法オタクに降格した。

 魔法なのか魔法学なのか。

 謎を解き明かしたくて仕方がない様子だ。


 だが、返ってきた答えは満足のいくものではなかった。


「わ、私にもわからない。私は言われたとおりに動いただけだ。大金欲しさに動く(こま)なんだよ!」

「おい、もうちょっと詳しく言えよ。俺たちも余裕がないんだ」

「い、言えない! やめろ、命だけは……!」

「な、何もしてないだろ!」

「待て、アラタ。きっと彼は文字通り『言えない』身なのだ」


 マルクは誰かの駒だった。

 しかしその『誰か』は言えない。

 つまり――。


「万一にでも正体をバラせば殺される――。そういうことだろう」


 マルクは一心不乱に頷いた。

 新が大きくため息をつく。


「なんだよそれ。でもそしたら、目的はなんだ?」


 マルクの稼いだ大金はチート能力を売ったからだ。

 だがそれでチート能力を製作した人間にメリットはあるのか。


「何も言われてない……。言うとおりにしていれば大金が手に入ると言われたんだ」


 結局謎に包まれてしまった。


 外からザワザワとした声が聞こえてくる。

 人が集まってきたのだろう。


「おいマユ、ここからどうするんだよ」

「あとは公正な機関に任せよう。新聞なり口伝(くちづ)てなりで彼の供述は聞けるから」

「おい、私からも尋ねたいことがある。お前たちは一体何者なんだ……」


 レイを助けることのメリットもわからない。

 そもそもレイがここに監禁されていることや、自分自身がこの家を拠点にしていることをどうやって知ったのか。

 さらには凄まじい強さ。

 特に魔法を変幻自在に扱う少女には手も足も出ない。


 王国の手先かと思ったが、『公正な機関』と言うくらいだからその線も消える。

 すると、全くもってその正体が掴めない。


 新は迷うことなく返事をした。

 魔王の手先ではなく、今は――。


「泥棒だって。まだそう勘違いされたままなんだ」

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