0-4 対抗策が出来ました
新は幼少期からゲームが好きだった。
自分で攻略することが快感に思えた彼にとって『チート』は無縁そのもの。むしろゲーム本来の楽しさを損なってしまうものだとさえ考えるほどだ。
だから、突然それに対抗する手はずを整えろと言われてもなかなか浮かばなかった。
「チートって一括に言われても……。ダメージ一切無効とか攻撃力カンストとかあるじゃん」
思考を巡らせるためにこぼした言葉だったが、結局、例にあげたどちらにも抜け穴はないように思えてならない。
絶対に勝てるツールが『チート』なのだから。
頭を抱える新にマユが情報を流し込む。
「正直、なんでもある。この前はひと振りでどんなものでも斬るビームを出す剣とビーム系の攻撃を無効化する鎧の噂を聞いたぞ」
「矛盾、だな。……でもそれって装備の話じゃん? チート『装備』じゃなくてチート『能力』はないの?」
装備だけならば、その装備を剥ぎ取るだけで終わりだ。
しかしながら、そんな新の期待は一瞬にしてかき消される。
「いるぞ。この前は『魔法が撃ち放題』なんて女性が単独で城を攻めてきたものだ」
「なんか地味じゃね……」
「何を言うか、どんな強力な魔法も何回だって出せるのだぞ。家の電化製品すべてを電池一本で永遠にまかなえているようなものさ」
どんな規格でも、どんな用途でも応用のきく電池。それはつまり、どんな大きさのどんな種類の魔法も制限なく撃てるという意味だった。
魔法、という言葉で新はひとつの案をひらめく。
「マユの魔法はどうよ。チートを無効化する魔法って出せないの?」
「うむむ、私の魔法は特殊なのだ。こちらの世界で飛び出る魔法は本当にファンタジーめいているが、こちらは学問。……まずはアラタにそこを教える必要があるな」
マユの頬がわずかに緩む。
学ぶことが好きな彼女は、教えることもまた面白いと感じるのだった。
「魔法用の杖を持ち詠唱をすれば、この世界の住民は魔法を発動できる。しかし発動にはそれ相応に体力がいるから、下手に連発をすれば体が壊れる危険性もある」
魔法が撃てるというだけでそれなりにエリート。
努力なしに全員が発動できるわけではない。
「対して私だ。君も私も努力し、杖を握ったとて魔法は出せない。しかし、魔法陣を編むことで似たようなことができるのだ」
魔法学。
体力的な問題で生身では魔法が出せない人のために、この世界では研究が進められていた。
「これは数学や化学に似ているな。幾何学模様の法則性や円陣の周りに書く言葉によって、発動させる魔法を細かく設定できる」
「じゃあ、チートを無効化する魔法も――」
「では聞くが、君はリーマン仮説を証明できるか」
「何それ……」
証明もなにも、それ自体がどのようなものかさえ新にはわからない。
「今の君と私は同じ状態だ。解くべき問題を言われても、それを実現する式がわからないでいる」
チートを無効化する魔法。それを出すにはどのような魔法陣を書かねばならないのかがマユには未解明。
マユどころか、おそらくは全人類が未解明であろう。
「そういうわけで、今の私では力及ばずなのだ。その難関さが、私の欲望をさらに満たすのだがな」
「その気持ち、俺には理解できないわ……」
テストは前日に詰め込むタイプ。夏休みの宿題は最終日に。
それに加えて新は文系であった。
とても魔法学ではマユ以上の結果を出せる気がしない。
「じゃあもうチートと戦うのは不可避なのかな……」
「いずれ負けてしまうぞ。相手はただでさえ不死なのだから」
「その死なない原理も未解明、だよな?」
「もちろんだとも。あれもまさしくファンタジーであるからな」
ただでさえ倒せるかどうか怪しい相手。それなのに何度倒しても戻ってくるかもしれない能力を立ち向かう者全員が兼ね備えているのであった。
「戦っても勝ち目がないなら『相手と戦わない』作戦しかないか……」
「む、具体的に言いたまえ。報告、連絡、相談は基本だぞ」
「あ、いや……。そんな具体的に言えるほど考えまとまってないって」
戦わないという作戦。それは言い換えると『逃げる』という選択肢だった。
だが、あの魔王が逃げることを許すはずもない。
「逃げられないなら――相手を逃がすか」
異世界転移をこなしたマユなら、相手を強制的に別の場所へ送り出してしまう魔法陣を書けるのではないか。
そうやって時間稼ぎをしている間にチート能力の解明を進める――とか。
新は突如舞い降りたアイデアをブツブツと口にした。
それを聞いたマユは感嘆の声をあげる。
「おぉ、転移魔法か。悪くないかもしれんぞ」
「マジ? こんなんでいいの?」
「うむ、全くもってセキュリティのなっていない魔王城にはピッタリだ。さっそく一冊ほど書くとするか」
マユは隠し扉へと戻り「邪魔したな。シュベール、また来るよ」と言った。
部屋を出る彼女の後ろ姿をベルだけがお辞儀をする。
帰宅をする姿を見て、新も続いて部屋を出た。ベルの頭は垂れたままだ。
「マユ。俺も何か手伝うよ」
「ふむ。『精神的に向上心のないものはばかだ』とKは言ったが、すると今の君は賢者であるな」
「……へ?」
「私なりに褒めたのだ。わかりにくかったかな」
コツコツと響く足音。
打倒勇者、打倒王国を目指して魔王城を出た二人。
一般的なゲームとあべこべなルートに、新は期待を胸にしていた。