1-34 人の家で暴れました
男は5人いた。
どれもこれもモリモリマッチョで強そうだし、ナイフのような刃物を携帯している。
「うおぉぉぉ! やっぱり怖ぇ!」
新が頼りない雄叫びを発する。
異世界に来たなら毎日美少女とイチャイチャしたり、最強魔法で安全圏から無双したり――。
少なくとも無骨なヤクザ集団とリアルファイトする展開なんて望んでいなかった。
「クレス、もう全員斬れ! あいつらナイフ持ってんだぞ! 殺意満々だぞ!?」
「でも僕がやったら死んじゃいますよ! アラタさんが前に――」
「お前もビビってんじゃねーよ! ほら、俺、普段着。お前、強そうな鎧」
「じゃあこれあげますよ! そっちが着てくださいよ!」
勢いがよかったのは最初だけ。
いざ戦うことが目の前まで迫ってくると最悪のケースばかりを思い描いてしまう。
殴られたらどうしよう。
痛いよな……。
刺されたら?
死ぬのかな。
「おい、最期に言いたいことは出し終えたか……?」
男の一人が問うた。
こちらがモタモタしていたせいで痺れを切らしたのだろう。
「クレス、天井を斬れ!」
「あ、はい!」
クレスは剣を鞘から抜き、上へ大きく振った。
大気を切り裂く音と同時に半円の光が天井を破る。
やがて空いた穴から太陽の光が入り、剣の威力を物語っていた。
「オラオラ! こっちにはな、最強の剣があるんだぞ! 死にたくないなら全員降伏して――」
「かかれ!」
新の虚勢を野太い声がかき消した。
すぐに前から男が殴りかかってくる。
客観的に見ればシュールでコントじみた光景だが、主観的に見るとそれはそれは怖くて仕方がなかった。
人間、怖いと脚がすくんだり、腰を抜かすものだ。
しかし極限を超えると、不思議なことに体は自然と動くのだった。
首からぶら下げていた照明魔道具を手に取り、前にかざす。
これはただの照明器具じゃない。
マユが魔法陣を書き加え、武器として使えるように改造したものだ。
使い方は簡単。
ランプのような本体を大きく振るだけ。
白く発光してきたら3秒は本体を見ないこと。
3秒後には――。
「ぐわっ!」
ランプが瞬間的に閃光を放つ。
失明するほどではないが、数分は視界が悪くなるはず。
「――って、ランプ壊れたぁ!? マユ、どうしよう!」
「さっきのフラッシュでその魔道具に限界以上の出力をさせたのだ。壊れるのも無理はないだろう」
「はぁ!? じゃあ使い捨てかよ!」
新は魔道具を投げ捨ててマチェットを抜いた。
その間にクレスが鞘に収まった剣で視界不良の男を殴る。
脳天に直撃した剣は、その重さも作用して楽に男を気絶させた。
「お前たち、相手は見たこともない素人だ! さっさと殺せ!」
どこからかこもったような声がする。
方向は、真下。
「お、マルクくん焦ってるねぇ! バーカ、出てこいよバーカ!」
「……そのうるさいガキから殺せ! 早く!」
「ふざけんなお前! 俺が一番弱いって知って言ってんのか!」
「それを知ったらなおさらだ! 弱い者から潰していけ!」
口は災いのもと。
ヘタに煽らないほうがよかったかもしれないと新は後悔した。
しかし声を出さないとこの空気に耐えられないのだ。
「アラタ、そろそろ私が出るよ。刮目するといい」
「頼んだ、マユ。緊張でちょっと吐きそう……」
マユが持っていた本を空中に置く。
これこそがマユのとっておき。
マユが被っている帽子はベルと共同で作った魔道具。
ひとつひとつの本を繰る必要はない。
この帽子が自動で本を浮遊させ、ページさえも動かしてくれるのだ。
「地下があるようだし……。この床を消してしまおうか」
マユの周りを囲む本のうち、二冊が光りだす。
「デルタ『衝撃波』」
マユが指示をしたその瞬間――。
轟音とともに足場が崩れた。
さっきまでたしかにあった足場が浮遊感に変わり、重力が床の破片ごと下へ運ぼうとしていた。
「イプシロン『浮遊』」
その一言で今度は重力さえ消える。
消したどころか、邪魔な破片は上へ。人間はゆっくりと地下室へ着地させた。
「さて、森に住む魔女の伝説。またひとつ作ってしまおうか」
新はこの時に悟った。
マユは紛れもなく天才であるということを。
また、同時に彼女ひとりでほとんどが解決しそうだということを――!
「――っと、そんな場合じゃねぇや。レイ、助けに来たぞ!」
男だらけの空間ではレイを簡単に見つけ出すことができた。
すぐに駆け寄り、弱った体を抱き起こす。
「泥棒、さん……。どうしてここが……」
「いろいろ後だ。話は大魔法使いが全員を片付けてからな」
「待って、首輪を外さないと。僕、もう苦しいのはヤダよ……」
弱々しく、悲痛な声。
その一言でレイがどれほどの過酷に耐えてきたかが伝わった。
「わかった、すぐ外すから」
首輪の全体を見つつ、外し方を模索する。
恐ろしいことに鍵穴がなく、素手では金属の塊を壊せるはずもない。
「クレス! 剣でこれ斬れないか?」
「え、これをですか!? できると思いますけど、この子の体ごと斬れちゃうんじゃ……」
「ビームじゃなくて、その刃でやってくれよ」
ゆっくり動かせば剣からビームが出ない。
ビームはなんでも切断するが、剣そのものも切れ味は鋭いと予想したのだ。
だが――。
「ダメですね……」
「じゃあ、あとはマユしかいないか」
新はマユに視線をやる。
彼女の戦う後ろ姿はどこか洗練されていた。
魔法オタクは伊達じゃない。
「アルファ、『電撃』。ベータとガンマは『蓄電』」
一冊の魔法陣から放たれた雷が二冊の本を行き来し始めた。
「おい、今のうちだ! 魔法は詠唱に時間がかかるはず!」
マルクが男たちを指揮する。
その指揮に合わせて二人の男が少女に向かって飛びかかった。
魔法を連続で発動するには時間が必要だ。
普通は魔法の詠唱に時間が取られるだけでなく、連発をすれば命を落とす危険があるため体調に気を配らねばならない。
マユの操るものが魔法であればの話だが。
「残念だが、これは魔法学であって魔法じゃないのだ。詠唱もなにも不要でね」
口を動かすのは変わらない。
しかしマユの場合は『詠唱』ではなく『指示』によって魔法が発動する――。
「ベータ、ガンマ『放電』」
今まで行き来していた雷が一斉に前方へ放出された。
マユに飛びかかってきた男たちはその雷に巻き込まれてブルブルと痙攣し、その場で気絶する。
「私には指一本触れられないよ。あえて宣言しておこう」
自分の書いた魔法陣ひとつひとつが正常に作動したことにマユは喜びの表情を浮かべた。
まさしく魔法オタク。
魔法を発動させることに愉悦を覚えている。
「残りは二人。もうやめてもいいが……。どうするかね、悪代官様?」
「く、くくく……。そこまでだ! 貴様ら全員、一歩も動くなよ」
マルクは自分の右手を高く挙げ、泥棒に警告をした。
「そのお嬢さんについている首輪は私の合図で収縮する。つまり、いつでも窒息死させることができるのさ。……わかったら大人しくしろ!」
これはあまりにも予想外だった。
新もクレスも首輪は外せないし、肝心のマユはレイから離れている。
誰もマルクには抵抗できない。
それは彼の勝利を確信した表情からもわかることだった。




