1-33 戦いが始まりました
「い、今から殴り込みですか!?」
「バカ、声デケェっての!」
クレスが自宅を出てから数分で二人はマユのいる場所へと戻っていた。
ちなみに帰りは転移魔法を使ったから早いが、行きも『一回だけワープできる能力』を買い、使った。
これもなかなかに高額で、ベルには申し訳ない。
マユが待っていた場所は路地裏。
新が初めて魔法陣を書き、失敗し、二人で落ち着くために逃げ込んだのと同じ場所だ。
「うろたえるな、ノロケ勇者。早くこれを着たまえ」
「僕の鎧……。マユさんは落ち着いてますね、すごく……」
「まぁ、私は昨日あたりから覚悟していたし。でも君にはその装備があるから、命の心配はいらないさ」
魔法は一切効かないし、物理的な攻撃もある程度はダメージを和らげてくれるはず。
よほどのことがなければ死なないし、大きなケガも心配ない。
「そうですけど……」
「ほら、早く終わらせよう。レイがどんな目に遭っているかわからないし、私はベッドを新調したいし」
――ちゃちゃっと助け出すぞ。
魔女は帽子のつばを引っ張り、不敵に笑った。
――――――――――――
「さてお嬢さん、私はそろそろ仕事の時間だ。嬉しいだろう、今日もまた一歩『商品』に近づけて」
「はい。ご主人様……」
暗い地下室の中。
マルクは売り物の調教をやめ、表の顔に戻ろうとしていた。
王の精神も衰弱し、そろそろとどめを刺す頃だ。
このまま無謀な指揮でレイの命を無駄にした王に仕立て上げ、国民の信用を失わせれば――。
「彼との契約も果たされる。私はさらに財力を手に入れ、このスラムを統べる第二の王となるのだ!」
ここではどいつもこいつも財産に飢えている。
だから財力は権力にも等しい。
ここなら自分が何をしてもいい。
秩序なき場所ではトップの自分こそが秩序になりえるのだ。
「愉快愉快。王の拾い子を服従させることだってできるのだしな!」
最高だ。
これですべてがうまくいく。
これで――。
「すいませーん! マルクくんいますかー!」
知らない声が聞こえた。
一瞬だけ驚いたが地下室は気づかれにくいように細工しているし、レイを捕獲した時と同じ者に警備を頼んである。
金のためなら冷酷に人を殺すような精鋭揃い。
誰だか知らないが入ったら最後、生きては出られないはずだ。
――――――――――――
「マルクくんいますかー!」
「アラタ、ふざけないでくれ……」
「これ僕の家でもやってましたよ……。実は大真面目なんじゃないですかね」
「心の余裕は大事だろが! 俺、ホントは脚ガックガクだぞ!」
『セーブポイント』の近くより荒廃し、空気も悪い。
そんな場所に不自然すぎるほど豪勢な屋敷があった。
レイはその中――しかも矢印は斜め下を示している。
「下って地面だろ。地下室でもあるのかな。……すいませーん!」
「あの、誰も出ないなら切ります……? 留守かもしれないですし」
「留守だったらラッキーだな」
扉はしっかりと施錠されているし、中からは音も聞こえない。
クレスの剣で一刀両断してもいいが……。
どうするべきか考えていた時、不意に扉が開いた。
「誰だ?」
そう尋ねたのはいかにも悪そうなコワモテマッチョ。
新には見覚えがあった。
「あ、お前! 国王城に行く途中で見たぞ!」
国王城へ偵察に行く途中で見かけたコワモテ集団。
『そこはかとなく存在感をなくす』魔法のおかげで気づかれずに済んだが、新はしっかりとその姿を見ていた。
まさかマルクの護衛だったとは。
「マルク様が中でお待ちだ。入るといい」
声のドスがすごい。
新はやはり殴り合いの喧嘩なんてしたことはなかったが、そんな彼でも感じ取れた。
中に入ったらヤバい。
マルクが待ってるなんてことはなく、囲まれてボコボコにされるに決まっている。
「マユ、入っていいのか……?」
怖気づいて小声で聞いた新だったが、マユは修羅場慣れしていた。
高らかに宣戦布告をしてしまう。
「もちろん、突入だ。暴れよう!」
この場にいる中で一番虚弱そうな少女が物騒なことを叫ぶと、全員が固まった。
新もクレスも、コワモテの男も。
意外過ぎる発言に呆然と立ち尽くし、しばらく静けさだけが和平を築いた。
「……ほら、入りたまえよ男子諸君。私じゃ、この巨漢は動かせないぞ」
その言葉に動いたのはクレスだった。
鎧の重みに任せて男にタックルを食らわし、ついに突入。
マユは悠然とその後に続き、新はビビってマユの後ろにいた。
「誰だ、お前ら!」
「僕は勇者クレ――って、これ名乗ったらダメなやつですかね」
「なんでもかんでも素性を明かすのは不安だな。本名はやめておくべきだ」
マユが新の背中を物理的に押す。
お前も何か言ってやれと求めているようだ。
「あぁ、もうヤケだ!」
新は矢印の方向に向かって叫んだ。
「おい、レイ、聞こえてっか! 泥棒さんがお前を盗みに来たぞ! 国王城では何も盗んでねぇけどな!」
この『泥棒』は善か悪か――。
それを決定するのは法でも、世間でもなく。
これからの自分だった。




