1-30 戦いの準備をしました
確かに聞こえる。
はっきりしない意識の中で、誰かが呼んでいる声が。
長い時間、声が聞こえていた気がした。
ただ新の意識がはっきりしたのはその声が大声になってからだった。
「アラタ! 起きろ!」
家中に満たされた声が決め手となり、新は重い瞼を開ける。
「んだよ、マユ。もう少し寝てたって――」
よくない。
新は自分の愚行を恥じた。
マユと同じ寝床で横になるのはまだいい。
それで眠りについたっていい。
でも、寝ぼけていたとはいえ自分より小さい女の子を抱き枕にするのは社会的にまずい。
「ご、ごめん!」
新はマユを解放する。
胸と腹の間くらいに腕を回していたため、いろいろギリギリだった。
彼女の胸がもう少し大きければアウトだったかもしれない。
「念のために聞くけど、触ってないよな……。だ、大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。まぁ、触られなかったと言うと嘘になるが」
「本当にごめん! マユの体が目当てじゃなくて、寝相がたまたまこういう形になっただけだから――」
「わかっている。この程度を一回やられたからって君との仲が悪くなることもない。決戦前の英気を養うためにも軽く触れるくらい許すさ」
マユはベッドから這い出てから伸びをした。
ただ体を伸ばすだけでなく、同時につま先立ちもしてしまうのは恐らく無意識だ。
「でもさすがに起きたかったからね。せめて本の一冊でもないとせっかくの朝が無駄になる」
書を手にし、またもやベッドに座る。
「寝たりないなら言ってくれ。昼には出るが、それまでならサービスだ」
「マ、マユ……。別に俺はロリコンじゃないから、マユの体をずっと抱きしめたいわけじゃ……」
「君はまだ高校生だ。私の体は中学生くらいかな。すると3歳差ほどしかないことになる。たとえ情を抱いたとしてもおかしくないだろう」
「そういう問題じゃねぇっての。起きる、起きます」
マユと同じようにベッドから出る。
今日は決戦の日。
ベルから貰った大金でチートを買い、マルクの悪事を暴く。
レイが生きていれば助けるし、彼女が国王の前でマルクについて証言すればそれこそが証拠になる。
基本的には潜入任務になるだろうが、場合によっては派手にやってもいいだろう。
「そうだ、レイ奪還作戦ってマユも来るのか? 力負けしそうだけど」
「国王城の時は捕まりたくなかったから行かなかったのだ。レイについてはどう解釈しても善行だろう。だから行く」
汚れ仕事は押しつけて、おいしい仕事には同行する。
マユの狡猾な一面が見えたが、新はあえて目をつぶった。
「私のことは大魔法使いと思ってくれて構わないよ。君に見せていないとっておきがあるし。というか、むしろ私は君のことが一番不安だ」
マユには魔法陣がある。
クレスには鎧と剣がある。
しかし新は……?
「俺もマユから貰った魔法陣集が――」
「それだけでやりくりできるのか? まだ魔法について知識のない君が」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「他のチートや扱いやすい武器を買っておくといい。武器なら私が魔道具に改造してやらないこともないぞ。あとは君の地頭だな」
新の瞬発的な発想力をマユは信頼していた。
戦いにおいてそれが発揮されるかはわからないが、真正面から突っ込むタイプではないのは明らかだ。
「俺、買ってくる! 武器ってどこで売ってるかな」
「セーブポイントあたりを散策すればあると思うが……。武器じゃなくても魔道具にできるから、君が気に入ったものでいいよ。とにかく時間重視だ、急ぎたまえ」
「わかった! 行ってくる!」
新は家を飛び出た。
本命は武器。
もしそれがなかったとしても便利な魔道具になりそうなものを求めて。
肌を冷たくする風が自分の走る速度を教えていた。
しかし本当に急ぐなら風を受ける必要はないはず――。
「転移魔法使えばいいじゃねぇか!」
意気込んで出発したものの、すぐに新はUターンすることになった。




