1-28 今日という日は長そうでした
ベルが新に渡した布製の袋はずっしりとした重みがあった。
中には大きな硬貨が10枚。
要求した通り、その総額は10万バペルだ。
「ありがとう。必ずいつか返すよ」
「いえ、城内に置かれた転移魔法のおかげで侵入者たちがここにたどり着くことはなくなりました。それは感謝の印としてお納めください」
「え、マジ? 誰も来てない?」
「はい」
魔王の玉座まで進む勇者たちの数は魔法陣によって激減するとは思っていたが、全てなくなるとは予想以上だ。
そしてこれは、やはりレイがマルクによって危害を加えられたことの裏付けになる。
魔王の前に来ることさえなかった少女がどうやって殺されるというのか。
気になるのはレイの生死。
たとえ数分の縁だとしても、一度話をした少女が危険な目に遭うのは気分が悪い。
今はまだ生きていたとして、自分たちがもたついているうちに死んでしまったりしたら最悪だ。
だからいつまでもここにいるわけにはいかない。
「それじゃ、そろそろ帰るわ。また落ち着いたら話そうな」
シュベールに別れを告げる。
イデュアに苦手なものを知られ、すっかり拗ねてしまった魔王様は視線を返すけだった。
代わりにイデュアが言葉を返す。
「絶対にマルクをひっ捕らえなさい。それで――なんとかして」
一瞬言葉を詰まらせながらも皇女ははっきりと言葉に力を込めた。
言葉に覇気があったのは、やはり自分の危機が商売に利用されていることが気にくわないからだろうか。
そこの本意を知ることはできなかったが、新は真っ直ぐに受け止める。
「あぁ。シュベールと遊びながらのんびり待っててくれよ、イデュア……様」
「『様』はもういらないわ。いちいち面倒だし、あなたが本当に敬意を払いたくなったらつけなさい」
「でもそっちがつけろって……。今日はやけに優しいな」
「いつもが強がりなだけ。落ち着かなくって、ごめんね」
前に会った時とは別人のようだ。
シュベールへの愛情や愚民といった呼び名は変わらずとも、明らかに雰囲気が違っている。
今までは転移してすぐの見ず知らずだったが、多少時間が経って信頼できる人間だと認めてくれたのかもしれない。
とにかく悪いことではないと確信できた。
「……またな」
改めて別れの言葉を伝えるとベルが頭を下げた。
目の前が森の中になるまでその頭部が上がることはなかった。
夜の森はとても暗い。
我が家から漏れる光がなければ帰宅することも難しいほどだ。
風が木々を揺らす音を耳にした後、家の扉に手をかけた。
早くマユに軍資金のことを言って、明日には作戦を実行する気の新だったが――。
「ただいま!」
「おかえり、アラタ。今日は君と一緒のベッドで寝させてほしい」
なかなかどうして、明日はすぐにはやって来ないようだ。




