1-27 魔王にも弱点がありました
「――そこで我はエルフの女にこう言ってやった。『水浴びで貴様の心が休まるのなら、毎日風呂に入ってもため息をつく人間はどんな生き物なのだろう』とな」
「魔物ジョークを人間に言ってもウケねぇぞ……。エルフを皮肉ってるのか本気で人間をバカにしてるのかわからん」
「そうか。じゃあ次の話を聞け。いいか、これは我が実際に体験した話である」
ベルが軍資金を用意してくれている間、新は延々と魔王様の聞き手に徹した。
マユやイデュアが長く話を聞いてくれることはなく、その上魔王は話したがり。
ベルに話してもなかなかくだけた返答をしてくれない。
だからいくらでも話を聞いてくれる新が新鮮で、シュベールは話したいことをべらべらと言い続けていた。
すでに数時間は経過している。
「――それでな、我が用を足した後に足音がした。真夜中に、だぞ。しかも明らかに我の後ろを追いかけてきよる」
「それは怖いな……」
「それで足音が近くなってな。侵入者であればベルが飛び起きるし、やはりここは呪われていると確信した。アンデットやゾンビでなく、本物の亡霊がいるのだと!」
「あ、シュベール様。それ私が追いかけていただけですよ。トイレしてるところ盗み見ようかなって」
能天気に話す皇女。
国王城にいた時は溢れ出るロリコン思考をどのように抑制していたか気になる新だった。
「……次の話に移ろうぞ」
「待ってくださいよ。せっかくだからその話を詳しくしましょう。愚民にもシュベール様を布教してやるわ」
「やめろ! 崇拝されることは悪くないが、貴様はずば抜けて気持ち悪い!」
魔王と皇女が仲良くしているなんて知ったら世間はどう思うのか。
目を疑うようなその光景は、新の前でいとも簡単に広がっていた。
「シュベール様って強いのにオバケには弱いですよね。ちょっと泣きそうな声とか――」
「あぁぁぁ! おいアラタ、我は! 一度も! 泣いてなぞいないからな!」
「あれ、泣きそうじゃなくて泣いちゃってたんですか。愚民にも知られて、恥ずかしいですねー」
「ちがっ――! ベル、この女を人間の城まで投げ飛ばしてこい!」
怒りなのか恥なのか、シュベールは耳を赤くして唇を噛みしめていた。
ベルは助け舟を出す立場だろうが今回だけは違った。
「シュベール様、夜でも起こしていただければ以前のように同行しますよ」
「あら、いつもはベルについて行ってもらっていたの? かわいいんだから」
「はい。イデュア様がこの城にいらっしゃってから頑なにひとりで行くと――」
「うわぁぁぁぁん! お前ら全員嫌いだ! アラタ、我も今日からマユの家に住まわせてくれ!」
「はっ! シュベール様とマユが同じベッドで寝てるところ見たい! 愚民、私も住むわ」
「では、不肖ベルも」
あぁ、国民の不安はなんのためにあるのだろう。
こんなにも皇女はイキイキしているのに。
新は改めて自分の守るべき平穏を垣間見た気がした。




