1-18 絶望に落ちました
レイは冷たい風に撫でられて目が覚めた。
とても硬く、寝心地の悪いベッドから身を起こす。
目を開けたはずなのに視界は暗い。
そもそもここはどこなのか。
今に至るまでの記憶を掘り起こすのは簡単だった。
首元に違和感があったからだ。
「何これ……。首輪……?」
金属の輪が自分の首元を囲む。
なぜこれがつけられているのかというと――。
「僕、捕まっちゃったんだ……」
小さな個室に鉄格子。
レイはマルクに軟禁されていた。
自分はここからどうなってしまうのだろう。
(……こうなったからには脱出のことを考えないと)
まずは装備を確認。
短剣はもちろん、潜入に役立つ細かい魔道具も腰から消えていた。
服はそのままだが、脱出には役立ちそうにない。
(そもそもここはどこなんだろう……)
窓がなく、音がほとんど聞こえない空間。
寒い隙間風が軽装な自分の体を刺激する。
鉄格子を確認するが大きな南京錠で塞がれていた。
正攻法で出るには鍵が必要だ。
他に生身でできることは魔法くらいだが、レイはこんな時に使えそうな魔法を持ち合わせていなかった。
彼女の使える魔法は主に肉体強化だ。
それも足音や気配を消したり、より強力な跳躍力や持久力を獲得するものだった。
あとは煙幕を放つなど、やはり状況を打破できそうなものはない。
(じゃあ、タイミングを見るしかないかな)
相手が何かしらの理由で鉄格子を開けた瞬間に脱出を試みることに。
レイはベッドからブランケットを手にし、肩の上から羽織った。
(王様はどうしてるかな……)
マルクほどの階級ならば、王と話せないわけではないはずだ。
きっと自分のことを適当に隠蔽するはず。
それにしても自分を生かす理由はなんだろうか。
首を絞め続けられた時、レイは己の命が尽きたと思った。
それなのに失神止まりでとどめを刺されずにいる。
(ありがたいことだけれど、狙いはなんなんだろう)
ありがたい――。
自分が生きていることにありがたさを感じるほど、首絞めは死へ近づいた。
死への恐怖と苦しさを思い出し、目の奥がじんわりと熱くなった。
空気が冷たいせいでその熱さが強調される。
そんな最悪のタイミングで誰かがやって来た。
階段を降りる音が響く。
カツカツ――と。
現れたのはマルク。
ランプを持って鉄格子の前に立っていた。
「お目覚めかな、お嬢さん」
「ふん、あなたの声のせいで最悪だよーだ」
急いで目元を拭き、強気に返す。
「あぁ、かわいそうに。そうやって他人を拒むことしか教わらなかったのか」
「もちろん。悪い人の言葉には耳を貸さないって、子供でもわかるよ」
マルクは大声で笑った。
「そうか、『悪い人』か。お嬢さん、安心して。私は君に新しい生き方を教えてあげたいだけだ」
「結構です。早くここから出してよ。悪い人のことを告げ口しないと」
「……まずはその減らず口から直さないとな」
マルクがランプを持たない方の手で指を鳴らした。
途端に首輪が収縮する。
ギリギリと肉を圧縮し、さっきまで脳裏にあった恐怖が蘇った。
「がっ……!」
目を見開き、濁音まじりの声が自然と漏れてしまう。
「やめで! じぬぅ!」
ボロボロと涙を落とし、呼吸のしにくい中で命乞いをする。
それを見たマルクがもう一度指を鳴らすと、首輪がもとに戻った。
開いた気道が酸素を求めてヒューヒューと音がする。
「その首輪はお嬢さんを殺せる魔道具だ。怖いだろう、それが今までの君の生き方だよ」
「ゲホッゲホッ! オェ……」
涙と涎がレイの顔を伝い、床へ落ちた。
「わかったら言うことを聞きなさい。新しい生き方を教えてあげると言っているだろう」
「聞く、聞きます……!」
「はは、素直な子だ。新しく『奴隷』として売るのにぴったりだな!」
「奴隷……。待って、僕、そんなの――」
「嫌か? じゃあ仕方ない。殺処分だな」
無慈悲に指が鳴った。
ただでさえ全身に足りなかった酸素がまた絶たれてしまう。
レイの視界が歪み、無様にも体が床に投げ出される。
「ぐっ! ぐぅぅぅ!」
レイの眼は白目に近づき、体も震えだした。
マルクはそんなタイミングで首輪の絞めを解除する。
「私が奴隷の作法をじっくり教えてあげるからね。はは、王の拾った子が奴隷に堕ちるとは。高値がつくぞ!」
マルクは意識があるかもわからないレイに笑顔で続ける。
「誇るといい。君の命は高額なんだ。労働だけしか脳のない男や汚い女よりもかわいがってもらえるはずさ」
マルクは踵を返し、下品に笑いながら叫んだ。
「金だけじゃない、このままコイツを死んだことにすれば王の座だって引きずり落とせるかもしれないな! 彼の力は最高だ。ガッハッハッハ!」
チート商売に首輪型の魔道具。
その真相は苦しさに悶絶したレイの耳に届くことはなかった。




