1-17 朝が来ました
「だから、国王がセーブポイントのことを知っているならレイって子に立ち寄るよう言うだろ」
「でも、それがどうしてマルクさんに繋がるんですか……?」
帰り道。
行きと同様に人の気配はどこにもない。
空間を埋めるのは夜の色だけだ。
「俺、一回国王城の前で女の子に会ったんだ。『セーブポイント』を知らないどころか、自分が魔王討伐の第一人者だって思ってる様子だったな」
「それが、レイって子ですか」
「じゃないかな……。だけど、魔王城に行く途中で『セーブポイント』はあるんだから、そこで全てを知るはずなんだ」
「……そうですね」
「きっと一旦戻って国王に報告するか、セーブしてから魔王城に行くだろ? なのに死んだって、ちょっと怪しくねぇ?」
そもそも魔王城に行ったとして、散りばめられた転移トラップをくぐり抜けなければ魔王に会うことすら不可能。
もし何かの間違いで魔王がレイを殺めたとしたらすぐに新やマユに相談する気がする。
「じゃあなんでマルクはそんな怪しい発言をする必要があるんだってことよ」
「彼が運営してるから、ですか……?」
クレスも理解したようだ。
国王にチートのことを知られると困るのはマルク。
レイが再び国王城へ戻るとまずい。
「だからって人為的にレイを殺したのか。でもセーブのせいで森には勇者の出入りが多いから、森で殺すのは難しいか……?」
声でも出されれば周辺にいるチート装備の完全武装集団が向かってくるはず。
レイはそれなりに有名人だから、誰かに死体を見られたりして殺害が知られるとまずいだろう。
「そもそも森に入っていないのかな……」
「アラタさん。ブツブツ一人で進めないでくださいよ。とりあえずあの人が悪者ってことでいいんですか?」
「ひとまずはな。あとはこれを国王に知らせられたらいいんだけど……」
『国王に言いたいことがあるから中に入れろ』と言っても、会わせてくれることはないだろう。
今日みたいに潜入しても、国王が侵入者の言ったことを信じてくれるか怪しい。
新たちは善良なやり方で接触しないといけなかった。
「平民が王様と会えるイベントってないの?」
「そんなのあるわけないじゃないですか……。国王様が危ないですよ」
「じゃあ、どうすっかなぁ……」
完全に行き止まりだ。
王は城から出てこないし、自分は城に入ることができない。
「僕が伝えておきましょうか」
「……は?」
クレスの唐突な発言で新の思考は止まった。
平民は会えないはずでは。
そしたらコイツはどんなやり方で伝えるんだ。
新が眼差しで訴えると、クレスはすぐに答えた。
「えっと……。友達に身分の高い人がいるんですよ。だから、頼めば国王様に会えるかも――なんて」
「あんまり多くの人を巻き込みたくないんだが……」
情報を持つ者が多いとどこから秘密が漏れるかわからない。
自分が魔王の手先であるということも、いつか綻んでしまうかも。
「アラタさんとマユさんのことは言いませんから! 僕が勝手に不審な情報を掴んだってことにします」
「ちなみに、そいつの名前は」
「名前は……。クリスです!」
クレスとクリス。
似た名前だが、この世界の流行りなのだろうか。
「どうしようもないし、任せるしかないか……」
「はい、任せてください!」
新がふと空を見上げると、闇の下からじんわりと暖かな色が侵食していた。
光に導かれるように帰路を進んだ。
――――――――――――
クレスは豪邸の前にいた。
その豪邸とは彼の自宅なのだが、入るには心の準備が必要だ。
もう空は明るい。
他の使用人も起きていることだろう。
何も言わずにゆっくりと扉を開け、自室を目指す。
途中でひとりの男と出会った。
「おはようございます。そしておかえりなさい――」
「ルディ、静かに! アリーゼは……?」
「それが、どこにも……。まだ坊っちゃんを探して、さまよっているかと」
「よかった……。ありがとう」
クレスは仲の良い使用人に礼を言ってから自室に入った。
わざわざ鍵をかけ、誰も入ってこないようにする。
「はぁ、疲れた……」
クレスはベッドに倒れた。
王城の中に入ったこともそうだが、恐ろしいメイドに見つからないことも疲れる。
でも、もう安心だ。
ここに来た今、安心して自分の時間を――。
「クレス様。長かったですね、散歩」
「なっ!?」
嫌な声がして飛び起きた。
その声を発したのはもちろん、あのメイド。
「アリーゼ、どうして!? だって、鍵――」
「クレス様がどこかへ行ってしまうものですから我慢できなくって……。ずっと、クローゼットの中にいました」
アリーゼの手に持たれているのはクレスの服。
「そ、それ……」
「あぁ、これがアリーゼのお気に入りなんですよ。クレス様の香りがします……」
自分の衣服を動物のように嗅ぐメイド。
行き過ぎた愛情にクレスは恐怖でいっぱいだった。
「でも本物がいますもんね。やった、ようやく味わえます」
「何言ってるんだよ。アリーゼ、おかしいよ……」
「クレス様のせいですよ。無断でどこかに行って。アリーゼが寂しいって思ってもクレス様はちっとも見てくれないんですから」
アリーゼがクレスを抱きしめる。
まるで恋人のように二人はひとつのベッドに横たわっていた。
「見てくれないなら、見せつけるだけです。今日は手加減しませんよ」
「待って、謝るから! もうどこにも行かないって約束――」
クレスの唇をアリーゼの人差し指が塞いだ。
もうダメだ――。
もう逆らえない――。
「クレス様。久しぶりの『教育』、楽しみましょうね」
アリーゼの両手が今度は着用している服に伸びる。
クレスにとっては地獄でしかない、甘ったるい時間が始まった。




