1-15 国王城潜入は目前になりました
漆黒が空を包んだ。
太陽や月もこの世界に存在する。
厳密には太陽らしきものと月らしきものであって、地球とはまた別のものだ。
しかし今日は漆黒。
月さえその姿を見せなかった。
「ごめんなさい、待たせちゃいました?」
クレスが走ってきた。
約束の時間にはやや遅れているが、新にとっては許容範囲だ。
「いいや、そんなに待ってないよ」
セーブポイントは24時間営業じゃない。
神殿の中には誰もいなかった。
それどころか、外出している人間そのものが見当たらない。
夜は眠る時間――それがこの世界の普通だった。
徹夜で仕事をする人はいない。
「にしても暗い……。街灯のひとつもないんだな」
「街灯なんて都会にしかないですよ。ていうか、アラタさんはスラム出身だったんじゃ……」
新は自分のツメの甘さを恨んだ。
しかし、適当な言い訳はすぐに口を出る。
「……あー、それもけっこう昔の話だからさ。ほら、懐かしい感じがして」
「そうですか……」
二人は闇だけが占領していた道を進み始めた。
人の声も、足音も、気配すらも周りの闇からは見えてこない。
自分たちの声がよく聞こえているように錯覚し、つい声量が小さくなった。
「アラタさんとマユさんってどんな関係ですか」
「……それ今じゃないとダメか?」
他にも有意義な話があるだろうに。
しかしクレスは譲らなかった。
「歳下の女の子と二人暮らしなんて、重大な理由があるんですよね。嫌なら言わなくてもいいですけど……」
「なんもねぇよ。ただの金稼ぎっつーか、『やらなきゃいけないこと』だから。しかもマユは歳上だぞ」
「え……?」
マユの身長、顔立ちでまさか歳上だなんて。
栄養が足りず、成長がストップしているのか――とクレスは心配してしまう。
「……まず、アラタさんっていくつですか?」
「17だよ」
「えっ、同い年」
それよりもあの少女のほうが上……?
18か、19か?
もしかして20まで……。
知りたいと知りたくないの葛藤をし、ついにクレスは口を動かした。
「マユさんは、いくつなんですか?」
「……いくつなんだろうな。20より上なのは間違いないと思う」
正確な年齢は新にもわからなかった。
ただ、マユが『卒論』と言っていたのは覚えている。
大学生が卒論を書き始めるのは何歳からだろうか。
「でもクレス、求婚したんだろ? クレスが17だから1年足りないじゃん」
歳下だとしたらマユはさらに低い。
14か13か。
もしかしたら12とも見えるかもしれない。
その人物に結婚を提案するなんて、なかなかの犯罪者。
「1年、何が足りないんですか?」
「だから年齢が。……もしかして、結婚に年齢制限ない?」
「10歳からですよ」
なんてことだ。
そんな法じゃあ、この世界はロリコンで溢れてしまうではないか。
「は、話戻すけど、俺はマユのなんでもないよ。だけど、あいつも多分誰とも結婚する気はないと思う」
「いいえ、そこはアピール勝負です! 必ず振り向かせるんで、後から後悔しないでくださいよ」
前向きに話すクレスだが、その姿はどこか急いでいるように見えた。
どこもかしこも黒で代わり映えのしない景色が続く。
光が灯っているのは国王城だけ。
予習済みの新はその場所まで迷うことなく正しい道を選んでいった。
そして国王城裏門前に到着。
日中とは違い、門番が二人。
あくびをして仕事の退屈さを伝えていた。
新とクレスは近くの草むらで闇と同化した。
「アラタさん、どうするんですか? やっぱり別の方法を――」
「今さらビビらないでくれよ。ほら、これがあるからどうにかなる」
新は本を開いた。
マユ手書きの頼もしい魔方陣たちがこの状況を打開する――。
「暗くて何も読めないな……」
草むらの中では何も見えない。
草むらの隙間からどうにか光を差し込ませようと、新は草をかき分けた。
ガサガサと音がなってしまう。
「なぁ、誰かいないか?」
門番の片方が言った。
不自然な植物の揺れを不審に思ったのだ。
「クレス、動物の鳴きマネしろ!」
「何言ってるんですか!? ふざけてる場合じゃないでしょ!」
「真面目だっての! それでごまかすんだよ!」
急かす新と焦るクレス。
門番は二人の口論をはっきりとは聞こえなかったが、人のいる気配は感じとれた。
「誰だ……?」
双方の門番がじりじりと寄ってくる。
「アラタさん、逃げましょう!」
「早すぎだろ! 大丈夫だって、任せろ……」
新は草むらから出る。
心臓がバクバクと危険を知らせていたが、それを悟られないよう努めた。
新のことを見た門番は敵意を確認する。
「誰だ!」
槍を新に向け、微動だにしない。
新はようやく魔方陣が読めるくらいの場所まで近づいた。
そしてパラパラと本を開く。
「こ、これ、拾ったんですけど……」
「なんだ? 魔道書……?」
一般人が魔法語を読めるはずがない。
しかも裏門からやってくるとしたら大半が十分な学びを受けることができない貧民。
危険かもしれない魔方陣が詰まった書物を届ける善良な人間だと思い、門番は警戒を解いた。
新がどの魔法を発動させるか吟味しているとも知らずに。
「魔法語だけじゃなくて日本語も読めないっぽいな……」
ぶつぶつと独り言を吐く新。
熟考した末に出した魔法はマユにも使った魔法だった。
不審に思われないよう、そっと手を置き、静かに声を出す。
「『眠れ』、あんたも『眠れ』」
ドサリと男二人が崩れ落ちた。
マユが午前中寝ていたことから、数時間はこのままのはず。
「よし、行くか……」
ひとまず緊張が消え、大きく息を吐いた。
明るい場所ではっきりと顔を見られるわけにもいかない。
城の中ではさらに慎重な行動が必要だろう。
「じゃあ、汚職官僚の証拠集めといきますか」
ついに王城へ。
新の前にそびえ立つ国の象徴は、どこか幻想的に感じられた。




