0-2 魔王城に来ました
マユの家から魔王城まではそこまで遠くなかった。
木々に囲まれた中に堂々とそびえ立つ城。その人工物は背丈の高い自然物よりもさらなる存在感を出している。
「アラタ、ここだよ。ここが魔王城だ」
「へぇ……」
到着するまでにどれほどの困難があるのかと思っていたが、道中はおろか、眼前の扉には門番さえいない。
こんなにも緊張感がないものなのか。
マユが「うんしょ」と小さな体で扉を引いた。
そのままなんの躊躇もなく城中へと進む。
「魔王城なのにしれっと侵入して大丈夫なのか? マユはいいけど、俺は初対面だし」
「気にするな。彼女は誰であれ侵入者をすぐに殺すような器じゃない」
「彼女……? 魔王って女なのか?」
筋肉ムキムキで、角があって、とにかくモンスターな外見をイメージしていたがどうやら違うらしい。
「そもそも性別があるかが謎だな。女性的な特徴を持っているから、私が勝手に女と決めているだけだよ」
「……マユっていつもその喋り方なの?」
「悪いかな」
やけに論理的な話し方は女子小学生後半か中学生前半ほどの見た目に似合わず、違和感の塊だった。
不快、とまではいかないので新は「全然いいけど」と返す。
「話し方ならいくらでも変えられるが、私はこれが一番落ち着くのだ。なんか、こう……。頭の整理がつく」
「ふぅん……」
マユがどんな人間であるかはまだ新にはわからない。
それでもしっかりと返事をしてくれることから、ポーカーフェイスの裏では感情豊かな彼女がいるのだろうと感じられた。
二人以外の気配もしない城内。マユが先導して歩くものの、変わらない景色に新は飽きを覚えはじめた。
そのせいか、ついまた質問を飛ばしてしまう。
「ところでさ、マユはただの人間なんだろ?」
「日本生まれの日本育ち。それがどうかしたかい」
「どうやってここに来たの。ってか、どうやって俺を……」
まさか生まれつき超能力が使えるなんてことはあるまい。
マユは何一つとして声音を変えぬままだった。
「学んだのだ、魔法を。独学で」
「ま、学んだ!?」
「卒論を書く途中、文献が必要になったから漁ったんだ。そしたらかび臭い書庫の中に魔導書なるものがあってね。気になって研究を進めたら、ここにたどり着いた」
「で、同じように俺を転移させたのか」
しかもベッドごと。
「ちょっとだけ違うな。私がこっちに来たのは、別の魔法を発動させようとして失敗した結果だ」
マユの言う『たどり着いた』は故意ではなかったようだ。
「幸い、こんなファンタジーの世界に迷い込めたから、さらに質のいい魔法学を学べた。今となっては君を呼び出したように、世界を超越することだってできるのだよ」
ずっと表情も何も変化しない彼女だが、その声だけは誇らしげに聞こえる。
新もその自信に共鳴してテンションが上がっていく。
「すっげー。俺も使えるかな」
「ふふん、学べば誰にでも使えるとも」
ついにマユははっきりとした笑顔を見せた。
「話相手がいると楽しいものだな。日本人はおろか、地球人は私だけだったから」
彼女の人間味に触れ、和やかな雰囲気となったがそれもあっという間。長く歩いた後、またもや大きな扉が道を塞いだ。
この扉の先に魔王がいるようだ。
マユが手をかけ、ギィギィと重い音が響く。
「ここが魔王の玉座。魔王を倒さんとする侵入者が来た時はここで待ち受けているよ」
広い広場の奥に階段、またその上に豪華な椅子がある。
今、その椅子には誰も座っていなかった。
「あれ? 今はどこにいるんだ」
新が尋ねると、またもやマユの脚が動く。
「あの玉座の後ろに隠し部屋がある。そこが魔王の自宅さ」
階段を上がり、椅子の真後ろにある壁をグッと押した。
壁に見せかけた押すタイプの扉。
マユが頑張って押していくと、徐々にその中が見えていく。
今までずっと薄暗かったのはなんだったのか、その室内から眩い光が漏れた。
中にいたのはマユよりもさらに小柄な女の子とそれを膝枕する金髪の女性、そしてエプロン姿の男性。
「シュベール、また自堕落な生活か。魔族の王ならばもっと精進してほしいものだぞ」
マユが魔王に話しかけると、それに反応をしたのは膝枕に頭を置く女の子が応えた。
「王だからこそ、と言っておこう。我に勝てる者がこの世にいるのか?」
「はぁ……。君が頑張らないから、今日は新人を連れてきた。ほら、彼だ」
魔王は首だけを持ち上げて新を見る。
膝枕をしている女性はなぜか怪しげに睨んでいた。
新はマユに促され、とりあえず自己紹介をすることに。
「新って名前です。……便所掃除くらいはできますよ」
自己PRをしようと思ったものの、魔法も戦いの心得もない人間にできることなんて雑用しかない。
しかしこの新の発言は魔王の好感度を上げることになった。
「ふははっ、なんだその弱々しい自己紹介は! そんな自信の無さで我の前に立ったのはお前が初めてだぞ!」
何がそんなにウケたのか新にはわからなかったが結果オーライ。
膝枕から立ち上がって今度は魔王が名乗り返す。
「我はシュベール。便所掃除なぞ一度もしたことはない!」
胸を張る銀髪の幼女。
マユが少女ならシュベールの見てくれは幼女そのもの。
それでも魔王と言うからには、やはりとてつもない力が宿っているのだろう。
「さて、私がアラタをここに連れてきたのは君の質問に答えるためだったな」
打倒魔王を掲げる人類は死ぬことがない。つまりは魔王が恨みを買うことはないはず。
するとなぜ、魔王討伐を志す者が現れるのか。
マユはその答えを教えるためにここまで来たのだ。
「どうしてシュベールが狙われるのか。それはここ、サリア王国の皇女がいるからだ」
「皇女って、王様の娘か……」
これを聞いて、新のことを睨んでいた女性が口を開く。
「私のこと、ですね」
「……どうも」
新は金髪の皇女を見ると、ようやく睨まれていることに気がついた。
初対面で警戒されているのだろうか。
「彼女はイデュア。この人がワガママでね……」
「マユ、待ちなさい! その人、本当に信頼できますか」
「安心したまえ。私の手で別世界から転移させてきたのだから、国の手先じゃないよ」
これを聞いたイデュアは新への警戒を解き、安堵したようだった。
「ん? 国の手先って、逆だろ。俺が手先ならイデュア皇女を助けるための協力者ってわけで……」
「アラタ、イデュアは国のお城から家出してきたのだよ。世間はそれを私たちが誘拐したのだと勘違いしている」
「じゃあ、魔王が狙われているのは……」
「彼女のせいだよ」
マユは真顔だったものの、目だけはジト目になっていた。
その視線はイデュアに向けられている。
「でもこれって、皇女がお帰りになられたら終わる話じゃないか?」
新が正論を放つと皇女が豹変。
「やだやだ! 絶対に帰りたくないって!」
新と同じ、高校生ほどの女性がジタバタと暴れた。
そこに先程までの上品さはない。
「公務だるいし、めっちゃつまんないし! 国民の前じゃ、あくびすらできないんだから!」
「――そういうことだよ。ほら、百聞は一見に如かずだっただろう」
「……だな」
魔王は何も悪くないのに。
新は人知れずシュベールのことを労ったのだった。