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1-7 勇者が惚れました

「クソ! 魔王の手先め……!」


 クレスは憤慨していた。


 ニヤニヤと自分を弄ぶかのような笑み。

 皇女は無事だ――という発言。

 先程まで目の前にいたはずの存在が憎くて仕方がない。


「何が無事だって言うんだ! 皇女殿下がどれほどまでに不安なお気持ちでいることか!」


 しかしこの失態は自分が招いてしまったこと。

 すぐに魔王城へ戻り、次は容赦なく斬ろう――。


「だ、ダメだ! 人の形をしてると……」


 魔物と言えど、見た目はただの人。

 魔王に至っては幼い女の子であった。


「僕のせいで真っ二つになって、血とか内臓が……」


 クレスは虫も殺せぬ性格だった。

 皇女を助けたい気持ちは本物だ。だが、何も殺めたくないなんて想いも本物。


 ガシガシと自分の髪を乱すクレス。

 考えても答えは出ない。

 とりあえず死ぬことはないし、魔王城まで再出発しようと前を見た。


「どこ……?」


 自分が転移魔法で飛ばされたのは森の中。


 クレスは方向音痴だ。

 木々しか目印のない場所では迷わずに到着する自信がなかった。


 前は木、横も木、後ろはレンガの小屋。

 レンガの小屋?


「うわっ! こ、ここって……」


 魔王城に近い森のどこかには魔女の家がある、なんて噂話は有名だ。

 ある人は魔王に協力する老婆だと言い、ある人は魔王勢力を監視するため国が送った魔法使いだと言う。

 中には空き家だと言う人も。


 クレスの中に好奇心が芽生えた。

 誰も知らないことを自分で確かめるチャンスなのだ。

 それ以前に道を尋ねたいという目的もある。


 頭の中で適当な理由をつけ、クレスは不法侵入を犯した。


「すいませーん」


 室内に入りつつ、声をかける。

 誰からも返事は来ず。

 しかし靴はあるのだから、誰かがいるはず。


 クレスはゆっくりと奥へ進んでいった。

 森と同じくらい、それ以上だろうか――そこは薄暗かった。


 そこにいたのは少女。

 毛布を丸め、抱きしめるようにして寝ている少女だった。


 その寝顔を見た瞬間にクレスは衝撃を受ける。

 大声を出し、走り回りたくなる感覚。

 胸の奥に『何か』があり、それをどうにか吐き出したい感情。


「かわいい……」


 この少女は天使か何かだろうか。


 外見だけではない。

 小さなサイズ感に毛布を抱きしめるという愛らしさ。

 生脚を晒し、寝息を漏らし、それらすべてがクレスの心を掻き乱すことになった。

 しかし同時に、これはまずいことだと確信する。


 眠る少女を起こすのは事案だ。

 彼女が身の危険を感じ、最終的に自分は逮捕されるのではなかろうか。

 では外で待ち、彼女が起きてからまた入るか。


 クレスは待ってもいいかと思い、玄関へ一歩踏み出した。


「おかえり、アラタ……」


 声を聞いた途端にクレスは動けなくなった。

 すぐに手汗が出てくる。


 静かに少女へ視線を戻したがはっきりとは目覚めていないようだ。

 まだ半分寝ている。


「アラタ……? ん、無視しないで……」

「ア、アラタさんじゃないですけど、大丈夫ですか……?」


 少女の声は眠気を帯び、かわいらしさが増していた。

 そんなかわいらしさもクレスの胸を締めつける要因となる。


「君はアラタだよ……。私はまだちょっと、寝てるね……」


 クレスがその声に酔いしれていると、何をしたわけでもないのに少女が飛び起きた。


 ビクリとクレスも反応したが、逃げ出すことはなかった。

 ここで逃げるとむしろ怪しくなるだけだからだ。


 マユが飛び起きたのは自分で自分の声を聞いてしまったから。

 まとまらない思考の中で発してしまった、変な口調の発言を。

 普通の女の子みたいに話すのは今さらな気がして恥ずかしかった。

 なのに、それを人に聞かれてしまうなんて。


「わ、忘れてくれ、アラ――って誰だ君は!」


 恥と不法侵入者のせいでパニック状態。

 寝具で暖まったはずの体よりも顔や耳が熱い。


 その赤面もクレスの心に深く刺さった。


「クレスです……。あの――」


 当初の目的を忘れ、無意識のうちに片膝をつく。

 自分の気持ちが自然と口に出てしまう。


「結婚してください……!」

「なんで勝手に人の家を! 強盗か!」

「ち、違います。道に迷っていて――」


 バタン、と扉の音がした。

 二人がその音を聞いた瞬間に一人の男が現れる。


 マユにはその顔に見覚えがあった。


「アラタ!」

「マユ!」


 新は魔法陣集を片手にその側面でクレスの頭を殴った。


「なにしとんじゃスケベ勇者ー!」

「いっ! ごめんなさい! 道に迷っただけなんです、本当です」

「この男、私に求婚してきたんだぞ! 強姦かもしれない!」

「お前はさっさとマルクの所に行けよ! ヒントあげたじゃねぇか!」


 正義感のあるクレスならすぐに悪いやつを懲らしめてくれると予想していた。

 しかしマユに求婚とは。意味がわからない。


「……魔王城、どこですか」


 少し泣きながらもクレスは尋ねる。


 新は思い知った。

 この勇者、バカだ。


 ただの方向音痴でも熱血漢でもない。

 バカだ。


「はぁ……。マユ、ちょっと」


 新はマユにクレスのことやマルクのことを伝えた。

 そして、クレスの存在はマルクのビジネスを暴くのに利用できるとも。


「マルクの悪行を公開すればチート商売はマイナスなイメージに飲み込まれるはず。クレスはバカだし正義感があるから扱いやすいと思う。どう……?」

「わ、私に求婚してきたのはなぜだろう」

「そりゃあ一目惚れだろ。あ、近くにいると不安?」

「いや、不安とまではいかないが……。変な気分だ」


 二人は勇者を騙し国の闇を暴くことに決めた。

 真っ直ぐな正義を掲げて、悪は暗躍を始める。

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