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1-6 チート勇者と戦いました

 シュベールが新に渡したのは大きな布だった。


 新はそれをフードのように被る。

 思ったよりも前が見にくいが、玉座の間の薄暗さのおかげでこちらの顔もはっきりとは見られない。


 そうして玉座の横に立ち、侵入者を待つ。

 シュベールも新も言葉を発さず、ピリピリとした空気が部屋を包む。


 やがてコツコツ、と足音が。

 近づいて――遠のいた。


 遠のいた……。


「アラタ、今回の客はバカっぽいな」


 シュベールが失笑して言った。


 ドタドタと縦横無尽に響く足音。

 それは侵入者があちらこちらに向かっていることを表していた。

 迷っているのだ。


 勇者が玉座の扉を開けたのは数分後。

 そこには剣を携えた若い男が一人。


「貴様が魔王か! 皇女様を返せ!」


 叫び、早くも剣を抜く勇者。

 シュベールが訪問者に語りかけようと息を吸った瞬間――。

 何も言わずに勇者は剣を振った。


 扉と玉座にはそれなりの距離がある。当然、剣は空振りだ。

 普通の剣ならば。

 彼が振った剣の刃渡りに合わせ、光の斬撃が飛んでくる。


「アラタ!」


 シュベールが新の体を押し倒す。

 勢いが余り二人は玉座前の階段を転がってしまった。


 新の意識が全身を打った衝撃と揺れる視界のせいで朦朧(もうろう)とする。

 すぐにシュベールが声をかけ、その意識を覚醒させた。


「大丈夫か、アラタ!」

「いってぇ……。なんだよアイツ」


 剣から出てきた斬撃。

 斬撃は二人に当たらなかったものの、玉座の背もたれを一部切り落とした。

 そして魔王城の厚い壁を突き破って穴を形成。

 紛れもないチート級の威力。買ったものだと新は確信する。


 シュベールは相手がチートだろうが怯まず仕掛けた。

 己の城を荒らし、新米を傷つけた者に手をかざす。


 はじめて新の前で勇者たちを撃退した瞬間とは違う。

 その動作や表情からは剣幕が見えた。


()れ者が! 死をもって償うがいい!」


 内心、死にはしないとわかっていながらもシュベールは怒りに任せて魔法を出した。

 黒い線が弾丸のような速さで勇者の左胸へ向かう。


 心臓を貫いて、終わる――そんな未来をシュベールは描いていた。

 だが、勇者の着る鎧へ接した線は瞬時に消えてしまう。


 その鎧もまた、チート装備だったのだ。


「そんな……。そんな……!」


 もしもの時に助けてくれる従者は外出中。


 シュベールはそれまで命を狙われている感覚なんてなかった。

 簡単に一蹴できる相手が何度来ても同じこと――そうとばかり思っていた。

 でも今は逆。自分自身が簡単に潰されてしまう立場だ。


「ベルが帰るまで、時間稼ぎだけでも……!」


 それでもどうにか闘争心を奮い立たせる。

 そんな魔王を見た勇者はここぞとばかりに声を張り上げた。


「降参してくれ! 君たちを殺したいわけじゃなく、ただ皇女様を返してほしいだけなんだ!」


 降参するなんて魔王のプライドが許さない。

 そう思いつつも、新の無事を考えたらこれ以上戦うわけにもいかない。

 シュベールは新と勇者を交互に見て苦悩していた。


 そんな時に新がゆっくりと立ち上がる。


 出血はないか、骨は折れていないか。

 多くの心配事があったが気にしている時間はない。

 やられっぱなしではいられない。


 魔導書のはじめにある索引(さくいん)に目を落とし、口で時間を稼いだ。


「いいぜ、降参だよ。強いな、その剣は」

「買ったんだ。ひと振りでどんなものでも斬るビームを出す剣って」

「そっか。じゃあ報酬金がないと大赤字だな」


 た行の索引から『転移』と書かれたものを発見。

 すぐにページを走らせ、その魔法陣を探す。


「知ってるか。皇女誘拐をビジネスにしてるやつがいるんだぜ?」

「……何を言っている! さっさと皇女様を返せ!」

「おかしくないか。なぜ勇者がチートを買わないといけないんだ。緊急事態なら無償で能力を与え、全員で攻め落とすべきだろ?」

「だ、黙れ!」


 勇者が剣を強く握り直す。

 しかしそれは戦う準備ではなく、自分の心を動じさせないためだ。


 新は内心ビビりながらも追い打ちをかけた。


「かわいそうに。騙されてるんだよ、利用されてるんだよ。すべてマルクってやつが――」

「黙れ黙れ! 僕はそんなことどうだっていい! ただ皇女様が無事だと確認できれば!」


 報酬金のためでも名声のためでもない。

 一人の女性が危ないと知ったから。

 たとえ騙されていてもそれでいい。

 無事ならば、それでいい。


「僕は勇者クレス! これが僕の正義なんだ、誰にも邪魔はさせない!」


 ずっと大声を発していたクレスだがこの一声にはさらなる気迫があった。

 ほとんどの人間が大金目的で戦う中で、彼が動いた理由は『正義感』。


 新は少し間を置いてから納得したように頷く。


「……会わせてやろう。魔法陣に右手を当ててみろ」


 実際、新は感激していた。

 現金すぎるクソ異世界だと思っていたが善良な熱血勇者もいたのだ。


 だが、勇者は善良すぎた。

 新が優しい口調で放った指示にあっさりと従ってしまう。


 クレスは剣を収め、右手を当てた。

 すぐに魔法陣から光が放たれ、新は邪悪な笑みを浮かべる。


「たしかその鎧は魔王の攻撃も通さなかったな。だからこの魔法陣もどうにかなると思ったろ?」


 たとえこの魔法陣が罠だったとしても、自分の買った鎧はどんな攻撃魔法を通さない。

 だがらこそクレスはあっさりと従ってしまった。


 新の脅しに似た声を聞いてクレスはすぐに手を退けた。

 クレスからは新の顔が笑う口元しか見えずとても不気味な存在に思えたのも、その理由のひとつだ。


「さすがに不便だよな、転移魔法も無効化したら。売上にも響いちまう」

「貴様! 僕に何を――」


 バン、と破裂音がした。

 しかしこの音を聞いたのはクレスだけ。

 マユが正確に書いた魔法陣はしっかりと機能してくれたのだ。


「じゃあな。……あ、イデュアなら無事だ。安心しろよ」


 新が言うと同時、クレスの姿は光とともに消滅。


「はぁ……。終わった……!」


 勇者がいなくなってすぐ、新の体は力を失った。

 脳が全身の痛みを緊張で緩和させていたがそれも解けてしまう。


 対してシュベールはヤワな体をしていないため、かすり傷のひとつもない状態だ。


「無茶をするやつめ。まったく、危険な便所掃除をしたな」

「忘れてくれ。あの自己紹介はテンパってたんだよ」


 シュベールが新の体を優しく撫でる。

 すると体に帯びた熱がたちまち(やわ)らいでいった。


「え、何これ。医者いらずじゃん」


 すっかり痛みの引いた全身。

 むしろ階段から落ちる前よりも元気な気がする。


 シュベールが施してくれたのは回復魔法。

 ケガだけでなく、疲労にも効く便利な代物だ。


「ところでアラタよ、あの勇者に何をしたんだ? 我の魔法は効かなかったのに……」

「ただの転移魔法だよ。さすがに移動手段を無効にするのはないと思ってさ、マユに提案してたんだ」


 魔法陣の知識がないと、その魔法がどんな内容かもわからない。

 チートによって生まれた慢心を狙った作戦。

 どうせこの魔法も無効になる――。


「はい残念、無効化できませーん! はは、ざまーみろってんだ」

「ほぉ……。だがすぐに戻って来るんじゃないか」

「ああ。だけどチート商売もすぐに終わらせてやるよ」


 マルクという男を調べればその手がかりがあるはずだ。

 新は布を取りはずし、魔法陣集を片手に立ち上がった。


「そうだ。俺も転移魔法使えば家までワープできるじゃん」


 マユにマルクのこと、クレスのことを報告するために帰宅しようと手を当てて――。


「あれ? 発動しないな……」

「一度使った魔法陣は効果を失うのではなかったか。我の記憶が正しければだが」

「てことは、さっきのって……!」


 新は城を飛び出し、走った。


 クレスに触らせた魔法陣。

 まさかその行き先が自宅だったなんて。


 前を見えにくくした変装のせいだ――新はそんな反省をしながら森を駆け続けた。

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