1-5 怪しい名前が挙がりました
新は小さい頃からインドア派だった。
つい最近も外へ出たのは学校へ行くくらい。他の用事は特になかったし、外出したいとも思わなかったからだ。
だから自分が、まさか短時間で魔王城だったり商店街だったりを歩き回るなんて思ってもいなかった。
しかしここは異世界。
見飽きた景色を歩くよりかは数倍楽しかった。
(けどなぁ……。まさかあんな現金だとはなぁ……)
徒歩の楽しさを噛みしめる反面、彼の脳内には残念な点も浮かぶ。
その『残念な点』とは、他ならぬセーブやチートについてだ。
ゲームのような深い戦略性、ハラハラする展開、正義への信念などがまったくない。
とにかく高額な能力を買って、緊張感ゼロのまま魔王城に突っ込む。
平和のためでも国のためでもなく、ただ己の利益のために。
考えれば考えるほど嫌気が差し、新からため息が漏れる。
勇者側でなく魔王側に召喚されたことがありがたいとさえ思えるほどだ。
(でもチートに勝たないといけないから、こっちのほうがハードモードか……)
どっちもどっち。
新は複雑な気持ちになった。
そんな彼を世界は待ってくれない。
嫌な気分のまま、魔王城の扉を開く。
初めての時はマユが開けたためわからなかったが、実際に開けると確かな重みがあった。
(この雰囲気はかっこいいよな)
ここに来た勇者たちはそんなことも考えてくれないのだろうが。
前に進むと自分の足音が響いた。
タン、タンと。
迷ってしまいそうな広さだが、新は一度来た記憶を頼りに進む。
長い廊下、大きな扉、魔王の玉座。
そして、隠し部屋へ。
部屋に入って見えた光景は逃げるシュベールと追うイデュア。
ベルの姿はなかった。
突然の訪問者に皇女が敵意を見せる。
「ちょっと、私の楽園を台無しにしないで! 愚民はとっとと帰って!」
城の主、魔王は安堵を見せた。
「アラタと言ったか! よく来た、頼むからベルが戻るまでここにいてくれ!」
「……なにがあったんだ」
謎の追いかけっこ。
彼女らに起きた事件が見えずに困惑していた。
呆然とする新にシュベールが大声で訴える。
「コイツ、ベルが出かけた途端に飛びかかってきおった!」
「だってシュベール様が無防備だから……。合意かなって」
「ほら! コイツ狂ってる!」
皇女は『様』をつけて魔王を呼ぶ。
それほどシュベールを敬愛しているのだ。
だが今回はその愛が暴走したらしい。
新は早くマユからの『おつかい』を終わらせたく、構わず言葉を投げた。
「本題入っていい……? イデュアに用があって――」
「さ! ま!」
話相手は皇女だ。それでも新は敬称で呼びたくなる行動が彼女からひとつもなかったので呼び捨てにしてしまった。
むしろ憎たらしい性格のせいで呼び捨てにしたい。
だが進行のためにも本人が呼べと言うなら呼ぶしかない。
「イデュア様……。あんたがここに来たおかげで国に金が回ってるんだと。これは知ってる?」
「はぁ? 何よ、偉そうに。知ってるわけないし、だいたい誰情報?」
「マユが言ってたんだよ」
「じゃあ信じる! マユは今どこ!」
イデュアには真面目に話を聞く気がなかった。
いちいち突っかかって、話が脱線する。
「マユはいねぇよ……。今ごろ寝てんじゃねぇの」
「寝てる!? ど、どこで! 見たい!」
だんだん息が荒くなる皇女。
その気迫に押された新は事実をこぼしてしまった。
「俺のベッドで――」
この一言が誤解を招き、皇女は激怒する。
「死刑! 私のマユになんてことをしたの……!」
皇女の頭にあったのは、嫉妬と絶望。
そして、いつも無表情な少女はベッドの上だとどんな顔をするのかという卑俗な妄想であった。
「やめろ、何もしてないって!」
自分の発言が招いた誤解を皇女の反応から察した童貞。
まだ出会って数時間の少女に手を出すわけがない。
「あぁ、マユの寝顔が見たい! 見たい見たい見たい見たーい!」
イデュアが髪をぐしゃぐしゃと乱して発狂。
その執念には気持ち悪さを通り越して恐ろしささえあった。
「アラタよ、気にするな。コイツはこれが平常運転だ」
「シュベール、あんたも苦労してるよな……」
一番疲れを感じているのは彼女ではなかろうか、と新は魔王を不安そうに見た。
魔王がその視線に気づくと数歩後ずさり。
「な、なんだ。まさかアラタもイデュアと同類か!?」
「違うって。幼女に興奮しねぇよ」
さすがに変態皇女と一緒にされては堪らない。
新はキッパリと否定した後、再度話を戻そうと試みた。
「皇女がここにいて得をしてるのは国なんだよ。だからさ、あんたは国の利益のためにここへ来たんじゃないかって」
わざと魔王城に来て、あとはのんびりするだけ。
それだけで国の財布を厚くする政策が出来上がるのだった。
それにセーブがあれば死者も出ない。
国にとって損害はないように思えたのだ。
疑惑をかけられた皇女は心当たりのある人物の名を挙げた。
「マルクよ。絶対にあいつの仕業だって!」
「……誰、それ?」
「悪い噂しか聞いたことのない官僚。金稼ぎのことばっかり考えてるやつ」
「金稼ぎ、か」
今回にぴったりのワード。
新はマルクについて深く聞くことにした。
個人的にイデュアは嫌いだったらしく、次から次へと情報が出てくる。
「金稼ぎって言っても自分のためね。お金を横領した容疑もあるわ」
「なんでクビにならないんだ?」
「その時は証拠が無くて……。でもそれ以来、お父様は距離を置くことにしてた」
お父様とはサリア国の王。
国のトップはまともな人柄であるようだ。
娘とは大違いだな――と新は言いかけてしまう。
「だけどセコいことを考えるのはマルクしかいないって。絶対!」
家出したのは自分の責任だが、ワガママな皇女は心配もしてほしかった。
そんな中でまさか金儲けの火種になるだなんて。しかもその相手は嫌いな人間。
イデュアはマルクに怒りが込み上げ、その場で舌打ちをしてしまう。
「マルク……。覚えとくよ」
イデュアの舌打ちに怖気づき、やや小さめの声で新は言った。
チート商売を打ちやめにできれば、魔王の生活も安定するはずだ。
初めて聞く名を脳に焼き付けてから背を向ける。
そして新がマユのもとに情報を持ち帰ろうとした時、魔王が苦い顔を見せた。
新にもイデュアにも感じなかったが、魔王城の入り口が開閉したらしい。
ベルではない。シュベールはそう確信した。
「客が来たのか……。はぁ、めんど……」
重い足取りで玉座へ向かうシュベール。
侵入者が来たからには返り討ちにせねばならない。
これを見ていた新は手に持っていた魔法陣集を開いた。
そして――。
「シュベール、仮面とかない? 変装したいんだけど」
彼も玉座へ。
退屈な異世界を彩るために。
悪という立場で戦う彼の中には私欲でも怨念でもなく、ゲームと同じ遊び心があった。
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サリア王国、王城。
王のみが座れる玉座に彼はいた。
彼の名はフェルディ。
愛する娘を魔王に誘拐され、誰よりも魔王討伐を望む人物であった。
しかしそんな胸のうちはなかなか出せない。王は国を統べる職、厳粛な態度でいなければならないのだ。
今日も書類に向き合い、要人と話し合い、娘のことを嘆く暇はない。
「必ず、どこかの勇者が……」
ポツリと呟いた彼の言葉を聞いた者は誰もおらず。
彼は多忙ゆえ、勝機を導くはずのチートやセーブを存在すら知らなかった。
そんなビジネスで儲けている汚職官僚がいることも。




