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タイムマシン

作者: 柳瀬

 果たして今日は何人が部見学に来るだろうか、昨日の15人を上回ればいいな。それにしても、なぜ弓道は人気なのだろうか。2年にもなれば半数以上が退部か幽霊部員となるのに。この疑問を以前弓道部の友人に尋ねたところ「大会に出れるのは5人だから、メンバーに入れないと嫌になるんだ。」と言っていた。そう考えるとそうか、我がサッカー部には11人も選手になれるのだからな、と少し納得してしまう。だが、この人気の差は何だ?やはり高校から始めれるという気楽さか?その生半可な気持ちが幽霊を作り上げるのか?そんな事を考えながら校舎を闊歩する、部活へ向かうのだ。昇降口へ歩みを進める、BGMは吹奏楽部がここ数日ずっと練習している曲だ、何という曲か全く判らない。ふと明後日の小テストを思い出した。2年生になって直ぐに小テストなど、クソ教師を憎んでやる。

やりきれない気持ちを払い除ける様に下駄箱からスニーカーを取り出し地面に落とす、左足から履くと爪先からガサついた音がした、紙が入っているようだ。友人が飴のからの包みでも嫌がらせで入れたのか、そう思ってその何かを取り出す。それはどうやら元々はルーズリーフだったようだ、それがとても小さく切られている。定規か何かを当てがって切り離した姿らしい。四つ折りのそれを開くと全く持って予想外の事が書いてあった。

「7:00に屋上に続く階段の踊り場に来てください。」

野球部の男臭い掛け声が聞こえる。署名書きも無いそれに、訝しさと高揚を同時に感じた。



練習は全く集中出来なかった。毎度恒例の五十嵐との部内戦どっちが点を多く取れるかゲームで大敗と喫した。おまけにハットトリックまで持っていかれた。帰りにジュースをたかられる羽目になりそうだ。普段、こんな失態をしてしまったのなら泣きそうなものだが今は違う。

指定の場所に向かう最中、野球部の何を言ってるか判らない掛け声と吹奏楽部の演奏をBGMに思考を巡らせてみた。まず、誰なのか、という疑問。文字を見るに女子であろう、男子ならば気持ちが悪い。それ以前に女子であれ男子であれ紙切れで呼び出しはしない、電子メールを使う筈だ。ここまでの推論では俺はアドレスを知らない女子という人物像が浮かび上がる。

次に、目的だ。屋上に繋がる階段の踊り場。 普段はまず行かない、屋上へ続く扉は鍵で閉ざされている。それ故、そこの階段を利用するのは用務員程度だ。そんな辺境の地へ誘うという事は人目を憚る事以外理由はないだろう。

そして、理由。名前を伏せ、人目を憚り、男子を呼ぶ女子。…そういう事で良いのだろうか…?否、きっとコレは劣悪な悪戯だ、随分男の心を弄んでいる。こんなことをするのはきっと勝俣、五十嵐、亮太、伊豆あたりだろう。殺してやる。その前に騙された振りも良いな。どうやって殺そうか…。

そう思いあぐねいてると目的の場所、屋上へ続く踊り場の見える三階の廊下に立っていた。吹奏楽部の演奏が丁度終わった。

誰も居ない?iPhoneを取り出し時間を見た、指定された時間の5分前、まあいい。階段に座りながら悪戯をした友人が来るのを待とう。階段を登り踊り場に腰を下ろす、三階の廊下を見下ろすように陣取る。早く来いと思っていると不意に上から声をかけられた。

「あ、あの…。」

反射的に上を見上げる、猫よりも驚いたかもしれない。屋上へ出れる扉の前に人が立っていた、そしてゆっくりと近付いてくる。立ち上がり踊り場で向き合う、髪が肩にかかるくらいで大きな瞳が特徴的な彼女を俺は知っている。身長は僅かに自分の方が高い。

「来てくれたんだね…、ありがとう。」

増田 朱理(あかり)は大きな瞳を細くして薄っすら笑顔になった。隣のクラスで去年は同じクラスだった彼女が自分を呼び出したのか、未だに状況が飲み込めない。そんな自分を気にもせずに彼女は続けた。

「ゴメンね、いきなり呼び出して。アドレス知らなかったし。部活もあったでしょ?わざわざありがとう。それでね…、ちょっと時間いいかなって思って…。迷惑だったりしたら帰ってくれてもいいんだよ?」

どうやら彼女は自分以上に緊張しているようだ、それでは俺にまで気を遣う事は出来ないだろう。

「別に良いけど、ちょっとビックリした。」

本音をぶつけるというやつだ。

「ビックリ…、そっか突然だもんね。」

まだ彼女は緊張しているようだ。自分よりも慌てふためく人を見ると自分は冷静でいられるという話をいま初めて思い知った。

「いきなりで悪いんだけど、用事…っていうか…、どうして俺なんか呼び出したの?」

極めて冷静且つ慎重に言葉を選んだつもりだが彼女は驚き体躯が微かに揺れていた、そして一息吐いて、一気に喋り出した。

「あのね、去年から(たつき)君のこと好きなんです。だから、付き合ってほしいなって思って…。」

語尾は掠れて殆ど聞こえなかったが聞くまでもなかった。断る意味など何処にも無い。




増田さんとは暫く他愛ない話をしていた。階段に腰を下ろし、終始「安心した、よかった。」と今にも泣き出しそうな顔と声をしていた。

「そろそろ帰ろっか?」

「うん、今日はね。親が迎えに来てるから。ちょっと待たせちゃったな…。樹君もゴメンね。」

「いいよ別に、気にしなくも。じゃあ、またあ」

言葉を切る、何か聞こえたからだ。増田さんは訝しそうに顔を覗き込んでくる。音の主は直ぐに現れた、、警備の人だ。もうじいちゃんと呼べる。鍵をジャラジャラ鳴らし近付いて来て、

「部活かい?新年度なのに大会がある部活多いからね。気を付けてお帰り。」

「はい、すいません。」

咎められると思ったが、優しいお方だ。そのまま近くの教室に消え、ガタガタと窓の戸締りを確認する音が聞こえる。iPhoneを見ると時刻は8時、やってしまったな。早く帰ろう。増田さんもチラリと時刻を見たのか警備のじいちゃんの言葉に諭されたのか、

「早く帰ろっか。」

と呟いた。首肯して歩き出した。



 昇降口を出てからは1人で歩いていた。見慣れた街並みも少しは違って見えるかと思ったが、そうでもないらしい。付き合っているのは暫くは2人の秘密、だなんて恰好いい事言ったが現代高校生の情報伝達能力は長けている。その内パイプ生徒に電波を発信されるだろう。パイプならば水でも汚水でも流していればいいのに。ぼんやりと夢心地で歩いていると街頭の下に人影を見つけた、何故か直ぐに誰か判った。

「よう、夏奈。」

岸田 夏奈はゆっくりと振り返った。そして自分は少しドキッとしてしまった。夏奈に会うのはいつ振りだろうか…。こんな顔だったか…。声をかけておいて押し黙ってしまった。

「お、斉藤 樹。久し振り!」

「お、おう。久し振り。小学校以来か?」

「そうだね。」

夏奈は小学校から同級生だ。転校してしまったはずだ。

「私服って事は…、北高か?」

「そうそう、てかあんた帰り遅くない?」

そう言われて、思わずにやけてしまった。それを夏奈は見逃さず質問攻めに遭ってしまった。どうせ違う高校だ、隠す必要も無いと2人で初めての約束を2時間足らずで破ってしまった。




「へぇ、樹に彼女ねー…。」

「意外で悪かったな。」

そう、つっけんどんに言い放った。多少の謝罪を期待したが夏奈の表情は予想とは違っていた。難しい顔、とでも言うのか曇った顔をしていた。思わず、

「どうした?」

と尋ねるとこれまた予想とは違う返答が来た。

「…ちょっと悔しい。」

「え…?」

「小学校の時好きだったんだよ?」

返事が出来なかった。知らなかった事実だったし、こういう経験が乏しく返すべき言葉が判らなかった。夏奈は足元の小石を蹴飛ばしている。

どれくらいの時間が経っただろうか、感覚では果てしない時間だったが。数十秒乃至数分だろう。夏奈が口を開いた。

「じゃあ…さ?タイムマシン作ろう?」

「…は?」

何を言っているのか、さっぱり判らなかった。

「だからさ、タイムマシン作るの!」

「なんで?どうやって?」

夏奈は俯き考えをまとめているようだ。そうして、一息吸って喋り出した。

「そりゃ、あんたを好きだったんだから…、樹にとっての罪滅ぼし。女の子の恋心を傷つけた罰のね。」

「それがどうしてタイムマシンなんだよ。」

「簡単じゃん、あたしが樹好きだった頃に戻ってあたしに言うわけ、"こんな男、好きになる必要ありません"ってね。」

「こんな男ってのが…。」

「文句あるわけ?」

「無いです…。」

そう答えるしかない。理屈はまあ、いいとしよう。しかし肝心なのは、

「どうやって作るんだよ。」

「あたし、知ってるよ。」

「え?」

またまた突拍子もない事を言う人だ。

「じゃあ、どうやるんだよ。」

「アイテムを集めるの。」

「アイテム?どんな?」

「必要なアイテムは3つ、"現代の音階"と"思い出の石"、そして"綺麗な花"」

「全部、意味が判らないんだけど…。」

「そうだろうね…、でも見つけて来て、明日、同じ時間にまた此処で待ってる。何か見つかったら持ってきて。」

「そんなこと言ったって。」

どういう事かどういう物か考えていると夏奈は踵を返した。

「か、帰るのか!?」

「うん、じゃあ、また明日。」

ひらひらと手を振っている。待てよ、と思って追いかけようと思ったが、夏奈は駆け足で線路沿いの道の奥へ消えて行った。現代の音階に思い出の石、さらに綺麗な花?全てが謎だが、今はどうやら空腹の方が勝ってしまっている。



 昨日の事など、朝の微睡の中では存在すら許されない。登校中にだんだんと思い出してきた。現代の音階に思い出の石に花。一晩明けても判らないものは判らなかった。今日の帰りにあの街灯の下でどういう事か聞いてみよう。そんな思考が完成したら学校に着いていた。

 昇降口で、偶然か必然か判らないが増田さんに遭遇した。

「おはよ。」

朝日よりも眩しいんじゃないかと思う程の笑顔をくれた。

「おはよう。」

何か言った方がいいのかな、しかし何を言うべきなのかなと少し悩んでいると、顔に出てしまったのか増田さんが慌てたように早口で質問を飛ばしてきた。

「今日の帰りって何時頃かな?」

「俺の?」

そう口に出したが他に誰がいる。

「部活終わりだから…、普通が6:30、早くて6:00かな。」

「そっか、じゃあ、その…、一緒に帰らない?」

「うん、増田さんの家って…、確か川西の方だったよね?」

「うん。」

川西ならばあの街灯の前を通り、15分ほど歩き奥の陸橋でお別れだ。流石に増田さんと夏奈を会わせるのは気が引けるが、時間帯が違う。一度陸橋まで行き、来た道を戻れば良いだろう。

「途中までだけど帰ろっか、増田さん部活は?」

「終わる時間は同じくらいだよ。」

「そっか、じゃあ部活終わったらメール送る。」

「うん。」




 授業は呆気なく過ぎ放課後、どんなメールが丁度いいのか時間はどの位がちょうどいいか、そう計画を練りながら渡り廊下を歩き、教室棟から管理棟へ移動している時声を掛けられた。

「斉藤!」

ビクリとして聞き覚えのある声の主を捉える。

「ちょうどいい!ちょっと頭貸しなさい!」

「手じゃないんですか?先輩。」

篠田 (あゆむ)先輩。小学校からの先輩であり、小学校で掃除の班が奇跡的に6年間同じだった為、腐れ縁の様な状態である。

「頭を貸していただきたい。手は要らん。」

「一体、どうしたっていうんですか?」

「君は探偵になるんだー。」

「探偵…?何か事件があったんですか?」

「吹奏楽部でね…、でも現場に来た方が早い、第2音楽室へきたまえ。」

「そんな事言ったって部活ありますし。」

俺を探偵に仕立てて事件を解かせようというらしい。しかし、俺には部活が待っている。ボールは友達だ、友達を裏切れない。丁度いいところに同じサッカー部員の五十嵐が来た。

「おい!五十嵐!俺今篠田先輩に誘拐されそうな状況なんだけど、五十嵐もガツンと篠田先輩に言ってくれ。"コイツはサッカーしなきゃいけない"って。」

「篠田先輩…。」

そうだ、五十嵐、言ってやれ。

「コイツが部活休むって俺が言っときます。」

てめぇ、五十嵐。覚えていろ。



 第2音楽室へ向かいながら篠田先輩に質問した。

「なんで俺が探偵なんですか?」

「君、小学校の時に図書室掃除なのにサボってミッケ!読んでたでしょ?」

「まあ…、そうですね。」

「そういうこと。」

「どういうことですか?」

ミッケ!が何故探偵に繋がるのだ。そんな事を認めれば人類の結構な数が探偵になってしまう。

「ほら、着いた。」

篠田先輩はミッケ!と探偵の関連を語る気はないようだ。第2音楽室の前まで来ると中から人が出て来た。周防先生だ、音楽の先生で吹奏楽部の顧問だったはずだ。周防先生は篠田先輩に気付くと

「歩ちゃん、こんな時にゴメンね。さっきも行ったけど出張で今日はもう行かなきゃ。」

優しい顔をしていて、何より学校の先生の中でも最も若い事もあって周防先生は人気がある、主に男子から。それから周防先生と篠田先輩は何か話していたが、その後、早足で階段の下へと消えていった。

第2音楽室のドアノブを捻り、中に入る。室内には靴の学年別に与えられた色を見るとどうやら3年生らしき2人がいた。染めてはいないだろうは薄っすらと髪が茶色く腰くらいまで伸ばしている眼鏡の先輩と、もう一人は知っている。吹奏楽部の部長で及川さんだ。下の名前は知らない。部長ということもあり全校の前にもよく出る。部長だけでなく生徒会もやっているはずだ、凛とした佇まいを覚えている。

「歩ー、何で菱川先生連れて来いって言ったのに彼氏連れてくるの?」

及川さんが呆れたような茶化したような声で言った。菱川先生は生活指導の先生だったはずだ、本当に問題があったらしい。何か言った方が言いかと思ったが篠田先輩の方が早く口を開いた。

「菱川先生、なんか部活の方行ってて今日は帰って来ないって。卓球部が支高に行くんだって、練習試合。」

彼氏という事を否定しないのは冗談だと承知の上なのだろう。

「そっか、で、その少年は?」

「一個下の斉藤 樹。探偵さ。」

篠田先輩、冗談言うのはやめてくれ。

「へー、じゃあ、この密室トリックを解いてくれよ。」

正直、今の今まで全く乗り気ではなかったのだが密室と聞いた途端に興味が段々と湧き始めてくるのを感じた。




「先ずは自己紹介した方いい?うちが吹奏楽部部長兼生徒会副会長の及川 実来(みく)で、そっちが副部長の原田 緑ね。」

「2年の斉藤 樹です。篠田先輩に引っ張られて来ました。」

及川先輩は元からサバサバした性格だと思っていたが今日は取り分け不機嫌なようだ。

「そんで説明は…、そうだなー。面倒だから歩やって。」

「嫌だ、私も面倒。だから緑よろしく。」

そう言って今まで一言も喋っていなかった女生徒へ視線を送った。原田先輩はえっという表情を浮かべたが直ぐに頭の中を整理するように俯いた。

「えーっとね、斉藤君?ゴメンね、これは多分、吹奏楽部で片付けるべき問題なんだけど、顧問の周防先生も生活指導の菱川先生も居ないし…、暇潰し程度に聞いてね。」

顔と同じでおっとりとした物腰の柔らかい喋り方の人だ。及川先輩とは対極なんだろうなと思う。

「まず、見て欲しいのはこれ。」

そう言って視線をホワイトボードの前の教卓へ向けた。特別教室は何故黒板ではなくホワイトボードを採用しているのだろうか、そんな疑問がふと過ったが机上のそれによって直ぐに潰れた。教卓の上には引き裂かれた紙が山積みになっている。近寄って手に取ってみると楽譜のようだ。楽譜はさっぱり読めないが、教卓の上の楽譜が全て千切られている事の不思議さくらいは判る。

「今日の放課後、ついさっき実来と歩と私が此処に着たらこうなってた。誰かに楽譜を…。」

成る程、これは大きな事件だ。

「楽譜って、これ全部この吹奏楽部員の物なんですか?持ち帰ったりは…。」

「失くす人多くなったから、そこのロッカーに部活後に学年別にしまってた。」

この量を見ると全部員の楽譜がやられたらしい。

「昨日は7時くらいまで部活して帰ったの、最後にここ出たのは私達3人。その時はしっかり鍵掛けた。そしてさっき、鍵開けて入ったら。」

とりあえずは情報不足だ、色々質問する必要はありそうだ。

「鍵は誰が持ってて、合鍵は?」

「鍵は部長だから、うちがずっと持ってた。サイキックでも使われない限り誰にも盗まれてはいないはず。合鍵は周防先生が持ってるけど、さっき聞いたら誰にも貸してないし盗まれた事もないって。」

「それで、昨日帰る時は中に人は居なかったんですか?」

そう質問すると今度は篠田先輩が答えた。

「昨日の部活後は最後に"誰かいるー?鍵閉めるよー"って声かけてから閉めた。昨日に限らずに、この部屋、鍵閉められたら内側から空かないの、だから毎日声かけてから閉めてる。」

そうか…、これは難しいなぁ。後は現場を舐め回す様に見なけれなならないな。そういえば…、

「選択芸術の音楽でこの教室は使わないんですか?」

そう聞くと原田先輩が直ぐに答えた。

「音楽の人達には第1音楽室を使ってもらってる。その…。」

何か言いたくないらしく口ごもる原田先輩に代わり及川先輩が、

「吹奏楽部以外の奴がベタベタ楽器とか器具触るのムカつくから頼んで別にしてもらった。」

と言い切った。鋭い。しかし、成る程、この部屋は完璧に吹奏楽部のみが利用しているようだ。

部屋を見て回る、ドアが東側にあり南北に窓は幾つもあって南側にはベランダもある。入り口は最初に入ったドアだけだ。及川先輩に鍵を借りて外から閉めたり、篠田先輩に頼み外から閉めてるもらい中から開かない事を確かめた。ドアの横や下、上にも小細工が無いか調べたが何もなかった。気になるのは出入り口であるドアの正面にあるドアだ。

「あのドアはなんですか?」

「あそこはね、楽器とか色々閉まってるの。私達は準備室って呼んでる。」

原田先輩が教えてくれた。

「鍵はどうですか?」

「閉めることは出来るけど、いちいち煩わしいからかけてない。中は狭いし窓も無い。」

及川先輩が苛立ち交じりに教えてくれた。

その部屋を見てみる、楽器や楽譜を見るために立てる何かやスティックなど多種多様だ。成る程、ドア一つの個室だ。一つの仮説が浮かんだ。

「じゃあ、こんなのどうですか?」

息を吸って喋る。

「昨日、帰りに誰かいないのー?って言った時に犯人はこの準備室に隠れてた。そして先輩達が帰ったあとに楽譜を破り、ついさっきまでそこに隠れていて、先輩達が来て先生を呼びに行った瞬間、逃げ出す。」

矛盾は無いが、無茶な話だ。直ぐに及川先輩が否定する。

「それは無理。此処に入ってから楽譜に気付いて先生呼びに行ったのは確か、3人揃って。でも、ここ出る時に鍵かけて出た。」

「なんで鍵かけたんですか?」

ここで威圧的だった及川先輩の顔が曇った。ややあって、ばつが悪そうな顔で言ったのは、

「後輩に見せたくなかった。」

という、優しいセリフだった。成る程、きっと近々大会なりコンクールがあるのだろう、それで他の部活が6:30で辞める部活を7:00まで続けていたのだ。そんな中、部員があの楽譜を見たら、もしかしたらこの部員の中に犯人がいたら、なんて考え出したら。

「そうか、だから他の部員がいないんですね。今日は休みにして。」

「そう。」

原田先輩が弱々しく呟いた。

ため息を吐いて、南側の窓に近付く、

「このベランダ、トイレに繋がってますよね?」

「えっと…、たぶん。」

原田先輩は自信なさげだ。

この窓の鍵はクレセント錠だ、上に換気扇があれば縄を使ってと古典的な技も通じたかもしれないが、ここは音楽室、防音対策バッチリなのである。

ここで及川先輩が愚痴を零した。

「やっぱ、幽霊なんかなー。こんな密室。」

「幽霊…ですか?」

思わず聞き返したが及川先輩は何故か自信ありげだ、更に噂も教えてくれた。

「最近、幽霊見たって人多いの、よくわかんないけど。」

「なんで幽霊だって判るんですか?顔色悪いだけかもしれないし、怪我人かもしれないのに。」

「ビビっと、幽霊!って判るらしいよ、幽霊は人の認識能力も操るとかね。」

篠田先輩も喋り出した。

「そういえば、私達入ったばっかの時、音楽室幽霊出る!って噂なったよね。」

それは聞いた事がある。

「聞いた事あります、ただ漠然と出るってだけの情報が出回ってますよね?」

「そうそう、逆にそれが怖かったー。」

「容姿も出現条件も何もなかったよね。」

先輩方は昔話に花が咲きそうな勢いになりつつある。最後の質問にしようと声をかけた。

「窓は全部閉まってたんですよね?」

原田先輩が答える、

「うん、今日来た時閉まってたから昨日の放課後も閉まってたはずだよ。ドアが開けないからね。」

ここで一つ思い当たった、まさか、単純な…!

「篠田先輩!女子トイレからベランダに出入り出来るかどうか調べてください!」

「お、おう!」

駆け足で篠田先輩が出て行く。念の為に自分は男子トイレに向かう。

男子トイレの窓を開ける、人一人通れる広さである。そして外にはベランダ。半身を乗り出し辺りを見る。右隣が女子トイレ、第1音楽室、第2音楽室と繋がっている。左にベランダは続いていない。階段だからだ。

「おい!」

見るとベランダに篠田先輩が立っている。

「出れたんですね!」

「うん、出れた。で?」

「全て話します。」

そう言ってからトイレに引っ込み、鏡を見た、ニヤついて仕方が無い。




 第2音楽室にいる3人の先輩に向けて今から説明することは簡単過ぎる。密室のトリックとして小説にしたならば怒られるだろう。息と吸い込み、喋り出す。

「まず、犯人の出入り口は窓です。ドアはしっかり閉めたでしょうし、まず無理です。」

先輩方も異論はないのか黙っている。

「簡単です、とても。昨日、先輩達が出て行く時、犯人は準備室に隠れていた。そして居なくなった後に準備室から出て、第2音楽室で楽譜を破り、窓を開けベランダを通って開けておいたトイレの窓からトイレに入り窓の鍵を閉め、そのまま下校。終わりです。」

「えっ!?ちょっと!音楽室の窓の鍵が閉まってないじゃん!さっきは閉まってたって!」

及川先輩がそう声を上げた。

「そこです、自分で閉める必要はないんです。」

「共犯…ってこと?でも、そうしたもう一人は閉じ込められたままじゃ。」

原田先輩が何故か心配そうに声を出す。

「共犯…、っちゃ共犯ですね。」

「斎藤、早く言え。」

篠田先輩は苛立ち始めたようだ。早く言ってしまおう。

「警備員のじいちゃんです。あの人は鍵を開けて教室を見て回ってます。マスターキーか合鍵か何かでしょう。窓の鍵が開いてたら閉めるでしょう、仕事ですから。」

3人とも呆けた顔をしていた。やがて及川先輩が納得いかないのかブツブツ呟き、原田先輩が、

「ちょっと警備員さんに聞いてくる。」

と飛び出して行った。

篠田先輩は何も言わずに何処かへ消えた。暫くするとベランダに立っていた、女子トイレからやってきたのだろう。ジェスチャーで窓の鍵を開けろと伝えてくる。指示に従い窓を開けるとのっそりと入ってきた、そしてそのまま、また入った窓からベランダに出ていってしまった。そしてドアから戻ってくる。自分の出入りした窓の鍵を閉めて、

「物理的には可能ね。」

と呟いた。

及川先輩はまだ何か言ってい。

いやまさか、いや、うーん、でもなあ…。とずっと言っている。

そして原田先輩が帰ってきて、

「昨日、第2音楽室の窓一つ空いてたって。」

と大きい声で言った。

「じゃあやっぱ単純過ぎるけどそれがトリックだね。」

及川先輩はどこか不満そうだ。

それもそうだろう、このトリックはうちのような学校でしか通用しないはずだ。うちのように警備員が窓の鍵の閉め忘れ程度で怒らない優しい人でなければ。

「探偵君さ、ついでに誰の仕業か判らない?」

「いや、わかんないですね。強いて言えば吹奏楽部の練習後に音楽室に入った奴か吹奏楽部員でしょうね。」

嘘を吐いてしまった。検討はついている。楽譜を破った目的はストレスや嫌がらせかもしれないが、それは考えない事にする。楽譜が破られ何が起きたか、部活が一日休みになった。前日まではコンクールか大会に向けて遅くまで練習していたのにだ。その空いた一日で出来る事、勉強だろうか、明日の小テストに向けて。そう考えると人数は限られるのではないだろうか。しかし、これは不確か過ぎて話したくはない。

「そっか、指紋でも取れば判るんだろうけどな、とりあえず、ありがとう。」

及川先輩が少し微笑んだ。とても疲れた顔ではあったが。

「ここからは吹奏楽部で片付けるよ、ありがとうね。」

原田先輩は笑っているが自然ではない。

篠田先輩に至っては顔からして不機嫌だ、全ての察しがついたのだろう、怒っている。

ふと教卓に紙の末路が気になった。

「この楽譜はどうなるんですか?」

「また新しい楽譜印刷して部員に渡すから、捨てるかな。」

「じゃあ一枚貰っていいですか?記念に。」

「馬鹿にしてる?別にいいけど。」

及川先輩は今日1番の作り笑顔で言った。






「ごめん、待った?」

「いや、ちょうど今来たとこ。」

待ち合わせ場所にやってきた増田さんに定石通りの言葉を送った。あとは増田さんが"嘘、煙草の吸殻たくさんだよ"と言えば完璧だったが煙草は吸っていないし本当に今来たところなのだ。

帰り道では他愛ない話を延々していた、何故か脳内でBUMPの天体観測が流れていた。増田さんの震える手を握ろうとはしていない。

やはり増田さんとは途中でお別れになってしまった。明日、帰ろうと誘う事は自分からしようと誓ってさよならを言った。




あの街灯の下に夏奈が立っていた。

「定刻通り、よろしい。」

「何が定刻通りだ、勝手に帰って…。」

「ごめんごめん、で、何か見つかった?」

そう聞かれてリュックの中から放課後に入手した楽譜を渡した。

「ん。これしか今日は入手出来なかった。てか、それも必要なアイテムでもないでしょ?」

「なにこれ?ゴミ?」

やはり、説明した方がいいな。




 放課後の出来事を掻い摘んで説明したきり夏奈は黙ってしまった。

あの3つの中では現代の音階にこれは1番近いが、あんなヒントも何もない言葉からアイテムも見付け出すのは不可能だが、

「オッケー、これでいいよ。」

「は?」

何を言っているんだ、こいつは。

「何で?さっき"これゴミ?"とか言ってたじゃん。」

「いいの、これは現代の音階。以上。じゃあ帰ろ?」

「いや、説明してくれ。なんでオッケーなのかと後の2つのヒントも。」

「これが現代の音階だって理由は簡単。現代J-POPの吹奏楽版スコアだから。」

「安直っつか、こじつけ。そんなものでいいのか?」

「おっけーおっけー、帰ろ?」

まあ、帰り道で問いただす事にしようか。




 線路沿いの道を2人で歩いている。なんだか懐かしい。結局、何故あれで良かったのかと他のアイテムのヒントは意地でも言わないつもりらしい。しかし、放課後の事件には興味津々だった。

「面白いね、そんな出来事。」

「吹奏楽部にとっては悲劇だけどな。」

今後の吹奏楽部の活動が思い遣られる。特にあの3人の先輩は後輩の裏切りに耐えて活動しなければならない、誰が犯人かも判らないのに。

「まあ、可哀想だけど、ある種のミステリーだよね。」

「あんなのはミステリーでも何でもない。誰でも判ること。」

「でも、その先輩たちは気付かなかったんでしょ?」

「少なくとも、篠田先輩は馬鹿だから仕方ない。」

そう、あの人は馬鹿だ。掃除の時に役割を変えるのが面倒という理由で篠田先輩が班長の時、1年間雑巾をやらされた。先輩は黒板なのにもかかわらず。

「その先輩は何か推理してなかったの?」

「幽霊の仕業とか言ってた、認識能力も操るとか言ってた。」

「確かに馬鹿だね。」

こっちを見ずに呟いた。

「犯人に心当たりはあったの?」

「無くはないけど、確証がない。無いなら言わない方が良い。」

「優しいね。」

ちょっと端的過ぎたかと思うが、通じたようで夏奈は昔と変わらない笑顔を浮かべた。彼女は昔と変わらない。少し変わったところと言えば少し恥ずかしさを覚えたのかもしれない。人と連れ違う時に俯き黙ってしまう。そんな些細な変化に気付くのも何だかこっぱずかしい。

夏奈とは途中で別れ、明日も会うと言って帰った。



 家に帰ったのは9時前で少し安心した。しかし、空腹は耐え切れない。取り敢えず着替えようと自室で部屋を引っ張り出していると、机上に置いたiPhoneが鳴り出した、設定で音は黒電話にしてある。わかりやすいことこの上ない。iPhoneの画面には五十嵐 賢というクソ野郎の名前が映し出されている。

「よう、クソ野郎。」

「もしもし?明日中学校行かね?」

五十嵐とは中学校からの同級生だから中学校とは母校の稲目中学校の事を指すのだろうが…、

「何で行くんだ?」

「神田って先生いたろ?あいつに俺、マリオカート没収されてたのすっかり忘れててさ、したらさっき神田から電話来て"忘れてたすまん、明日取りに来い。"って。要らないから捨てて良いって言ったけど人の物だから無理だって。」

成る程、ここで彼女と帰りたいから無理だとは言えまい、素直に了承した。




 綺麗な朝焼けだが天気予報では天気が崩れるらしい。雨にはならないが曇り空にはなるらしい。念の為に傘を持って行く。通学路は学校に近付く程、生徒が増えて行く。増えていくに連れて眠気は飛んで行く。




今日は早めに学校に来た。そして昇降口で人待ちをする。増田さんは直ぐに来た、俺の顔を見てにっこりと笑ってくれた。

「おはよう。」

「おはよ、今日は早いね。」

「うん、今日さ。五十嵐と中学校行く事なちゃって…、その…。」

「大丈夫だよ、帰る事くらい出来る。」

うん、それはそうなんだけど…。





 五十嵐は部活をサボれる事が1番嬉しかったらしい。

「いやー、中学校は懐かしいけど、実際何も変わってないだろー。」

と呟いていたが変化はあった。校門に掲げられている学校名の入ったプレートが真新しい。小さな文字で"22年度卒業生寄贈"と書かれていた。成る程、俺らが寄贈したのか。確かに卒業式で言っていた気がしないでもない。五十嵐はそれを見て

「そうかこれ俺らか、たけぇのかな?」

と呟いて、

「一個上が通学バスで一個下がソーラーパネルじゃ霞むな。」

と言った。

「なんで知ってんだ?」

と聞くと妹、とだけ応えて、

「きてくれてありがとな。」

と言った。

「1人で行くのは恥ずかしい。」

「でも職員室には1人で行けよ。挨拶面倒。」

「まあ、そうだな。じゃあ終わったら電話すっから此処に。」

「そういやお前何でいっつも電話なんだ?メールでもいいような用件まで。」

「それはな。」

ここで一回言葉を切り、言う事に厚みを持たせようとして行った言葉は、

「面倒だからだ。」

という言葉だった。嫌いじゃない。





青春を謳歌した自分の教室も既に別の青春を納めていた。机も椅子も変わっていないはずなのに別物だと感じて仕方ない。美術室の前の廊下に飾られた絵は俺が中学に入学した時から変わらない、永劫飾られ続けるのだろうか。校舎を一回りしいよいよ部室に顔を出す事しかすることがない。




 部室のドアを軽くノックして開ける、中にはサッカーユニフォームを着込んだ男達が溢れ、臭かった。殆どの男達がキョトンとしている。それもそうだ。こいつらの2/3は俺は卒業してから入学したのだから。しかし、の頃の1/3はビックリしている。

「樹先輩じゃないですか!」

「久しぶりっす!」

と4、5人に囲まれる。俺の事を知らない彼らもどうやら先輩の先輩らしいと察しが着いたらしく小さな声で話をしている。

「よし!今日は3年部活なし!1、2年は部活してろ!」

と言い放ったのは後輩の木本 康司だ。

「阿呆、部活しろ部活。」

「じゃあ先輩何の為に来たんですか?」

「直ぐ帰る。」

「そんな事言わずに!あ!先輩!何と屋上に行けるんですよ!行きましょ?」

屋上と聞いて二つ返事で行くことにした。







 屋上へ行けるドアは在学中は鍵が掛かっていて行けなかったのに今は鍵は掛かっておらず行ける事が出来た。話によると新年度と共に開いていたという。屋上は磨いた様に綺麗だった、少なくとも在学中の3年間は生徒が入らなかった為、汚される要因はなかったのだろう。思えばドアも綺麗だ、使う人がいなければ屋上もドアも綺麗なのだろう。

後輩達と一頻り話をした。俺が3年生の時1年だった木本も今は部長だというのだから不思議な事で無いのに驚きだ。

「え?五十嵐先輩も来てるんですか?」

「来てるけど、用事終わった此処に呼ぶか。」

「そうっすねー、てか屋上開ける様になったんですかね?」

確かにそれは謎だ、昔は一度も開かなかったのに。

「開けない理由は自殺防止とか直ぐに思い付くんだけどなー、開けた理由ってなると…。」

「そうっすよねー、あ!もしかして、いじめアンケートで初めていじめゼロ達成して、安心して開けたとか…!?」

「阿呆か、そんなもん教師が信じると思うか?実際、いじめなんて殆どが見て見ぬ振りだ。」

「そうですよねー、なんでなんすかねー。」

「先輩、五十嵐先輩とビー玉投げてましたよね、開けろー!って叫びながら。」

恥ずかしい話だ。

しかし、悩めば悩む程、不可解だ。何でドアを解放したのだろうか。

「よし!先生に聞いてこよう!」

と木本が立ち上がったが、直ぐに他の後輩に止められた。

「バカ!お前皆言ってる事知らないのか!?」

「あ?知らねぇよ。」

「皆言ってるのは"屋上掃除して、その時鍵閉めるのを忘れた"って話だ。」

「あん?そんなもん直ぐ教師にばれんだろ!?」

確かに"閉め忘れ説"はあり得る、木本の論も覆せる。

「そりゃ、職員室から屋上が見えないからだろ。それに実際にそこのドアに行かないと開いてるか判らないし。今まで閉まってたんだからここまで来る先生もいないだろ。」

「さすが樹先輩!」

でも木本は納得していないようだ、いや理解出来ていないようだ。暫くして、

「あ!そこのドアが開いてるかは、そこに来ないと判らない!そして、そこまで普通は教師はこない!そして職員室や廊下からは屋上の様子は見えない!この学校は1棟しか校舎がないから!」

まあ、その通り何だが…、何故コイツは得意気なんだ。

「だから、さっき言った掃除後掛け忘れ説が有力なんだ。先生に聞きに言ったら、楽園ともオサラバに。」

成る程、掃除か。最初ここに来た時に綺麗だと思った。それは長い間人の往来が無かったからだと思ったが違う。此処は屋上だ、長い間野晒しにされたら綺麗になるどころか汚くなるに決まっている。つまり、掃除したのは紛れもない事実だろう。ここで浮かぶ疑問は、

「問題は、何で掃除したのか、だ。」

「そうっすよねー。そこがわかんなくって。」

「理由はなんであれ、開いてりゃいいんです。」

まあ、そりゃそうだが…。

ポケットから黒電話が鳴り出した、ディスプレイには五十嵐 賢の文字。

「もしもし?終わったから、校門のとこ来いよ。」

屋上から校門を見る、五十嵐がガラケーを耳に当ててどうやらプレートを眺めているよう。そして此処に来た時の会話を思い出した。そうか。

「屋上がさ、開いてるから一回来いよ。後輩もいる。」

すると下の五十嵐と目が合った。そっから早く屋上に行きたいのかダッシュだ。電話は既に切れていた。

木本達を振り返り、一息吸って喋り出した。

「屋上へのドアが開いた理由、屋上を掃除した理由はソーラーパネルを設置するからだな。」

後輩達は不思議な顔だった。阿保な木本が何故か直ぐに合点が行き、

「ああ!卒業式に言ってた寄贈品ってやつですね!」

と言った、その通りだ。ソーラーパネルのせいで屋上のドアが開かれたのだ。しかし、推論はこれ以上進まない。本当に閉め忘れかもしれないし、開け放つようにしたのかもしれない、それにドアも綺麗なで言えばドアが壊れていて、ソーラーパネルを機に直したのかもしれない。

五十嵐が屋上にやってきた、そして後輩達に「よ!」とだけ言って這いつくばって何かしている。

「なにしてんだ?」

「ビー玉探し。」

成る程、昔投げたビー玉か。

「残念だけど、掃除されてっからないと」

「あった!」

早い。本当にあったのか。しかし、ビー玉は着地の衝撃で砕けて最早石だ。

その石の欠片を俺に渡し、五十嵐は笑った。




 その後、屋上で駄弁っていたが突然の雨に襲われ、帰る事にした。五十嵐は傘を持ってきておらず途中まで入れて帰った。

五十嵐とは直ぐに別れた、もし、今日増田さんと帰っていたら、もし、増田さんが傘を忘れていたら。そんな事を考えていると頭の中にRAD WIMPSのme me sheのPVが流れ始めた。約束の時間まであと少し、小走りに街灯まで向かった。



 街灯には夏奈が傘をささずに立っていた。慌てて傘に入れる。

「雨降ったら帰ればいいのに。」

「でも、樹は来たじゃん。」

返す言葉が見つからなかった、返事代わりにビー玉の欠片と今日の話をする事にしよう。



「オッケー、思い出の石はこれね。」

ビー玉のかけらを握りしめて、にっと笑う。

「ビー玉って硝子じゃないの?」

「関係ない。」

ぴしゃりと言い放つ。

「残るは綺麗な花だけだね。」

「ヒントは?」

「ない。」

これまた断言されてしまった。

「でも、ずっと屋上に残ってるって感動的だね。」

「そうでもない。」

「あれ?ずっと待ってた、思ってた!って話嫌い?」

「嫌い…、ではない。」

夏奈を傘に入れて線路沿いの道で立ち尽くす。じゃあまた明日も同じ時間にね、と話をして、暫くはタイムマシンに関係ない話をしていた。すると前から雨の中傘もささずに走って来る人がいた、あれは…

「増田さん…。」

増田さんと目が合うのと、夏奈後ろに走り出すのと、自分が言い訳も出来ず逃げたのは同時だった。



 家に帰ってからはずっと憂鬱だった。あんな光景を見られて、説明して許してくれるだろうか。増田さんなら…、いや、いくら何での虫が良すぎる。

夏奈を傘に入れなければ良かった、そう思ったがやはりそれも出来なかっただろう。

iPhoneにメールか電話がきてほしかったが、そうはいかなかった。

もし、本当にタイムマシンが出来たのなら、今俺が使っていただろう。





 学校には遅刻ギリギリの着いた、会いたくない人が居るのだ。





 放課後、部活後は花屋に寄って綺麗な花を買った。これで全部だろう。夏奈に会いに行く。もう良いだろうと言うつもりだ。




 いつもの街灯の下に夏奈は居た。俯き、影を落としている。吸い込まれそうな影だ。夏奈は自分と花束を一瞥し、歩き出した。着いて来いという事なのだろう。着いて行く。

いつもの線路沿いを暫く歩いてから話始めた。

「本当に、本当にタイムマシン出来ると思ってる?」

「…思ってる。」

「真面目に。」

思ってないと言えば"そんな思いでタイムマシンが出来るか"と思ったがそうではないらしい。何が目的なのか悩み押し黙っていると夏奈は一息吸って喋り出した。

「タイムマシン作るなんて、嘘。本当は、また樹と遊びたかっただけ。最後の我が儘。それだけ。」

「そんな事だと思ってたよ。」

「ううん、違う。それだけじゃない。」

何が違うというのだろうか。線路沿いの道、踏切の前にやってきた。踏切は感情のない機械的な音を鳴らし始め、遮断機を下ろす。

「樹はやっぱり優しいね。」

肯定せず黙る。

「心配になるほど優しい。」

そう言ったのか分からないほど小さな声だった。

「ずっと待ってた、思ってたって話は嫌いじゃないんでしょ?」

「ああ。」

「そっか、ならよかった。」

「どういう…。」

言葉を重ねて言う。

「気にしなくて良いんだよ。」

そういって夏奈は遮断機をくぐった。

轟音と共に電車が夏奈を消し去る。

そこで思い出した。


ああ、前も見たことあるなこの風景。


花はその場に置いた。


増田さんには本当の事を話そう。

たとえ信じてくれなくても。

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