第9幕 さらば愛という名のゲスとともに
「スケさん、アナタをアタチの使い魔にするです!」
その言葉にスケさんはハァと小さなため息をつく。
「キミは本当にバカだね。考えてもごらんよ、死神の使いであるこのボクがたかが人間の、それもキミみたいな小さな子供の使い魔になるだって?ハイそうですかって承諾するわけがないだろう」
「ふふふ、承諾せざるを得ないのですよスケさん。アナタの首にはさっき魔法のアイテムである"主従の首輪"をつけさせてもらったのです!」
「なんだって!?」
慌てふためくスケさんであったが、プリンの言葉通りその首には赤い首輪が付けられていた。
「いつの間に!こんなものを取付けられて、ボクが気付かないなんてありえない」
「シラズのほとりですよ、ズンズのおっちゃんがやってきた時のことを思い出すのです。あのとき火の玉を恐れるふりをしてスケさんを抱きかかえ、どさくさに紛れて付けていたのです。詳しくは第四幕を読み返すがいいのです!」
スケさんはチッと小さく舌打ちする。
「じゃあこんなまどろっこしい事をせずに、首輪をつけた時点で芝居をやめればよかったじゃないか」
「それがそうもいかなかったのです。首輪を付けただけではダメで、その首輪を付けた状態でアタチをご主人と言わせなければいけなかったのです。詳しくは第七幕・・・」
「ああ、もういいよ!」
イラっとした様子のスケさんは、プリンの言葉を途中で遮る。
「それにミス・セプテンバーがここまで案内してくれているのに、途中で投げ出すわけにもいかなくなってしまったですからね。だからスケさんが何を考えているのかをもっと知るためと言うよりも確かめるついでに、泳がしてみることにしたわけなのです」
こんな子供と思っていたプリンの掌の上で踊らされていたことが分かって、スケさんはひどく不機嫌な様子で黙りこんだ。
「まあいいや。キミ程度の魔力が込められたこんな首輪、このボクにかかれば・・・」
スケさんの体から放出される禍々しいオーラが激しさを増したかと思うと、一気に噴き出すように溢れ出てくる、しかし他には特にこれといって大きな変化は見られない。
「なんだって!?外れない・・・」
その様子を見ていたバーリンが一歩前にでる。
「無駄じゃよ、その首輪は外れはせんよ。その子はこの歳でも魔導士、その魔力は魔女よりも上じゃ。そもそものお前さんの失敗はこの子の魔力を計り誤ったって事さ。プリンの魔法の力は、すでにこの大魔女バーリンをもはるかに凌ぐということをね」
「なんだって!あのずる賢くて、セコくて、やり方が汚くて、かの魔女の通った後にはペンペン草すら生えないと悪い噂しか聞かないのに、それを帳消しにして余りあるほどの魔力を持っているという外道魔女バーリンよりも格上だというのかい!?」
「・・・コロスぞい」
「それならばこの首輪に魔力を込めたキミを殺せばいいだけのことだ。魔力を付与した術者が死ねば、術の効力も切れるからね。くらえ肉球デスタッチ!」
そう言いながらスケさんは身をひるがえしてプリンに襲いかかるが、その攻撃はプリンの周囲に張り巡らされた"見えない壁"によって阻まれてしまう。
「言い忘れていたのです。アタチの体には攻撃を受けるともれなく発動する、プロテクションがかかっているのです。普段は問題ないのですが、悪意を持った者が一定距離に近づいてくるとはじき返されてしまう仕組みになっているのです!」
「くっ、ナマイキな」
そしてその直後スケさんの全身に激しい痛みが走った。
「ぐっはぁー!」
「またまた言い忘れてました。その主従の首輪をした状態でご主人に逆らうと、逆らった程度に応じてお仕置きの激痛が走る仕組みになっているのです。なのでご主人を殺そうだなんて思った日には、お仕置きマックスになってしまって死にそうなほどの痛みに襲われて大変なことになるのです!」
スケさんの黒い体では判りにくいのだが、プスプスと音を立てている体が焦げているのだろうか、毛の焼けるような匂いがあたりに充満している。そしてフラフラと弱った身体を引きずりながら、逃げようとしていたクロネコは途中で力尽きたように横になる。
「スケさん!」
プリンは地面に倒れこんだスケさんに駆け寄って、その小さな体を抱きかかえる。そして小脇のポシェットから瓶に入った回復薬を取りだすと、その傷ついた体に振りかけた。
「やめろ!ボクに触るな」
「黙ってジッとしてるです」
プリンはふりかけた回復薬をなじませるように、スケさんの体をやさしく撫でていく。すると不思議なことにその体がやわらかい光に包まれて、苦痛に満ちたスケさんの表情が和らいでいった。
「最後は無情の愛なのです」
「それを言うなら無償の愛だよ」
「これでいいのです」
「?」
「何も求めない、干渉しない、悪いことをしても叱らない、そんなものは愛じゃないって言いたのさ。悪いことをしたときは情け容赦なく叱り、だけど困っているときには、何をしてでも守る。それができなきゃ一緒に倒れてやれる。そういうものを互いに求め合えてこそ、本当の愛だと言いたいんだろう」
言葉足らずのプリンの解釈を補完するようにバーリンが語り、その後ろでは「そんな気持ち、もう遠い昔に忘れていたわ」とミス・セプテンバーが感慨深げにウンウンとうなずいている。
「でもこの子の場合、何も考えずにテキトーなことを言って、都合のいい解釈を周りに求めるところがあるからね、気を付けてないと騙されるよ」
「それもなんだか分かる気がするわ」
「まあなんたって、この子は魔女なんだから。油断大敵って事さ」
それを見ていたスケさんは、ひとつ溜息を洩らすと諦めたような表情を浮かべた。
「いいだろう。ボクをここまで追い詰めたキミの力量に敬意を表して、使い魔になってあげるよ。どうせ人の一生なんてボクからすれば、ほんの瞬きするくらいのわずかな時間でしかないのだから。ヒマつぶしに付き合ってあげるけど、せいぜいボクを楽しませることだね」
照れくさそうにそう語るスケさんに、プリンは微笑みながら答える。
「こうなることは、わかっていたですよ」
「フン、偉そうに」
「だってそういう設定だったのですから。最初からスケさんは、アタチの使い魔になる。今回はそういう設定のお話だったのです」
「やれやれ、キミには降参だよ」
「ふふふ、なのです」
そんなプリンとスケさんのやり取りを皆が温かい目で見つめていた・・・。
《終わりの補足》
ミス・セプテンバーと長老エントに別れを告げて、バーリンの準備した魔法で家へ帰ろうとしていたプリンたち。そんな長老エントと"境目の森"の妖精たちが見送りしてくれるなか、ソワソワした様子のミス・セプテンバーは挨拶もそこそこに立ち去ろうとする。
「妖精さんはそんなに慌てて、どうしたですか?」
「決まってるじゃない!今から急いで追いかければ、ヨンズ君に追いつけるかもしれないじゃない。もう挨拶なんてどうでもいいから、はやく解散しなさいよ!」
「やれやれ、キミはやっぱりそういうとこブレないよね。そういう意味じゃあ期待を裏切らないと言うか、期待のさらに上を駆け抜けると言うか・・・」
スケさんはあきれ顔で言葉を失っている。
「そうよ私はこういう性格なんだから、笑いたい者は笑うがいいのよ!私は笑われながらでも、私の花道を駆け抜けてやるんだから」
ここまで気持ちのいいほどに開き直られると、逆にかえって清々しいというのはきっと何かの錯覚なのだろう。いや錯覚でなければおかしいと思うのだが、それをねじ伏せる得体の知れないものをミス・セプテンバーは持っているから不思議な事この上ない。
「妖精さんって、皆あんなカンジですか?」
プリンの言葉に反応して、見送りに集まっていた妖精たちが迷惑そうな顔で一斉に首を振る。
「でもまあ、そうね。そのうちアナタ達のところへも遊びに行くから、挨拶はテキトーでいいでしょ?それじゃ、私忙しいからまたね!」
そう言い残して去っていく妖精ミス・セプテンバー。
その後ろ姿は嬉々としていて未練も何も感じさせない。
やっぱり彼女はゲスだった・・・。
今回はそういう話だったのかもしれない。
おしまい