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第5幕 キラキラした思い出はオンナの宝


「ところでヨンズさん、ボクたちに何か用かい?こっちからはアナタがボクたちを目指して、舟を漕いでいたように見えたんだけど」

プリンたちに任せていては会話が前に進まないと判断したのか、スケさんが一歩前に出てヨンズに向き合うことに決めたようだ。それでなくともヨンズの風貌は、人を遠ざけるほどの不気味さがある。


「いやどちらかと言うと、ワシを呼んだのはそちらの方。ワシの持ってる"魔法のカンテラ"はこの湖を渡りたいと願う者を照らして知らせるもの。ワシはカンテラが導く光に従って、ここに来ただけなのだから」

「知ってるわよ。そうやって困ってる人を助けるフリをして、大事なものを奪い取る気なんでしょ!?」

ミス・セプテンバーがここぞとばかりに話に割込みヨンズを睨みつけた。しかし当のヨンズは小さな妖精の威圧的な視線など、どこ吹く風とばかりに話を続ける。

「ヌヒッ、知ってるなら話が早い。だけど奪い取るとは人聞きの悪いことをおっしゃる。そもそもそれはワシが奪い取るのではなく、気が付いたらいつの間にかこの湖に吸い取られるようにして失ってしまう。だからワシは親切にもそれを事前に教えてやっているだけだというのに」

「何がなくなるですか、ズンズのおっちゃん」

「イヤ、だからヨンズじゃって・・・。まあよい、コホン。ここを渡った者が何を失うかというとな、その人の一番キラキラした思い出をひとつ失うことになるのじゃ」

「えーっ!?」


その言葉に動揺する一同だったが、小さな妖精だけは冷静に顔をゆがめていた。

「それってマユツバじゃん?その思い出を失ったことを本人は認識できるの?失ったってことがわかるなら、元はあったって覚えてるってことじゃない!」

「いやワシは難しいことは、よくわからんのじゃが・・・」

要領を得ないヨンズにミス・セプテンバーは苛立ちを隠そうともしないで続ける。

「だ・か・ら、失ってわからなくなったものを、どうやって今失ったって認識するの?つまり本人しか知りえない思い出を失ったって、それを本人が認識できなければ、ここで思い出を失うって事を証明する人がいないじゃない!言ってることが矛盾してるわ」

なぜか目をつり上げて喰いつき気味に話すミス・セプテンバーから鬼気迫るものを感じずにはいられない。彼女から何かこうオンナの執念的なものが溢れ出ている。


「妖精さん、なんだか怖いですよ」

「オンナにはね、過去に流してしまいたいハズかしい思い出も、今でも捨てきれないキラキラした思い出も、長く生きていれば一つや二つ、三つや四つとまあそれなりにあるものなんだよ」

スケさんが遠い目をしながらプリンの問いに答えてくれた。

「そこっ!ウルサイ。なにサラッとオバサン扱いしてくれてんのよ!」

「たしかにそれを証明するものは誰もおらん。だから関係ないと思うのであれば、気にすることなく渡ればいいだけじゃ。だけどな良い思い出を失うと、人は老けるらしくてのう。かくいうワシもここで長いこと舟守をやっておるが、実年齢はまだ18のはずなんじゃが・・・」

「みんな今すぐ迂回するわよ!」

ミス・セプテンバーの悲鳴のような声が響いた。


「まあ心は永遠の美少年ってオチではないだろうけど、何だか謎めいている事には違いないね。思い出を奪われる事とこの霧に関係があるのか、はたまたこの湖に何者かが潜んでいてソイツの仕業によるものなのか・・・」

「おおっ、スケさんが探偵モードに入ったですよ」

茶化すようなプリンの言葉を受け流して、スケさんはどうやら本気で謎解きに入ったようだ。


「ヨンズさんはいつどうやって、ここの舟守になったんだい?」

「それがワシにもよくわからんのじゃ。気が付いた時にはもうここで舟守をやっていてな、それがいつの頃からなのか、どうやってなったのか、家族や友達はいたのかなど何も覚えておらん」

「ヨンズさん自身もここで人を船に乗せて渡るたびに思い出を失っているというのは間違いなさそうだね。今までに良い思い出を上から順番に失っていって、楽しくもなんともないような・・・、言うなればどうでもいい思い出しかもう残されていないということか」

スケさんの言葉にミス・セプテンバーがヒィィとうめき声を上げる。。

「そんなまさか・・・。でもそう言われてみれば、ワシは今までに船に乗せてここを渡らせた人たちの記憶もないのう」

そう答えながらヨンズの顔に寂しそうな表情が浮かぶ。


「でもさ、じゃあ何で舟守を続けているの?誰かに強要されているとか?」

「いや誰からも強要はされておらん。何故ワシはこんなことを続けておるんじゃろう?」

その問いかけに、ヨンズ自身も何故今まで気づかなかったのだろうと首をかしげた。どうやらヨンズも気づかない、或いは気付かせてもらえない何らかの力が働いているのであろう。

「じゃあ今日で船盛をやめるです。おいしいものも毎日だとさすがに飽きるですよ!」

「いやプリン、キミが話に割り込むとややこしくなるから・・・」

「むーっ!」

スケさんにたしなめられて、ムクれたプリンをあやすミス・セプテンバー。


「でも舟守を今日でやめるというのは正しいかもしれないね。このまま続けていても、この湖はあなたの心を蝕んでいって、そう遠くない日にあなたは廃人になってしまうかもしれないから。誰かから強要されているわけではないのであれば、やめるのはアナタの自由なんだし」

「アンタの言う通りじゃな、じゃが舟守をやめてワシは何をすればよいのじゃろう?」

「何をしてもいいよ、だってあなたは自由なのだから」

「そうかワシは自由なのか」

「自由にスマタでズンズです!」

「いやだから、君が入ってくると話がややこしくなるからっ!」

「むーっ!」


「そうか、ワシは自由・・・。自由・・・」

そう言ったヨンズの瞳が紅く不気味に光を放ったかと思うと、彼は小さな体を抱きかかえてうずくまる。

「ヨンズさん?どうしたの?」

スケさんの呼びかけにも応じず、皆が心配の眼差しで見つめる中、地面に四つん這いになったまま苦しそうに動きをとめていたヨンズだったが、急に何事もなかったかのように立ち上がった。

「それで向こう岸に渡りたいのは、そこの女の子とクロネコと妖精。これだけでいいんじゃな?」

「は?何を言ってるの?今、舟守はもうやめるって」

「何の話じゃ?それより早くしろ、船を出すぞい」

つい今しがたまで話していた事の内容を忘れたヨンズ。これがキラキラした思い出を失うということと無関係などとは考えにくい。でもまだ彼もプリンたちも湖を渡るどころか、船にすら乗っていないというのに何故こんなことが起こるのか。


「次話にご期待です!」

「いや行かせないよ。こんな所で謎解きを次回には持ち込ませない」

「ふえーん、スケさんが怖いです」

「よしよし、プリンちゃん。でも今回はスケさんの独壇場みたいだから諦めなさい」

「そうじゃないよ、次話に持ち越すほどたいした謎じゃないってだけさ」

「(なにーっ!?)」(作者)

「なるほどね、どうやら謎は解けたよ!ここはひとつ解決編といこうじゃないか」


スケさんはプリン、ミス・セプテンバーとヨンズを前にして語り始める。

「まずヒントはあらかじめ散りばめられていたのさ。湖を渡ると失われるキラキラした思い出、湖を渡りたい者を導いて知らせる魔法のカンテラ、そして奇しくも答えはプリン、君が最初に言っていたんだよ。"火の玉が近づいてくる"と」

「ほえ?」

そう言ったスケさんの目はヨンズの手元でユラユラと揺れるカンテラ、いや正確にはその光源である炎へとむけられていた。

「その魔法のカンテラの火は、ただの炎じゃない。ウィル・オー・ウィスプだね、ヨンズさん」

ヨンズは何も答えずに、ただじっとカンテラを手にしたままスケさんを見つめている。


「僕は最初、湖に何かが潜んでいて湖の上を通りかかったときにキラキラした思い出を奪うのだろうと思っていたんだ。ついでに言えばこの霧も身を隠すためソイツの仕業なんだろうと考えていた。でもさっき地上にいるにもかかわらず、あなたが記憶を失ってその推測が揺らぐことになる。あなたが自由になるという話をしていたら、急に記憶を失ったからだ。となると犯人はやはりあなたを操っている、あなたが自由になることで自分に不都合が生じるため記憶を奪ったんだろう。と、ここまでは大丈夫かな?」

スケさんが皆の顔を見渡すと、全員がウンウンと頷いていたので話を続ける。


「でもとなると、その犯人はどこにいるんだっていう話になるよね?ボクたちの会話が届く範囲にいるとしても、辺りの岸には誰もいない、あとは音がくぐもって聞こえづらい水のなかだけだ。でももしボクたちの中に犯人がいるとしたらどうなる?湖を渡るときには船に乗る、その船には乗客とヨンズさん、そしてそのカンテラが一緒に乗っていることに気付いた。ここで喉に引っかかった小骨のように最初にプリンが言った言葉がよみがえる、火の玉がやってくると。火の玉とはつまりウィル・オー・ウィスプ。イグニス・ファトゥスや鬼火、狐火など呼び方はいろいろあるけれどまあ詳しいことはネットでどうぞ。話を戻すと人を惑わし、ときには死にも追いやると言われているウィル・オー・ウィスプ。それが真犯人の正体じゃないかと行きついたのさ。ただの炎でなければ、この湖を渡りたいと願うものに導くことも何ら難しい事ではないからね」


スケさんはドヤ顔でニヤリと笑ってそう言った。


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