第3幕 境目の森
― 数刻前 ―
「ミス・セプテンバー・・・、ミス・セプテンバーはおるか?」
「アンタ長老が呼んでるよ」
木漏れ日の中で午睡を満喫していたミス・セプテンバーを仲間の妖精が揺り起こす。しかしながら幸せな時間を邪魔された本人はすこぶる機嫌が悪かった。
「あのジジイ、長老だか何だか知らないけど、妖精をコキ使いやがって!私の昼寝を邪魔するなっていつも言ってんのに、どうなってんだよ!」
「アンタ聞こえてるよ」
ミス・セプテンバーを呼び出した張本人こと、長老エントは彼女たちの目の前に立っていた。
「あわわ、長老さまご機嫌麗しゅう・・・」
動揺のあまり訳の分からないことを口走るミス・セプテンバーだったが、付き合いも長く彼女の性格を知り尽くしている長老エントは構わずに言葉を続けた。
「どうやらこの境目の森に"よくないもの"が迷いこんだようじゃ。これがいったい何者なのか、なんの目的で這入りこんできたのか、そなたが調べてきてくれぬか」
「なんで私が!」
ミス・セプテンバーはあからさまに不満を口にして拒絶する。
「いやタダでとは言わんぞ。ミッション成功の暁には、若いドリアードたちから抽出したエキス"ツヤツヤロイチン296"美容効果抜群のこの美容液を・・・」
「やるに決まっているじゃないですか!私がやらずに誰がやるんだって話ですよ」
ミス・セプテンバーはヤル気マンマンのようだ。
「あ、そう・・・」
「それでソイツはどのあたりに?」
「ここより南東の方角。あの厄介な湖をも越えねばならんのじゃが、手段を選ばぬというなら行きだけ限定で我が転移のゲートにて送り届けてやろう」
「そんな便利なものをお持ちなんですか?それならそうと早く言って下さればいいのに。長老様も人が悪いって言うの?いやまあ人じゃないんだけどさ」
どうやらその様子をみるに同意は成立した。
「ならばしっかりと身体を守っておれよ」
「えっ、ナニ!?」
そう言うと長老エントはミス・セプテンバーの身体をむんずと掴み、力一杯空に向かって放り投げた。そして小さな妖精の姿は、キャーという悲鳴だけを残してあっという間に消えていった。
「健闘を祈る!」
長老エントに会うため歩を進めるプリンたち一行は、薄暗い森のなかへと続いている誰が造ったものなのかもわからない一本の小道を進む。
「そもそもここは一体ドコなんですか?」
飛んでいることに疲れたのか、さっきから自分の肩にとまっているミス・セプテンバーにプリンが訊ねた。
「ここは"境目の森"って呼ばれているよ、現実世界と別の世界との間にある、いわば虚ろな場所ってカンジかな。フェアリーランドの入口にも近いしね」
「フェアリーランド?」
「聞いたことない?妖精たちの国で、女王ティターニャさまが治めている国だよ。まあ本来はオベロンさまがってとこなんだろうけど、あのヒトはアレだからさ、フーテンの・・・。あっ、イヤいい何でもない」
「?」
「それよりもプリンちゃんとスケさんってどういう関係なのさ?」
「スケさんはアタチの使い魔です!」
「へぇ、そうなんだ。でも使い魔ってよく聞くけど、いったいどんなことをするの?」
「それはボクから説明しよう。使い魔と言っても、出来ることはたかが知れているからね。一般的な仕事としてはメッセンジャーなどの簡単な雑用だよ、だけどそれ以上に重要な役割というのがあって・・・、ご主人様に萌えと癒しを提供するのが僕たちの本業だと思ってもらえばいい」
「ふ~ん、要はあまり役に立たないマスコットキャラってとこか」
「本人を目の前にしての、なかなか見事なディスりっぷりだね」
「いやぁディスるつもりはないんだけど、ドッペルゲンガーの話からして、何が本当で何が嘘なのか訳が分からない状況だからさ、確定している本当のことっていうのをヒトツづつ解きほぐしていく必要があるんじゃないのかなぁと思うんだよ」
「なんだかまるでボクたちが嘘をついてるって疑っているようじゃないか」
「ウンそうかもね、でも疑っているのは君たちだけじゃなくこの状況をひっくるめた全てだけど・・・」
「ふたりともケンカはやめるです!」
「あぁ大丈夫だよ、プリンちゃん。これはケンカじゃなくて話し合いだから」
「話し合いですか?」
「ウン、今みんなでしっかり話をして準備しておかないと、後で困ったことになるからね」
「む~、そうですね。準備です!」
「まあとにかく、不思議なことが盛りだくさんだよね。出会ってしまったら死んでしまうっていうドッペルゲンガーの事とか、プリンちゃんの家の鏡がここ"境目の森"につながっていた事とか」
やっぱりさっきのミス・セプテンバーとのやりとりを根に持っているのか、スケさんは小さな妖精に反論するような口調で言葉を返す。
「鏡が別の場所へ繋がるっていうのは、さして不思議なことではないよ。魔の力が強まる深夜での合わせ鏡は不吉の象徴として有名でしょ。悪いものを呼び寄せるとか、魂が閉じ込められるとかの言い伝えや伝奇など数え上げたらきりがない。それでなくても魔の塊みたいな魔女の家という、これ以上ないくらいのシチュエーションなんだから鏡に何かが宿っても不思議じゃないよ」
「ま、たしかに鏡は古来から祭器として神を祀るのに使われるくらいだから、不思議な力が宿ってもおかしくないのか・・・。プリンちゃんの前に現れたっていうドッペルゲンガーも、その鏡の何らかの影響を受けて出てきたって考えるべきなのかなぁ?」
「でもいつも顔を洗ったり、歯を磨いてるだけの鏡ですよ」
「だよね、別に特別な鏡ってわけじゃないんでしょ?」
腕を組んで頭を抱えるミス・セプテンバーにスケさんは続ける。
「だから今は、逃げたドッペルゲンガーを見つけて手がかりを探すことが、一番の近道なんじゃないかってことでここまで来たんじゃないか」
「やっぱりそれしかないのかな・・・」
妖精は腹落ちしない様子だったが、納得はしたかのように顔を上げた。
「仕方がない、それじゃあ行ってみますか」
「おーぅです」
その前途はプリンにもミス・セプテンバーにも厳しそうだった。