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紅の鳩  作者: りきやん
王族と平民

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小さな頼みごと

ロランはカウンターに腰を掛けたまま、帳簿を忙しなく捲っていた。ただし、手が動いているだけで、視線はどこを見るでもなく、宙を彷徨っている。


この持て余した時間をいかに有益に使うかに頭を悩ませているが、特に妙案が浮かぶわけでもなく、無意味に時間を浪費しているに過ぎなかった。


頬杖をついてみたり、カウンターに突っ伏してみたりするが、相変わらず暇が消えることはない。


そこに、扉が軋んだ音を立てながら開いた。ロランは伏せていた頭を上げて、昼間に訪ねてくるような変わった客の顔に視線を向ける。そして、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。


客商売をしている人間として、あるまじき態度ではあったが、入ってきた客は意にも介せず上機嫌に手を降った。


「やぁやぁやぁ、ロラン君。元気だったかい?」


人好きのする笑顔を浮かべた、金髪碧眼の優男に向かってため息をつく。


アンセルム・リヴェットと言えば、そのずば抜けた容姿でこの界隈では有名だったが、さらに磨きが掛かったようだ。心なしか、眩い光の粒子がアンセルムの周囲を飛んでいるように見え、ロランは思わず目を擦った。


「ようこそいらっしゃいませ、ってか何の用で戻ってきたんだ?」

「親友が帰還したというのに、冷たい男だね! 抱擁の1つでもくれて良いんじゃない?」

「気持ちわりぃ」


数年ぶりの再会にも関わらず、ロランとアンセルムはつい先程まで顔を合わせていたかような応酬を繰り広げる。


やがて、お互いの顔をしばらく見つめた後、火がついたように笑い始めた。


「ロランってば、全然変わってないね」

「アンの方こそ。元気してたのか?」

「おかげさまで、この通り」


大仰に手を広げて首を傾げたアンセルムに、ロランは元気そうで何より、と苦笑を浮かべる。そこで、その横に立っていた小さな影に気付いた。


「なんだ、シリルもいたのか」

「僕に気付いてなかったなんて、酷くない?」

「悪いな、小さくて見えなかった」


意地悪くそう返せば、シリルは頬を膨らませてそっぽを向いた。その頭をアンセルムが撫でてやる。


「シー坊のこと虐めないの」

「愛情の裏返しだよ。それより、ほら」


ロランは適当に返事をしてから、アンセルムに向かって手を差し出す。


その意図を汲み取りかねた彼は、小首を傾げた。


「なんだい? その手?」


男のロランから見ても、不思議そうにしているだけで、様になる容姿なのだ。女性から見たら、とても魅力的なのだろう。


ロランとは違い、女の途切れない理由もそこにあるはずだ。しかしながら、女遊びの酷さと派手さに関して、アンセルムは他の追随を許さなかった。アンセルムがこの街に住んでいた頃は、2日と同じ女を連れて歩いている姿をロランは見たことがない。


「今日の代金だよ。前払いだったの忘れてたか?」

「あ、そうだった」


アンセルムはコートの内ポケットから、小さな袋を取り出しカウンターに乗せた。ロランが中身を確かめようと手に取ると、異様に重量があることに気付く。


怪訝に思いながらも袋を逆さにすれば、滑るように金色の硬貨がいくつも転がり出てくる。ロランとシリルは絶句したままそれを見つめ、その後同じくらいアンセルムを凝視した。


「これ、なんだ?」

「見て分からないのかい? 金貨だよ」

「いや、分かるけど……これ、どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、ボクが稼いだものだよ。これでね」


意味深な笑みを浮かべたままアンセルムが手を翻すと、そこにはいつの間にかトランプが握られている。


「手品か?」

「いや、ギャンブル」


もう一方の手をトランプにかざせば、それは一瞬の内に姿を消してしまった。


「お前……まさか、イカサマ……」

「やだなぁ。悪いことみたいに言わないでよ。手段っていうのは、時に選んでられないんだから」


清々しい程の笑顔で言い切ったアンセルムに、ロランは背筋に薄ら寒いものを感じる。


普段はそれなりに配慮があり、性格にも難があるわけではないのだが、時々こういった表情を見せるのだ。底知れない何かを見たようで、ロランは言葉を失ってしまうが、当の本人は気にした様子も無く、いつものような人好きのする笑みを浮かべている。


「それよりさ、ロラン。今夜、一緒に出かけない?」

「飲むんなら、ここで飲めよ。うちに金を落とせ」

「まぁ、飲むならそうするけどさ。久しぶりに、花を買いにでも行こうと思って」


最初、ロランは意味が分からず呆けた表情をするが、すぐさま理解し、思わず手元にあった帳簿を投げつける。


しかしながら、アンセルムは怯むこと無く、それを受け止めると呑気に「危ないなぁ」と微笑んだ。隣でシリルがびっくりしているが、ロランにはそれを気にかける余裕がない。


「おまっ! シリルがいるところでする話しじゃねぇだろ!」

「ロランって、シー坊にはやけに過保護だよね?」

「教育に悪いだろうが!」

「良いじゃない、別に。シー坊だって、あと数年もしたらボクらと一緒に遊びに行くだろうし」

「ちょっと黙ってろ!」


ロランはカウンターから飛び出ると、アンセルムの横でぽかんとして突っ立っていたシリルに出て行くよう促す。けれども、あからさまに仲間外れにされそうな空気を読み取ったシリルは、反論した。


「嫌だ! せっかく、アンが帰ってきたんだから!」

「そのアンは、お前とじゃなくて、他の奴と遊ぶらしいから、また明日来い」

「いーやーだ! 僕も一緒に遊ぶ!」

「お前のためを思って言ってるんだよ!」

「僕のためを思うなら、一緒に連れて行ってよ!」

「ダメだ! 絶対の絶対に、ダメだ! こいつが行くところは、大人しか入れないんだよ」


大人ではない、と真っ向から否定されたシリルは、悔しさに奥歯を噛みしめる。そして、自分が大人の2人と同じくらいモノを知っていることを思い知らせてやろうと、子犬のようにかん高い声で喚き立てた。


「とばくじょう、とか、しょうかんに行くんでしょ! それで、お酒飲んで、しょうふって人と遊ぶんでしょ!」


シリルの口から出た言葉に、ロランが目眩を感じる一方で、アンセルムは「だいたい正解」と、朗らかな笑みを浮かべた。それを、黙れとばかりにロランが睨む。肩を竦めたアンセルムは笑みを引っ込め、手にした帳簿をくるくると回して遊び始めた。


ロランは痛むこめかみを抑えながら、シリルの方に向き直ると膝をつく。そして、小さな少年の肩に手をかけた。


「いいか、シリル。大人は絶対にそんな言葉を叫んだりしない」

「でも、僕が知ってるってわかったでしょ?」

「そういうことを平気で口にする奴は、まだ子供の証拠だ。俺たちが、あー、その、賭博場、とか娼館、とか喚いてんの、見たことないだろ?」


シリルは不承不承と言った体で頷く。けれども、頷きはしたものの、納得はしていないようだ。


ロランは仕方ないとばかりに、ため息をつく。


「シリル、お前にしか出来ないことを頼みたい」

「僕にしか出来ないこと?」


不機嫌そうに顰められていた眉が、ぴくりと跳ね上がる。


ロランはカウンターに置いてあった、薄汚れた紙を引きちぎると、羽ペンで短く1行だけ書き付けた。乱雑ながらも「2日後の朝5時」と力強く書かれた字体が紙の上に並ぶ。


アンセルムもシリルも何事かと、不思議そうにロランを見つめていた。


「これを届けてくれ。頼めるか?」


小さく書いた宛名を、アンセルムには分からないようにシリルにだけ見せる。


折りたたみもせずに、そのまま紙を手に握らせながら尋ねれば、少年は大きく頷いた。


「任せてよ! 僕にしか出来ないもんね!」

「あぁ、そうだ。頼りにしてるぜ」


先ほどまで駄々をこねていたのが嘘のように、シリルは宿を飛び出していく。


ロランがその後姿を見送っていれば、アンセルムは悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。


「ねぇねぇ、今のなに? ラブレター?」

「うっせぇ」

「読み書きの苦手なロランがわざわざ手紙を書くなんて、どういう風の吹き回し?」


詳しく聞かせてよ、と背中にのしかかってくるアンセルムを、ロランは迷惑そうに押しのけた。

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