オーギュストの企み
報告に訪れたオーギュストの部屋は、濃いアルコールの香りが充満していた。そこまで酒に強くないフェルナンは、息を詰めるが、嫌悪を表情に出すことはしない。淡々と、ここに至るまでのあらましを、目の前の国王代理に報告した。
「へぇ。フランの居場所ね。セルジュは放っといても構わないよ」
「よろしいのですか?」
「あの男、失踪した姫君のことで頭がいっぱいで、ろくに仕事もしてなかったからね」
オーギュストは、グラスに琥珀色の液体を並々と注ぐ。蜂蜜色に近いその色は、だいぶ年季の入っている高級品のようだった。
「あと、君も追いかけてくれて構わないよ。何なら、騎士団の人間を数人連れて行くと良い」
「は……?」
思わず出てしまった声をフェルナンは慌てて呑み込む。
「いえ、その、私が捜索に向かうのですか?」
「何を言ってるんだ。君は、フランの捜索部隊だろう?」
オーギュストの言うとおりだが、クリストフの捜索の際に、フランシーヌが関わっている可能性があるにも関わらず、あれほどまでに許可を出すこと頑なに拒んでいたことを思えば、疑わずにはいられない。何か裏があるのではないか、とその表情を注意深く眺めるが、満足そうに酒を煽っているだけだ。
「そんなところで、突っ立っている場合かい? せっかくの手掛かりなんだから、早く追いかけて、オレの妻を連れ戻して来てくれよ」
器用に片方の口の端だけを上げて笑う男に、フェルナンは何も言わずに頭を下げ、部屋を後にする。扉を出たと同時に、アルコール臭の無い澄んだ空気を大きく吸い込み、そして、ため息と共に吐き出した。
あれほどまでに、白々しい台詞が口を突いて出てくることに、思わず拍手を送りたくなる。今のところ、自分に被害は無いので、フェルナンは口を噤んでいるが、オーギュストのことを悪く言う連中の気持ちが少しだけ分かったような気がした。とはいえ、これまでは、オーギュストやフランシーヌなどの王位継承権を持つ者との接触はほとんど無かったため、彼らが実際にはどのような人物なのかを知らない。
同じような環境で育ったフランシーヌも、彼のような性格をしているならば、戻ってこない方が良いのではないかとすら考えた。しかしながら、当の姫君はクリストフが仲良くしていた相手だ。
クリストフは気に入らない相手に、媚びへつらうような真似をしない、はっきりした性格の男だ。フランシーヌは、オーギュストより大分ましな人間なのだろう。
手にした手紙をぞんざいにポケットに突っ込みながら、フェルナンは元来た道をたどる。声を掛ける団員を頭の中で選抜しながら、寄宿舎へと向かった。この大雨の中、馬を走らせるのは気が引けたが、雨が止むのを待っている時間は無い。
外へと続く扉のある大広間に差し掛かった時、ちょうど出ていこうとしているセルジュを見かける。フェルナンは、すぐに声を掛けた。
「ラファラン殿!」
セルジュは振り返ると、足を止める。
「カスタニエ団長。オーギュスト様への報告は済んだのですか?」
「えぇ。ラファラン殿だけでなく、私と騎士団員の数人を連れて出発する許可を頂きました」
許可が出たことを不審に思ったのか、セルジュが首を小さく傾げる。
「クリストフ・ジスカールの捜索には、許可を下ろさなかったというのに」
「えぇ、私もそこには引っかかりましたけどね。今回は、騎士団員でなく、フランシーヌ様を探すということなので、許可を下さったのではないでしょうか」
フェルナンには、これくらいの理由しか思いつかなかった。いくら、クリストフがフランシーヌの居場所を知っていたかもしれない、と言っても、追いかけるのはクリストフのことだ。逃げ出した騎士団員を探すような人員は割けないが、フランシーヌを直接追いかけるのであれば、話は別だったのかもしれない。
オーギュストの態度の変化は、これが原因だろうと結論付けていた。けれども、セルジュはそうは考えなかったようだ。エメラルドグリーンの瞳を細めると、小さく肩を竦めた。
「我々の外出中に、何も起きないと良いのですが」
「どういうことですか?」
「いいえ。推測にすぎないので、迂闊に口には出来ません。それよりも、ご同行して頂けるというのであれば、早く支度をして頂きたいのですが」
セルジュの刺のある言葉に、フェルナンは止めていた足を寄宿舎の方へと再び向ける。
「すぐに準備して参りますので、こちらでお待ち下さい」
「10分以内に来ていただけないのであれば、先に出発しております」
外套の内ポケットから銀の懐中時計を取り出して、セルジュは時間を確かめる。冗談など言っている姿を見たことがない男だ。もし、時間が過ぎれば、遠慮なく先に馬で駆けて行ってしまうだろう。
「かしこまりました」
フェルナンは、歩く速度を気持ち早めると、セルジュに背を向けた。
◆
その頃、自室で酒を煽っていたオーギュストは、薄ら笑いを浮かべたままグラスを見つめていた。外では雨が途切れることなく降っているらしく、音が鳴り止むことはない。
オーギュストはおもむろに立ち上がると、グラスを手にしたまま、窓辺へと近づく。普段であれば、城門までの道のりがよく見えるのだが、今は闇に包まれていた。
その中を、カンテラを手に持った4名の者が外へ向かって馬で駆けているのが見て取れた。このような雨の中、出掛ける者など急務を担った人間くらいだろう。その影が、先程命令を下したフェルナン一行であることを、オーギュストは確信した。
門の外まで消える姿をしっかり見送った後、再びソファへと深く腰掛ける。グラスから二口ほど煽った後、テーブルへゆっくりと置いた。
立ち上がると、ボトルが並んでいる棚へと足を運ぶ。そこから、隠すように置いてあった、薄い琥珀色の液体が入った小さなボトルを2本取り出す。中身は別のボトルから移し替えられたのか、栓はすでに抜かれており、コルクで軽く止められているだけだった。
両方のコルクを手早く抜き、ポケットから透明な液体が入った小瓶を取り出す。零れないように慎重に数滴ずつ、ボトルに注いで再びコルクを閉めた。そして、手近にあったバスケットにそれを放り込み、更に、テーブルの上に置かれていた果物と菓子類を適当に投げ入れる。
中身が見えないように、真っ白なナフキンで覆うと、オーギュストは扉を押し開け、廊下へと進み出た。
向かう場所は、国王と王妃が臥している自室である。その顔には、やはり、器用に口の端を片方だけ吊り上げた、歪んだ笑みが浮かんでいた。




