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紅の鳩  作者: りきやん
第一章
2/77

01

シャンメル暦 1657年


「ロラン!ロラン!ロラン!大ニュース!大ニュース!」


動く騒音が今日もやってきた。

ロランは身体に掛かっている薄手のシーツを上まで引き上げ、ついでに枕の下に頭を突っ込む。

多少息苦しいが、甲高い喚き声をいつまでも耳に入れておくよりは、ましだと判断してのことだった。


新聞を片手に大声を張り上げて、喚き散らす少年が持ってくる大ニュースは、大抵の場合、別段話題に取り上げることもない取り留めの無いものばかりである。

見出しの大きな字や簡単な単語しか読めない彼は、新聞を持って来てはロランに読んでくれとせがむ。

読んでやるロランも大して読み書きが上手ではないので、相手をするのはどちらかと言えば、面倒だった。

廊下を走る音が次第に大きくなり、壊れるのではないかと疑うような勢いで扉が開く。


「ねぇ、ロラン!今度こそ大ニュース!ねぇってば!」


反応するものか、と頑なにロランはシーツを被って応戦するが、それはあっさり突破されてしまう。

最後の砦である枕を強く握りしめたが、無遠慮に上から叩かれてしまえば、崩落したも同然だった。

耳元で喚く少年についに我慢できなくなり、ロランは飛び起きて、うるさい、と拳骨を落とす。


「何するんだよ、ロラン!」

「シシィ、うっさい。」

「シシィって呼ぶなよ!女のあだ名だろ、それ!」


新聞を振りかざしながら怒る少年の名はシリル・カルパンティエと言う。

ロランよりも8歳年下であり、この年頃の少年特有の生意気さを持っていた。

くりくりと跳ねた茶色の髪に、煙突掃除の少年たちがよく着ている簡素なつなぎを身につけている。

2年前に奴隷商人に売られてこの街に来た時は、右も左も分からずまごついていた少年も、今では立派な煙突掃除人の1人だった。

そのせいで、元々は白いであろう頬や手も、煤で黒ずんでいる。

髪の毛に至っては、煙突の熱気でやられたのか傷んで縮れている箇所も見受けられた。


「わぁーったから、帰れ、帰れ。どうせ、仕事の途中だろ?」


煙突掃除の仕事が、こんなにも朝早くに終わっているはずがない。

ロランは手で追い払う仕草をするが、シリルは頑として動く様子は無かった。

それどころか、丸めた新聞でロランの頭を叩き出す始末だ。


「いいから見てよ!フランが結婚するかもしれないんだよ!」

「あー、はいはい。フランが結婚ね…結婚?!」


ロランは素っ頓狂な声を上げると、シリルから新聞をひったくる。

呆れたようにこちらを見ている少年の視線に気付きながらも、それを無視して新聞の文字を必死に追った。


「ロランってば、ほんと、フランのことになると必死だよね」

「うっせぇ」


手近にあった枕を掴むと、ロランはシリルに向かってそれを投げつける。

突然の攻撃に対応することもできず、顔面で受け止めてしまった少年は恨みがましそうな視線を向けたが、何も言わなかった。


「あー…?フランシーヌ・ドゥ・ボーヴォワール…王女…ついに…結婚」


見出しからしていけ好かない新聞だった。

ロランは片眉を釣り上げると、鼻を鳴らす。

誰が誰と結婚しようが、関係無いだろう。

そう言いたいところだが、フランシーヌはこの国の正統な王族の血を引く王女であり、王位継承権を持つ唯一の人物だった。


王位継承権に性別は関係無い。

王族の血を引く者、いわゆる直系の者が、王になる。

フランシーヌには兄弟は愚か、異母兄弟すらいない。

その彼女が結婚するということは、その婿は王位継承権は得られないものの相当な地位を得ることになる。

国単位の大ニュースになることは、当前のことだと言えた。


しかし、ロランにとって問題なのは、誰がその地位を得るのか、ではなく、誰がフランシーヌと結婚するのか、という一点だった。

新聞の上に視線を滑らせ、名前らしき単語を必死に探す。

それは、案外すぐに見つかった。


「オーグ…いや、オーギュスト…ラフォルギー?誰だ、こいつ」

「ロランってば、そんなことも知らないの?」


得意顔になったシリルに、ロランはさっさと話せと先を促す。


「従兄弟だよ、フランの」

「あいつの従兄弟なんて山のようにいるだろうが。知ってる訳ねぇだろ」


ロランが苛立ちまぎれに、新聞をぐしゃりと握りつぶせば、シリルは慌てたようにその手から新聞を奪い返す。

何するんだよ!と怒りながら、皺になった部分を丁寧に伸ばすシリルの様子を見ながら、ロランはフランシーヌのことを思い浮かべた。

ライラックの色の髪をふわりと靡かせ、こちらをじっとコバルトブルーの瞳で見つめる彼女。

今にも泣き出しそうな優しい笑顔を浮かべながら、鈴の音の転がるような声で、控えめな笑い声を上げるのだ。


ロランは椅子の背に乱雑に引っ掛けられていた上着を手に取ると、袖を通す。

それを見咎めたシリルは、胡乱気な目を彼に向けた。


「あーあ。店番さぼって出掛けるんだ?」

「お前が代わりにやっといてくれ」

「嫌だよ。なんで僕がやらないといけないのさ」


ふん、とそっぽを向いたシリルに、ロランはポケットから銅貨を1枚引っ張り出して放り投げる。

上手い事それを受け止めたシリルは途端に満面の笑みを浮かべた。


「店番くらい任せてよ!おばさんには、上手く誤摩化しておいてあげる!」


銅貨を見て、にやけるシリルに、現金な奴、と思いながら、ロランは朝の霧に包まれた街へと繰り出した。

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