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紅の鳩  作者: りきやん
第一章
19/77

18

「うぁー…」


思わず出た、と言ったような呻き声に、ロランは一瞥を送っただけで何も言わない。

シリルは額に手を当てると、がっくりと肩を落とした。


「もうっ!どうして、銅貨じゃ買えないような値段をつけるかな」


唇を尖らせながら、シリルは雑貨屋の入り口横にあるガラス張りの飾り窓に向かって文句を垂れる。

どうにもならないことに対して、ぶつくさと文句を言うシリルに、ロランはため息をついた。

雑貨屋に行きたい、と言い出したシリルの目的を察した故に出たものだった。


シリルの目線の先にあるのは、銀で出来た立派なシガレットケースだった。

細やかな細工が為されたそれは、どう贔屓目に見ても、シリルが気軽に買えるような値段ではない。

ましてや、シガレットケースなど、まだ子供である彼が使うはずもないのだ。

そうなると、シリルの近くに居る煙草を吸う人間へのプレゼント、ということになるのだろう。

そのような人間を、ロランは1人しか知らなかった。

けれども、名前を口に出せば、意地っ張りな少年は頑なに否定をするだろう。


「ねぇー、ロラン」


ロランは気づかないふりをして、平然と答える。


「なんだよ」

「お金ってどうやったら貯まるの?」

「そりゃ、毎日のおやつを我慢するしかないな」


ロランはシガレットケースの値段を確認する。

とてもではないが、毎日我慢したとしても、手の届くような代物ではない。

同時に、アンセルムであれば、はした金で買えるような値段であることにも気付き、ロランの胸中は複雑だった。


「一ヶ月我慢したら、これ買える?」

「…無理だな」


計算が出来ないであろうシリルに、ロランは心苦しく思いながらも正直に答える。

嘘をつくことも出来たが、変に期待を持たせることも可哀想だった。

シリルは探るようにロランを見つめるが、前言が撤回されないことを悟り、諦めたように肩を落とした。


「だよねぇ」


項垂れたまま、雑貨屋に背を向けて歩き出す。

ロランはその小さな背を追った。


「アンに買ってもらったらどうだ?お前が頼めば、二つ返事だろ」

「それじゃ、意味ないの!自分で買わないとダメなんだもん」

「どうして」

「そりゃ、僕が親方に…あ」


口を滑らせた本人にとっては、大変不本意な発言だったようだが、そのおかげでロランは推測を確信に変える。

やはり、親方にあげるつもりだったのだ。

シリルはあからさまに、しまった、という顔をして、下唇を噛んだ。


「…誰にも言っちゃダメだからね」

「わかってるよ。言わねぇから、安心しろって」

「絶対の、絶対にだよ!」

「はいはい」

「はい、は1回!」


ロランの返事にシリルは不服そうに眉を顰め、道端に転がっていた石を蹴飛ばしてからそっぽを向いた。

あまり褒められた態度ではないが、大いに落胆しているであろう少年にロランは少なからず同情する。

恩人に、とびきりの贈り物をしたい、という気持ちは分からないでもない。


「おい、シリル」

「なーに」

「別に、シガレットケースじゃなくても良いんじゃないか?」


シリルは胡乱気に振り返る。


「じゃ、何をあげれば良いのさ」

「お菓子とか?」

「ロラン、センス無い。親方がお菓子で喜ぶと思うの?」

「喜ぶだろ」


大柄な親方は、シリルを目に入れても痛くないくらいに可愛がっている。

例え、プレゼントがその辺の石ころだったとしても、シリルから貰ったものであれば喜ぶに違いない。

それは、自分がフランシーヌに何かものを貰う時の気持ちを考えれば、容易に想像できる内容だった。

大切な人間からの贈り物というのは、どんなものでも嬉しいものだ。


「こういうのは、気持ちだと思うけどな」


言い聞かせるようにロランがそう言うが、シリルは首を横に振った。


「親方はね、大人なんだよ。お菓子みたいな、子供の食べ物で喜ばないよ」

「お前があげたものなら、何でも喜ぶだろ」

「そうだとしても、親方が好きなものあげたい」


至極尤もな反論に、ロランは口を閉ざす。

気持ちは立派だが、如何せん、あのような高級な細工を施されたシガレットケースなど高嶺の花も良いところだ。


「それなら、銀じゃなくても良いだろ。紙で出来たやつなら、お前でも買えるんじゃねぇの?」

「やだ!僕は、ずっと持っててくれるものをあげたいんだ」

「金がないなら、他のものを考えるしかないだろ」


相手を思うが故の言動も、行き過ぎれば我儘でしかない。

ロランが諌めると、シリルは不満そうに頬を膨らませた。


「どうしてもあのシガレットケースがいい」

「お前な、金も無いのに無理言うな」


ロランはため息をつきながら、シリルの頭をくしゃりと撫でる。


「ほら、今日は付き合ってやるから、いろいろ回ってみようぜ。シガレットケースより良いものがあるかもしれないだろ?」


大人しく頭を撫でられていたシリルは、上目遣いにロランを見上げてから、こくりと頷いた。


「とりあえず、市場に行ってみようか」

「親方が喜んでくれるもの、見つかるかな?」

「2人で探せばきっと、見つかるさ」


ほら、とロランが手を差し出せば、シリルは一瞬迷うような素振りを見せたものの、大人しく自分の手をそれに重ねた。


「ありがと、ロラン」


珍しくはにかんだ笑顔を浮かべたシリルに、ロランは普段もこれくらい素直だと可愛いのにな、と内心で苦笑する。

繋いだ手を引いて、ロランは市場へと向かった。

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