17
ロランは周囲の話し声に聞き耳を立て、一体どういった状況なのかを整理した。
得られた解答としては、『紅の鳩』なるグループが、騎士団によって一斉逮捕されたらしいことだった。
新聞などの文面によって、反王政を主張していた穏健派グループだったそうだが、見せしめの意味合いでこの度の事件に発展したらしい。
恐ろしい話だな、とロランは端的な感想を持つ。
ロランにとって、そのような話は全く以って他人事であり、自分には関係の無い、遠いところの話しだった。
例え、その逮捕劇が目の前で繰り広げられているとしても、実感が湧くことは無い。
「ったく、シリルの阿呆はどこ行ったんだ」
そう悪態をついてみても、この雑踏の中では本人に届くはずもない。
無闇に動きまわるのも面倒だと考え、ロランはシリルが戻ってくるのを待つことにした。
その間に、周囲から入ってくる情報量がどんどんと増えていく。
どうやら、グループのリーダーは逃がしてしまったらしく、手配書が出されるようだ。
きっと、明日になれば、町のそこかしこにポスターが貼られるに違いない。
そして、今回逮捕された人間の中に女がいた、という話が人々の好奇心を擽っているらしい。
教養のある女性というのは、それだけで貴族だと言っているようなものだ。
反王政を掲げるグループに、どこかの貴族のご息女がいたとなっては、大騒ぎにもなるだろう。
ロランの周囲でも、皆がその女性の正体について囁き合っていたが、図体がでかくてとても女には見えなかった、と言う者もいれば、天使かと見まごう美しい華奢な女性だった、と言う者もおり、真実は定かではない。
「オレさ、鳩新聞読んだことあるけど、そこまで過激じゃぁなかったぜ?」
ロランの目の前にいた3人組の男の中、くすんだ金色の髪の男が、声高にそう告げる。
新聞の文字が読める、ということはそれなりに教養のある人物なのだろう。
けれども、その態度の端々から下品さが滲み出ているせいで、どうにも庶民的に見えてしまう。
得意げに笑みを浮かべてはいるものの、話している内容は大したことはなかった。
「王様をぶっ殺せ、なんて言葉はどこにも見当たらなかったしな」
「馬鹿、お前。そんなこと書いたら、一発で首が飛ぶだろうよ」
「文字通り、死刑台の上でばっさりとね」
残りの2人が、にやにやと笑みを浮かべながら軽口を叩く。
王様、と言えばフランシーヌの父親に当たる人間だ。
例え、冗談でもそのような人物が軽んじられる発言は、ロランには不愉快だった。
「でも、姫様といとこの結婚に関しては、反対してたみたいだぜ」
「へぇ。それで、今回の逮捕劇に繋がったわけ?」
「さぁね。ま、オレは結婚には賛成だけどな」
ロランは、くすんだ金髪の男の言葉に、奥歯を噛み締める。
「だいたい、女に国を任せようなんて、無茶な話なんだよ。オーギュスト様と結婚して、あの人が政治を動かした方が良いんじゃねぇの?」
「だよなぁ。血筋を第一にするからって、女でも王位や爵位が継げるのが、そもそも意味わかんねぇんだよ」
拳を握ったせいで、手の平に爪が食い込む。
フランシーヌが賢いことも、十分に判断力があることも、そうなるために、血の滲むような努力をしていることも、ロランは知っていた。
格好がつかないが、彼女に勝てるものは何一つ無いことも自覚しているのだ。
けれども、それが嫌だと思ったことはないし、ロランは素直にフランシーヌのそのような部分を尊敬していた。
それを、何も知らない男が批評し、嘲笑っているのが許せない。
ただ、女だというだけで見下していることに、よっぽどお前よりフランシーヌの方が素晴らしい人間だ、と殴りかかりたい衝動をロランは抑えるのに必死だった。
「ロラン!」
呼ばれて、ロランの意識がそちらに向く。
人の波の間から、よろめきつつ登場したシリルにロランは内心ほっとした。
このまま、意識が逸れなければ、本当に暴力沙汰に発展させていたかもしれない。
シリルはロランの様子には全く気づかず、しわくちゃになった服を不機嫌そうに伸ばしていた。
「お前な、勝手にうろちょろするなよ。はぐれても知らねぇからな」
「その時は、ロランがはぐれたと思っておくよ」
「口の減らないガキだな」
ロランは、シリルの頬を軽く摘む。
やられた当人は、やめてよ、と滑舌悪く発音した後、ロランの手を払った。
「そんなことよりさ、リーダーがまだ逮捕されてないって聞いた?」
「あぁ、知ってる」
「じゃぁ、女の人が逮捕されたってことは?」
「それも知ってる」
「…リーダーが貴族の息子だってことは?」
「初耳だ」
シリルは目を輝かすと、仕入れてきた情報を得意気に披露する。
「あのね、リーダーはエリク・シャルダンって言って、シャルダン公爵の一人息子なんだって」
「ふーん」
興味が無いとばかりに、適当な相槌を打ったロランにシリルは頬を膨らませる。
ちゃんと聞け、とばかりに、シリルはロランの服の裾を掴んだ。
「でね、その人、しばらく行方不明だったんだって。それが、こんなところでリーダーやってるんだから、シャルダン公爵の爵位が剥奪されるかもって」
「そりゃまぁ、大変だな」
「しかもね、シャルダン公爵は、騎士団長の叔父さんらしいよ」
「ま、俺たちには関係無い話だな」
ロランは肩を竦めてそう締め括ると、今度こそはぐれないように、シリルの手を取り握る。
シリルは驚いたように目を丸くしたが、その手を握り返すと、嬉しそうに笑った。
「ね、ロラン。早く雑貨屋さんに行こうよ!」
「あのな、お前が勝手にどっか行ったせいで時間食ったんだぞ?」
「ほーらー!早く!」
ぐいぐいと手を引っ張り、先導するシリルにロランは苦笑を零す。
「おい、わかったから、引っ張るなって」
「ロラン、歩くの遅いんだもん。なんで、そんなにだらしない歩き方なの?」
「そこまで、だらしなくないだろ?普通だっての」
「まぁ、だらしなさのナンバーワンはアンだよね」
「言えてる」
ひとしきり大声で2人は笑う。
そして、人混みを掻き分けている途中、ロランは半分だけ振り返る。
『紅の鳩』
リーダーが貴族の息子だろうと、教養ある女が逮捕されようと、ロランにとっては遠い場所での出来事でしかない。
そのような名前のグループがどうなろうと、自分たちの生活に支障は出ないし、何も変わりはしない。
そう、結局、自分たちには何の関係もないのだ。
ロランは正面に視線を戻すと、それ以上は振り返ることもなく、その場を後にした。