最期の日
シャンメル暦 1660年
木々の葉は醜い茶色へと姿を変え、所在無さ気に、やせ細った枝の手元で寂しげに揺れている。
辛うじてぶら下がっている葉もあるが、大抵は、一枚、また一枚と止める間も無く地面へと落ちていく。
空はより一層遠のき、雲の流れは速く、その場に留まる事を知らない。
冷たい風が吹き付け、冬の到来を感じさせる、そんな日だった。
「さようなら」
罵声を浴びせる民衆の前、刃物が煌めく処刑台の上で、フランシーヌは不敵な笑みを浮かべて吐き捨てるように告げた。
ロランは眉を顰めたことでそれに答え、手に持った剣を握り直す。
じっとりと汗ばんだその手には、小さな震えが走っていた。
「お前のこと、信じてたのに」
「御愁傷様。私の事を勝手に信じたあなたが悪いわ」
殺せ、殺せ、と喚く民衆たちの怒りの声。
その怒号は雷鳴のごとく、広場に響き渡る。
けれども、ロランにとっては、轟音の中でフランシーヌの声を聞き取ることなど容易いことだった。
幼い頃から耳にしていた声音は、馴染むように身体に染み入る。
そしてそれは、フランシーヌにとっても同様であった。
「本当にさよならだ」
ロランは剣の柄を握る手に力を込める。
フランシーヌをこの手で葬ることになるなど、一体誰が想像しただろうか。
遠い昔のように思えるが、たった数年前の彼女と過ごした幸せな日々が走馬灯のように頭を過る。
難しい事は何も無かった。
ただ、お互いに好きだった。
お互いに愛していた。
それだけだった。
ロランは小さく頭を振ると、過去の思い出と、溢れ出す感情の全てを内に押し込めフランシーヌを睨む。
今、目の前にいる女は手を下すべき相手だ。
優しいフランシーヌはもういない。
いるのは、冷酷無慈悲な女王だけ。
ロランは目を瞑ると、長い息を吐く。
一拍の空白を置いてから、剣を持つ手を振り上げた。
白刃が乾いた太陽の光を受けて、鈍色に煌めく。
死が訪れるその直前、響きわたっていた怒号が嘘のように掻き消え、水を打ったように静まった。
誰もがその刃が振り下ろされることを期待し、死刑台の上の英雄を見つめる。
ロランは、今こそ、その期待に答えなければならなかった。
冷静さを見失わないよう、深く息を吸う。
逃げることなど許されない。
今日、この瞬間を迎えるために犠牲になった人々のためにも、成し遂げなければならない。
ロランは掲げた剣を、迷う事無く剣を振り下ろす。
悪帝に掛ける最期の言葉など無かった。
「ロラン、大好きよ」
フランシーヌの口から、ふいに零れ落ちた言葉に、ロランは瞠目する。
けれども、振り下ろした手を止めることはできない。
血濡れの女王と呼ばれた彼女の顔に浮かぶのは、冷笑でも無表情でも無ければ、今にも泣き出しそうな優しい笑顔。
「フラン…?」
息をすることも忘れて、ロランはフランシーヌを見つめる。
鈍い音がした。
手に残る感触が身体を震わせ、跳ね飛んだ血飛沫がロランの頬を濡らす。
切り落とされた首は、すでに物言わぬ躯と化していた。
この先、フランシーヌが悪事を働くことはないだろう。
民衆を圧政で苦しめることも、無闇に命を奪うこともない。
革命は新しい時代を呼び、この国から王族を追放したのだ。
ロランの手から剣が滑り落ち、大きな音を立てる。
それと同時に、空をも破くような歓声が湧きあがった。