プロローグ 私と友人とトラックと
ずっと思ってた。
ある日突然、魔法少女になったり
世界の英雄になったり
足元からコンクリートの地面が崩れて異世界に来てしまったり
漫画の世界に飛び込んだり
アニメの主人公が目の前に現れたり
幽霊が見えるようになったり
幼いころから、そんな主人公やヒロインみたいな日が私にも来たらいいなって
たまに思ってた。
この世界はどうも生きづらくて
自分はどうしようもなく楽をしたい性分で
やりたい事だけやれる世界はどんなものかと
誰かが世界を壊してくれないかと
自我が芽生えて、社会のしがらみが増えてからというもの他人任せな考えが頭をよぎる
まれに思ってた。
私がきらいな人は死んでしまったらいい
私に不利益な人はしんだらいい
私自身、死ねばいいなって
人生で数回どうしようもない壁にぶつかった時、全部壊れろって。
でも世界ってそう簡単に自分の都合のいいように変わらないのが難しいところ、テレビに出てくるヒーローやドラマのヒロインのようにある日突然…ってことにならないのが現実
だから私は考えることにした。
ある日突然がだめなら
―やがてその日は…に、変えたらどうだろう?
思えば小説の中の主人公や英雄たちはでかい事件を目の前につつ、かつどんな逆境も乗り越えて見せるスーパーハイスペックの持ち主ばかりだ。それはもともとの天賦の才能だったり脂質だったりするけど、中には自身の境遇や努力といった経験値で乗り越えるパターンも数多く存在する。そもそも奴らは自分の事を普通と言いつつ普通じゃない。
ならば、と思い立ったら自分の行動は早かった。
今までいつも通りのことをして「その日」は来なかった、だから空想の主人公をベースに今までと違うことをしてみようと思った。
小説の中の主人公ってものはここぞって時に必ず度胸があるもの、だから私は絶叫マシーンの常連になった。某富士山が見える遊園地の年間パスポートを購入し、週休二日の内一日を潰して通った、結果ふわっとしたあの気持ち悪い感覚にも慣れたし乗り物酔いはしなくなったなと自分でもわかる体の変化が見えた。
小説の中の主人公ほど化け物や怪物に出会っても驚くほどの包容力で友達になるもの、だから私は見た目の耐性を付けるため怖めやグロめの漫画やアニメ、映画を死ぬほどみた。結果オタク度が上がった。これじゃあ趣味の幅を広げてるだけに過ぎないと途中気づいた私は知識を増やし見聞を広める方向に走り、耐性を付けるためならとあらゆる武器や宗教やオカルトスポット、兎に角「やばい」と付くものを巡り調べ知識をつけた。結果、人間本当にやばいと語彙力がなくなることが分かった。マジでやばい。
小説の中の主人公は頭の回転が速かったり奇策を思いついたりするもの、だから私は趣味レーションゲームや頭脳ゲームで脳を鍛え戦争論や軍事戦略を勉強した。結果頭が痛くなった、あきらめたら試合終了ですよの声が頭を過ったけど、心が折れてる者からしたら早くブザービーター鳴らしてくれとしか言いようがない。あれはやる気がまだ残ってる人向けの言葉だ。
とまあ、こんな調子でアルバイトのシフトをこなしつつ自分なりに思う普通じゃない生活が普通に感じられるほど馴染んできた私に、ついに転機が訪れた。
待ちに待ったというべきか、見る人が見れば不幸だったというべきか、待望のそれはとてもありきたりで心の準備なんてさせてくれないシチュエーションだった。
その日は春というには暖かく、夏というには少し寒い、そんな四季を有する日本独自の天候で空には雨雲が覆っていた。勤め先の飲食店は共同経営してるビルの地下にあり私は外の天気など気にも止めていなかったのが悪かった、勤務時間が終わるころには地下までするほど雨の匂いが漂っていた。
「じゃあね、林ちゃんサトちゃん。外雨降ってるらしいから気をつけて帰りなよ」
「げ、ほんとですか宮崎店長。いらない忘れ物の傘まだ余ってますかね」
「今日夜雨だって予報で言ってたよー。林、天気予報ちゃんと見なよ。」
「うるさいよ、佐藤は先帰ってて彼氏待ってるでしょ。私も駅につくまでには多分追いついてるから。」
「えー大丈夫だよ待ってる。」
「いいって傘とってくるだけだし、か弱い佐藤の帰りが遅くなったら私に苦情がとんでくるんだから逆に先に帰って」
「林ちゃんも傘とったら早く帰るんだよ女性なんだから夜は気を付けて」
「はーい宮崎店長お疲れ様です。佐藤もとりあえずバイバイ、また駅で」
半ば強制的に佐藤を置いてビルの裏口から地下の店内へと自分一人逆戻りする。
彼氏に溺愛されてる彼女はいつも彼氏と駅で待ち合わせていて、その彼氏と私も顔見知りなため最寄りも一緒な三人は佐藤とシフトがかぶる日はいつも一緒に帰ってる。なまじ顔見知りなため佐藤の帰りが遅かったり、元気がなかったらすぐ同じバイト先の私に連絡が来るからスマホを開くたび愛されてるんだなって思ってる半面、いい加減にしてくれって笑顔で思う事毎回のごとし。
地下の階段を下り薄暗い店内に必要最低限のスイッチを押して明かりを灯す。
いらない傘があるのはお客様用玄関の方にあるフロントの奥の倉庫だ。地下ゆえにどの時間でも真っ暗な店内は入った当初はお化け屋敷に近いものを感じていて一人では中々居られなかったが、四年も働く今となっては慣れたもの。ましてや最近に関してはもっと酷いものを見聞きしてしまったため、そっち系に関しては妙に体制がついてしまった。
(まだ24なんだけどな…、もうこんな女には一生彼氏なんてきっと夢物語……)
手つきは慣れたものでフロントの奥にある倉庫の重い扉を全身を使って開け、中の電気をつける。空気の流れが変わった倉庫内には雑多に置かれた段ボールの数々や小物の多くから埃っぽい空気が舞い上がったがお目当ての物はすぐそこにあったため、空気に咳込むことは無く電気を消し扉を閉めた。そのまま店内の残ってる電気をすべて消し、四年ともなればベテラン扱いとされ持たされたカードキーで店舗を施錠しビルを出た。
慣れたとはいえ、いかにもな雰囲気の夜の店舗は無意識でも緊張してしまう。傘を開けば先ほどより少し雨足が強くなった空がこちらを見下ろしていた。
(……これは早く帰らなきゃだわ。)
滑りやすくなってる足元に注意して少し早歩きでコンクリートの街中を歩いた。雨で視界が悪いけど車のヘッドライトが雨を照らす瞬間が何気に好きだったりするから、雨の音にかき消されるのを良い事に、小さく歌を口ずさんだ。
「林ー!」
もう少しで駅に着く、というところで横断歩道の向こう側からさっきビルの裏手口で別れた佐藤が手を振っていた。気持ちよく歌っていた意識を戻し、視線を佐藤に向けその奥に佐藤の彼氏と駅が見えるのを見て思わず頬が緩む。先に帰ってても良かったのに。
正直に言ったら私の同期の佐藤愛利は男に好かれて女に嫌われるタイプの女の子。体の線は細く顔はかわいい系、我儘で少し強引なところが男性受けする、いわゆる女性目線で言う最後に美味しいところを全部持っていくタイプで、私も最初は苦手だった。一方は私は佐藤と真反対のタイプで人に媚びを売るなんて無縁の全部自分でやろうとする佐藤の苦手なタイプ。案の定、勤務先で浮いてた佐藤に話しかけても塩対応だったけど、私の少しおかしな価値観を一番に受け入れてくれたのは、経緯は省くけど佐藤だった。懐いた人に対しては天真爛漫で、言葉はきつくとも態度は甘ちゃん、今だって彼氏と合流したんだから帰ればいいのにこうやって私を律儀に待ってくれてる。
そんな佐藤だから私は一緒につるむのをやめない。言われない誹謗中傷を浴びるときもあるけど、自分の友達は自分で選びたい。
そんな佐藤だから私も甘やかしてしまう。元々の佐藤の甘えたな性格もあるけど気が付いたら甘やかしてるんだから仕方ない。
そんな佐藤だからこそ許してしまう。元々合わない性格なんだからイラッて来ることはしょっちゅうあるけど結局は許しちゃう、だって佐藤だし。もちろん注意もするし怒りもする。
そんな佐藤だからこそ私は突き飛ばした。だから言ったじゃん、もっとちゃんと周りを見なさいって。
「佐藤ッ!!!」
信号は青、駅にいる彼氏を置いて傘を差した佐藤は私の方に向かって走ってくる。彼氏と私、気づいたのは同時、でも移動してる佐藤に近かったのは私。
視界の悪い雨の中、町の街灯の他にトラックのヘッドライトが佐藤を照らしていた、それは徐々に佐藤に近づいていて私たちより一拍遅く異変に気づいた佐藤はライトを突然向けられた猫のようにその場に固まってしまった。
彼氏と私とトラック、先に佐藤にたどり着いたのは私で全身の力を振り絞って佐藤を突き飛ばした。
平均体重の私より10キロ以上軽い佐藤の体は男勝りな私にとって軽くはないけど、突き飛ばすには問題なかったが、少し足りない。
突き飛ばして私の手から離れた佐藤を見れば、私の力の足りなさを補うように彼氏によって強く引き寄せられていた。
「愛利ッ!!」
景色がスローモーションで流れていく、実際は一分一秒流れてる時は変わらないのに、これがスポーツで言うゾーンに入るってやつなのか。バイト先でもコップ落として割ったときよくこんな感覚だったなぁ…なんて下らない事が頭を過る。
肉が固いものに当たる鈍い音と体の右側に感じるしびれと共に視界はまるでゲームを終わる画面のようにプツリと暗転した。
こうして私の24年という短い人生は主人公にもヒロインにも成り切れず、あっけなく終焉を迎えた。
もっとも、人間一人の命を救ったという点では英雄なのかもしれないが死んでしまっては死人に口なし、夢がかなった喜びの言葉さえも言えない、意味のない結果で終わってしまった。
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初投稿で、初作品です。
なので、雑で浅い内容ですが生暖かく見守ってください。
誤字脱字などの修正はちょこちょこやっていくつもりです。
加筆修正などもやっていけたらいいなと思っております。
よろしくお願いいたします。