表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第4話

朝倉茉優はごくごく一般的な女子中学生である

これはそんな彼女が体験しつつも記憶から忘れ去ってしまったある事件である



■日常の中のとある事件



再度繰り返すが朝倉茉優はごくごく一般的な女子中学生である

それはつまり呪文を唱えたら素敵な魔法が使えたり、指先で印を切れば忍法が使えたり、榊を振って祝詞を唱えたら八百万の神の神がその身に憑依するわけでも

口の悪い言葉を話す古臭い剣を所有しているわけでもない

自分にしか見えない妖精の友達がいるわけでも、ぬいぐるみのような異世界のマスコットが家にいるわけでも、機械に擬態した合体する地球外生命体と心を通わせているわけでもない

そんな非日常とは無縁の生活を送っている普通の中学生だ

そんな彼女がほんの小さな好奇心から日常を踏み外したのはある出来事だった


「あれ?今何か言った?」


体育の授業が終わり更衣室へと戻る道すがら朝倉茉優は一緒に歩いていた親友の和田奈津美に尋ねた

聞かれた和田奈津美はキョトンとした顔を朝倉茉優に向ける


「へ?今日の日替わりランチのこと?」

「いや、そうじゃなくてその後何か変な声で」

「いんや、言ってないけど。どうしたの?もしかして幻聴でも聞いた?」

「…何かバカにしてない?」


言う二人の後ろで疲れ切った声で電波な会話を繰り広げる二人組がいた


「ちょっと…さっきの精霊獣エレメンタリィービースト一歩手前じゃなかった!?」

「あぁ、確かに…どうも最近霊脈が安定してないのかな?ことあるごとにガス漏れ寸前じゃない」

「おかげで呪力も安定しないから魔法がいまいち発動しにくいのよね」

「忘却は効いてるから問題ないんだけど…極東支部は調査進んでるのこれ?」

「うーん、師匠も今別件で手が回せないって言ってたけど」


小声で話すのは鴇沢樟葉と初芽有紀だ

二人は魔法使いなのだが、朝倉茉優はそのようなことは知らない

なので小声が聞こえたとしても電波な会話をしてるか、漫画か何かの話でもしてるとしか思わない

いつもは深く考えないはずだったが、何故かその時はその会話が気になってしまった


その日は一日中頭からその会話が離れなかった。授業中も休み時間も昼休みも

詳しい内容まではわからない、一体どんな話だったかもわからない、ただあるキーワードが引っかかっていた


(なんだろう?一体どうして気になるんだろう?)


すっきりしないまま朝倉茉優は帰宅の途へとついた

しかし、その帰り道異変は起きた


いつものコンビニ前の交差点を通り過ぎた辺りでそれは起きた

そう、はっきりと聞こえたのだ


「こっちにおいでよ」


それはまるで背筋が凍るような声だった

凍りついた湖畔の底から響いてくるかのような寒々しさ、死へと誘う気味の悪い声

思わず振り向いたその時、朝倉茉優の目の前に巨大なトラックが突っ込んできた

運転席のドライバーは居眠りをしているのかハンドルにぐったりと顔を押し付けている

どう考えてもドライバーが気づいたところで回避は不可能だろう

朝倉茉優は動くこともできずにただ迫りくる死を待つしかなかった

そんな時だった


「危ない!!」


聞いたことのある声だった

それがクラスメイトの鴇沢樟葉のものだと認識する前に朝倉茉優は体をドンと何者かに突き飛ばされた

そのままガードレールに体をぶつけた朝倉茉優は激痛にのた打ち回ったがすぐに先ほどまで自分が立っていた場所を見る

すると不思議なことに突っ込んできていた巨大なトラックが交差点の中央で何事もなかったかのように停車しており、運転席のドライバーがビックリした顔で辺りを窺っていた


「朝倉さん大丈夫?」


自分の顔を覗き込む鴇沢樟葉を見て朝倉茉優はそのまま気絶してしまった


次に朝倉茉優が目を覚ました時、そこはすでに自宅の自分の部屋であった

部屋から出て居間でテレビを見ていた母親に話を聞くとどうやら鴇沢樟葉と初芽有紀が家まで運んでくれたようだ

事故に合いかけて気を失ったので家まで運んできたと聞いたようなので両親はかなり心配したようなのだが

その割には目覚めた時には誰も自分の部屋にいなかったわけで、そのあたりをどう捉えるかはあまり考えたくはなかった


ともあれ、その日は何事もなく終わったかのように思えたのだが……

そうも簡単に問屋は卸してはくれなかったようだ


朝倉茉優がふいに目を覚ましたのは夜も更けた真夜中の午前三時だった

別段何か物音がしたとかはなかったのだが目が覚めてしまった

どうにも寝付けないので台所まで行って冷蔵庫からお茶を取り出す

コップ一杯に注ぎ込んで一気に飲み干す、そしてそこで異変に気付いた

別段、この時間に目覚めることはたまにあることで気はしない

アニメ好きの兄貴がテレビの音量を下げないで深夜アニメを見ているときは、部屋に漏れてくる音で目が覚めることもあったし

朝刊を配達する新聞屋のバイクの音や、清掃車の通過する音で目覚めることはよくあった

だからこそ異様で仕方ないのだ、何も音がしないのが


(いくら深夜の三時だからて何でこんなに?)


少し不安になって窓のカーテンから外を覗いてみる

幼いころは暗いのが怖くて、こうして外の車のライトや遠くのビルや信号の光を見て落ち着いたものだが


「灯りが……どこも灯ってない?」


カーテンから覗いた外の世界は真っ暗に沈んでいた

車も何も通っておらずビルも光っておらず、信号機も暗闇に沈んでいる

まるで自分が今いる台所だけが光を放っているようだった


「何よ…これ?」


そしてふいに意識してしまった。背後に誰かの気配を感じることに

今までは気にしなかったのに、一度感じてしまうと、もうどうしようもないほどにその気配は膨らんでいく

朝倉茉優はその場から動くことも振り返ることもできなかった

恐怖で体が動かない

額を冷や汗が伝う

ゆっくりと、背後で膨れ上がった気配は朝倉茉優を包み込んでいく

得体のしれない寒気が体中を蝕んでいく、そして昼間事故に合いそうになった時に聞こえた声が響いた


「捕まえた」


恐怖で声が出なかった

ガクンと腰が砕けてその場にしゃがみ込んでしまう

すると、ぐにゃりと床が歪んだ

そしてフローリングは泥沼へと様変わりし、体が泥沼へと沈んでいく

そこで金縛りが解けたかのように朝倉茉優は必死になって手足をバタつかせるが、彼女の必死さとは裏腹に体はドンドン泥沼へと沈んでいく

ついには水面から顔を出すのみとなった朝倉茉優はそこで初めて背後にいたものの正体を見る

それは人とも動物とも判別のつかぬ、肉がただれ、内臓が腐り落ちた骨を抜き出しにする何かだった

この世の物とは思えない、それは泥沼から無数の腐敗した手を出して朝倉茉優の顔へと触れる

それらの手が朝倉茉優を泥沼の中へと押し込んでいく

そして完全に沈みきってしまいそうなその時

眩しいくらいの光が部屋全体を照らし出した

気づくと泥沼はなくなっており、普通のフローリングへと戻っている

何がどうなっているのかわからない朝倉茉優は周囲をキョロキョロと見回す

そして気づく、舞い散る無数の白い羽根

目の前に翼を纏った一人の少女がいた

その少女は朝倉茉優もよく知る人物、クラスメイトの少女だ


「大丈夫、もう安心だよ。あの屍食鬼を倒せば忘却の効果でこのことはすべて忘れる。すぐに平穏に帰れるからね」


言う少女の横にもう一人少女がいた。同じくクラスメイトの少女だ


「さて、じゃあ さっさと片付けるよ」


そんな二人のクラスメイトを近くで見守る者がいた

大学生だろうか?男の人であったが、腕組みをして様子を窺っている

そんな男の人へ翼を纏ったクラスメイトの少女は声をかける


「じゃあ師匠ちゃんと見ててね!あたしの雄姿を!」


言ってクラスメイトの少女、鴇沢樟葉は翼を広げて飛翔する

そしてその手に槍を構える、そして詠唱を開始した


「癒しを行う輝ける者、生命の木の守護者にして愛の天使たるラファエルよ!力天使デュナメイスの長たるその力を!黙示録にて神の御前に立つ七大天使の一角たるその力を!神の薬たる治療の術を我に貸し与えたまえ!!」


樟葉の詠唱に呼応して背後のシジル(印形)から莫大な呪力が左右に噴出する

それは神秘な輝きを放つ翼をより一層神々しく輝かせた

それは神の薬たるラファエルの癒しの翼。トビト書に代表されるものだと朝倉茉優にはわからなかっただろう

鴇沢樟葉はラファエルの癒しの翼の呪力を高めると構えた槍を横へと薙ぎ払い

強力な癒しの呪力の風を巻き起こす

それは部屋中に吹きすさんで屍食鬼の姿を消し去ったのであった


「すごい……」


思わず言葉が出た朝倉茉優はそこで突然の眠気に襲われた

急激に意識が遠のいていく中で朝倉茉優が最後に見たのは

クラスメイトの二人の少女と大学生らしき男の人が父親が趣味で集めており

最近、新たに骨董屋で仕入れたという古い壺を手に取って何やら話しているところだった

古代中国の蠱道による感染呪術の遺産だの、呪力力場への干渉だのといった単語が聞こえたが意味は理解できなかった

やがて重くなった瞼が視界を閉ざした時、朝倉茉優の意識は途絶えた


翌朝、朝倉茉優は気分よく目覚めた

着替えを済ませ、朝食をとるため台所へ行くと父親がひどく落ち込んで肩を落としていた

何でも最近新たに骨董屋で仕入れた古代中国王朝のものである壺が床に落ちて粉々に割れていたとか

そのことに対して何か心当たりがあるよう気もするしないような気もする

何かがあったはずだが思い出せない……まぁ思い出せないなら対したことではないだろう

これを機会に父親のガラクタ集めが収まってくれればよいのだが……


学校へと登校して教室に入った朝倉茉優が真っ先に挨拶に向かったのは親友の和田奈津美ではなく鴇沢樟葉に初芽有紀、橘吾妻のもとだった

たまたまその日の気分でそうしたのか、彼女自身にもわからない

なんだが、そうしたい気分になったのだ

不思議なことに深層心理というか、心のどこかできっとそうしなければならない何かがあったんだろう

だから朝倉茉優は元気よく声をかけたのだ「おはよう!」と

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ