第1話
世界中で銃声が響いていた
いつからこうなったのか?どうしてこうなったのか?
それを考えるのは一国民である自分のすべきことではないだろう
それでも思う…大切な人がいなくなり、また旅立っていく現実を見るたびに
そんなことを考えるのはお門違いだろうか?
ただただ臣民は陛下のため、現人神たる陛下のために働く
それだけでいいのだろうか?
出口は見えない…いや、それは嘘だ
何がと言われれば答えられない
それを言えば憲兵に連れて行かれる
それでも自分は知っている…「嘘」を
国営放送が…大本営が連日の大勝利と報ずるものはすべて嘘だとわかってしまっている
だから赤紙が家に届いたとき、兄の体にしがみついて泣いた
「いかないで」と
母は言う「お国のために働くのは立派な栄誉だ」と
嘘だ……父の遺留品を兵士が届けに来てから母は常に遠くを見ている
学徒勤労動員によって軍需工場で働く時間が増え、母を一人にする時間が増えた
心配だ
■まだ見ぬ騒乱への担い手
いつからだろう?この力が使えるようになったのは
宿曜道
密教占星術とも、宿曜占星術とも言われるこの秘法
もとは宿曜道の経典である宿曜経を三九秘宿という独特の技法を用いて広めたのが始まりである
宿曜道はインド占星術や道教、陰陽五行が融合した習合占術である
しかししのぎを削り合い、競い合っていた陰陽道が宿曜道の技法を取り入れだしてからは衰えだし
貴族世界の衰退、貴族の没落や宿曜道拠点の寺院消失により歴史の表舞台からは姿を消した
そんなかつての占いを自分が使えるのにはわけがあった
瀬戸内海に浮かぶ小さな島に建つ某所
呉との橋渡し的な位置にあるため、軍艦の調整や資材置き場の意味合いを持つここに
帝国軍人が極秘で訪れる寺院があった
その寺院の一室に大日本帝国海軍の軍人が数人、目を閉じて正座している
帝国海軍航空隊の一隊を指揮する隊長と艦艇の艦長、新たに徴兵でやってきた水兵数名
彼らはただただ無言で目を閉じ、言葉を待つ
彼らの前には一人の僧侶が黙して同じく座っている
彼の背後の壁には掛け軸がかけてあり、掛け軸にはある絵が描かれている
星曼荼羅だ
北斗七星に北極星の化身たる妙見菩薩を中心に描かれたその絵に背を向ける僧侶と掛け軸との間にもう一人、座している人物がいた
もんぺに防空頭巾という、まさについさっきまで防空訓練を受けてましたと言わんばかりの格好をしているのは背の低い少女
幼い外見ゆえに実年齢である十六歳よりも下に見られることが多い
安芸ひろこ、対岸の本土の学校に通う女学生だ
彼女は宿曜師としての力をかわれ、こうして定期的にこの島の寺院を訪れている
寺院を訪れる際は軍需工場への奉公は免除され、軍人自ら出迎えに訪れるわけだが
彼女はあまり好ましく思っていない
廃れてしまったとはいえ宿曜道は未来を占う秘術だ
軍人から占いを頼まれるたびに嫌でも見えてしまう…見てしまうのだ
この国の未来を……
待ち受けている結果を
でも、それは口にしない、彼らに伝えるのは目先の戦果と敵の動きだけだ
「おん そちりしゅた そわか」
安芸ひろこは掛け軸と向かい合う形で座していたが妙見菩薩の真言を唱えると立ち上がる
それに呼応するかのように掛け軸に描かれている星曼荼羅の中心、妙見菩薩が淡く光を放つ
安芸ひろこはその光に触れて未来を読み取る
寺院から軍人たちが去っていった
それを見て安芸ひろこは複雑な心境となった
彼らのうちの一人は出港すればもう二度と生きて日本の土を踏むことはない
それを思うと胸が締め付けられる
自分は一体あと何回こんな思いをしなければならないのだろうか?
大日本帝国は今や靖国神社に代表するように戦死した兵隊を軍神として祀る神道宗主教国家だ
天皇も現神として崇め、戦果も神風を期待する
ならばこういった占いも神道系の巫女術師が行なうべきだろう
しかしそこは日本国内でも勢力分布が分かれるようで、帝国海軍と帝国陸軍とで利権争いというものがある
よって神道、密教、陰陽道、修験道、新宗教を互いに取り合っている状態なのだ
連合国と戦争し、劣勢に立たされているにも関わらず一つにまとまれないのにはこういった事情も少なからず関わっているようだが
(私には関係ない)
そう思っていつも帰宅する
結果がわかってしまっている戦争に、どうして本腰を入れられよう
それは神道系や陰陽道、修験道の占い師も気付いているはずだ
表社会の暴走と戦火が原因とはいえ、AMM総本部と断絶した極東支部にも言える
負けるとわかっていて人を戦地に送り続けるのは愚弄だ
ただし、安芸ひろこはまだ十六歳だ
まだ強力な秘術を行使できる段階ではない
故に、この先戦争に負けるとはわかっていても、具体的にどう負けるかまでは見えていなかった
ただ漠然と多くの人が皇居前で地面に膝をつき頭を下げ涙ながらに敗北を謝罪する姿とラジオ放送を聴いている姿が見えるだけだ
具体的に何が起こって負けたのかまではわからない
皇居前に集まっているということは本土上陸を許し、占領されての降伏ではないということだけわかるわけだが
「兄さんはどうなるんだろう」
帰る道すがら思う
その答えは怖くて見れない、もしも父と同じように遠い異国の海で死ぬと見えてしまったら……
その時、島の寺院から対岸の本土の自宅まで自分を護送する役割を与えられていた少年兵が突然大量の血を吐いてその場に倒れた
驚いた安芸ひろこはそこで気がつく
目の前にスーツ姿の女が立っていることに
ブロンドヘアーに蒼い目、白い肌。どう見ても西洋人だ
同盟国であるドイツやイタリアならわからないでもないが
今の戦時下で国内で欧州人を見るのは珍しい。というか異常だ
驚く安芸ひろこに対し女性は端整な日本語で話しかける
「心配しないで、私は米英の潜入工作員ではないわ。大東亜戦争には一切関係ない、信じてちょうだい」
言って女性は懐から一枚の皮羊紙を取り出し安芸ひろこに差し出す
「私はあなたと同じ異能を扱う側の人間よ。魔術結社ティマイオスという組織に属しているわ」
安芸ひろこは差し出された皮羊紙を受け取る、そこには異国の文字が記されているが何のこっちゃさっぱりわからん
「私に何の用?」
「うーん、内容はそこに書いてあるのだけど読めないか…噛み砕いて言うならあなたを招待しにきたってところかな?」
「招待?どこに?」
「私の属する結社ティマイオスによ」
言って女は安芸ひろこの目の前に立つ
安芸が何か言う前に彼女をそっと抱きしめる
「ここにいてはあなたは米国が生み出した科学の新たな脅威に晒されてしまう、私とともに行きましょう」
「科学の…新たな脅威?」
「あら?そこまでは見えていないのね」
女は妖艶な笑みを浮かべると安芸の耳元でそっと囁く
「新型爆弾よ。数ヶ月後にはあなたの町に一発落とされて広島は灰と化すわ」
女の言葉を聞いて思考が止まった
新型爆弾?広島が灰と化す?一体どういう…
そこで安芸の意識は途絶えた
ぐったりとした安芸を抱き上げて女は不気味に笑う
「心配しないで、私達は表社会の戦争には関係ない…皆あなたを快く受け入れてくれるわ。ようこそティマイオスへ、鍵を繋ぐ者よ」
死んでいる少年兵が発見され、安芸ひろこの消息は誰にも掴めなくなってしまった
それから数ヵ月後、女の言葉通り広島に原爆が投下された
まもなく大本営はポツダム宣言を受諾し降伏することとなる