9 暗黒神と、生贄と その2
取った宿は、荒民街の近くにある、とても高級とは言えない宿だ。古くオンボロな外見が、味があると言えば味がある。
一応、清潔な宿を選んではいる。
ヒイやフウにとっては、これでも相当いい宿らしい。
国を失ったダークエルフが、宿に泊まろうと思えば、荒民街の木賃宿しか選択肢がないという。金を積んでも、よほど亜人に理解のある主人がいる宿でないと、無理だという。
それはオーガやリザードマンも、同様だそうだ。
変身の印を与えたのは、正解だったかな。
今回、ヒイたちに変身してもらいながら、荒民街近くの宿に泊まったのは、それなりの理由がある。
見慣れないよそ者が、幼児を連れて荒民街近くをうろちょろする。連れは若い女性が2人だけ。
生贄を探している連中にとっては、それなりに魅力的に映る筈だ。
要は俺を餌にした囮作戦だ。
ヒイやフウ目当ての人攫いも引っ掛かってしまう気もするが、狙いも違うので区別は出来るだろう。
という事で、この宿を拠点に周囲を歩き回る。
ちなみにクラキというのは、前の世界の俺の名字だ。暗黒神にぴったりな音なので、そのまま使っている。もちろん暗木とかいう漢字ではない。そんな名字嫌すぎる。
「いってらっしゃ〜い」
元気な声を張り上げて見送る宿の女中の頭上には、薄い青の丸が浮かんでいた。
道行く人たちの頭上には、白い丸がある。
スオナーデにきて気付いたのだが、ヒイたち以外の人間の頭上には、濃さは違えど赤や青、又は白い丸が表示されている。
もちろん、見えているのは俺だけだ。
おそらくは色で俺に対する好意や敵意を表しているのだろう。
青が好意で赤が敵意、白は無関心だろう。色の濃さは、感情の強さを表しているんだと思う。
実に便利で、かつ今回の件で役に立つ機能だ。
今も、荒民街の近くを散策しながら、周囲の人間を確認している。
たいがいが白で、何人か薄い青や赤が見える程度だ。
おそらくはヒイとフウに対する反応だろう。
もっと目立たない外見にした方が良かったかな〜と思わないでもないが、俺のモチベーション維持の為に、あまり凡庸な外見は許せなかったのだ。
特に胸とか。
いや、微乳も嫌いじゃないぞ。
なぜかここにいないユキに、頭の中で謝る。
神殿で必要な物を揃えながら、2日ほど街をぶらついていたら、待ちかねた反応が現れた。
周囲を濃い赤の表示の男たちが取り囲んでいる。
「引っ掛かったぞ」
俺と手を繋いで歩いている、ヒイとフウに伝える。
「遠巻きにして襲ってくる気配はない」
おそらくは宿を確認しようとしているのだろう。
身なりがそれなりに良く、中には神官がいたりするので、まず間違いなく暗黒神への牲狙いだろう。
ヒイが俺を抱き上げた。
「いかがなさいます?」
耳元で囁いた。
うむ。くすぐったくてゾクゾクするぞ。
「手筈通り拐われよう。ヒイとフウは巻き添えを食わないように、気をつけろよ」