17 諸君、暗黒神(わたし)は風呂が好きだ
水は十分に確保できて、畑も切り開きつつある。森の中での狩りについても目処がついた。
住居は、もう少し時間はかかるがどうにかなるだろう。
「となると、くつろぎが欲しくなるなぁ」
神殿の俺の居室で、呟いた。
「くつろぎ、ですか?」
俺の前で控えているフウが、確認するように繰り返す。
ヒイとフウは、俺の巫女として他の住人たちの橋渡しをしてくれている。
今日はヒイが、みんなの元を回っているはずだ。
ピアとミリは、侍女として。ユキは護衛として、俺の側に常に控えてくれている。
最初は彼女たちはずっと立っていたのだが、俺が落ち着かないので、ちゃんと座ってもらっている。
なので客観的にみると、幼児と美女のお茶会のようになってしまっている。
「みんなは、お風呂に入る習慣はないの?」
「お風呂というと、お湯で身体を洗うという事ですか?」
フウが首を傾げた。
ああ、その言い方でわかります。風呂は一般的慣習じゃないんだね。
「もう少し、海沿いの地方では、そういった習慣があると聞く。自然にお湯が湧いているって」
ユキが貴重な情報を教えてくれた。
それにしても、ユキも他の連中も最初のうちは敬語を使っていたけど、俺が気にしないとわかったら、あっという間に普通の喋り方になったな。
気楽だからいいんだけど。
いまだに敬語を使おうとするのは、ヒイとフウ、それにスシャルくらいだ。その3人にも、出来るだけフランクに、と繰り返し言っている。
いや、もう2人いたな。
生き残りのダークエルフを探しているミイとヨウだ。
ときおり念話で報告を受けているが、めちゃめちゃ固いんだよなぁ。
まあこの2人に関しては、おいおい教育するという事で。
なにはともあれ風呂である。
生活の術がある程度ついたなら、次に揃えるべきはトイレと風呂である。となろう小説の主人公たちも言っている。
そして俺も風呂は大好きだ。なによりヒイたちと混浴がしたい!
風呂の重要性を、わかっていただけただろうか?
大浴場を!!一心不乱の大浴場を!!
俺は右拳を振り上げ天を仰いだ。
「クラキ様?」
フウが、そっと俺の名を呼ぶ。
「あ、ああ。水を温める魔道具ってあるかな?」
我に返って、慌てて質問でごまかす。急に椅子から立ち上がって、天を仰ぐ幼児。うん。アブナイ奴だよね。
魔道具についてという事で、早速ノーフェスたちの天幕、別名ハーレム小屋へ行ってみる。
「ノーフェス。いるか?」
大きな天幕の外でフウが声をかける。
まさか、昼間から大運動会を開いているとは思えないが、世の中には防音の魔道具だってある。
天幕を開けてみたら肌色の乱舞、というのはチト頂けない。
まあそれは杞憂だったようだ。
すぐに天幕が開いて、黒髪のスレンダーな女性が顔を出した。
「これはクラキ様。わざわざこのような所に」
跪こうとする女性を止めて、ノーフェスを呼んでもらう。
「なにか御用ですか?」
相変わらず奇矯な格好でノーフェスがやってきた。
立ち話もなんだという事で、天幕の中で話す事にする。
天幕の中はむせ返るような女性の香りで、一杯だ。
8人も若い女性がいるからね。
馥郁たる、と言いたいところだが、少々臭い。もちろん口に出さないが。
みかけが幼児なので幼児らしく「くっさ〜い!」とか叫んで、女性たちのへこむところを見てみたい木もするが。
妙な性癖の扉を開けてもしょうがないので、我慢する。
ただ女性たちは、赤面しながら天幕の出入口をあけて、風通しを良くしている。
どうしたのかと振り返ってみると、ピアとミリが顔をしかめていた。
本当に幼児だから、しょうがないね。
しかし、これで風呂の重要性は裏付けられたと言えるだろう。
水で身体を拭くだけじゃ、やはり清潔さを保つのにも限度があるのだ。
「お湯を沸かす魔道具、ですか」
「沸騰させる必要はない」
50度以下のお湯を、と言おうと思って言葉に詰まる。
この世界、温度計ってあったかな?
「身体を入れても問題ないくらいの温かさでいい。ただし、量はたくさん必要だ」
かくして大浴場建造プロジェクトは、始まった。