10 暗黒神と、生贄と その3
(ウィスパーボイスで)
はい。
今、私たちは宿でタヌキ寝入りをしているところです。
私を拉致しやすいように、ヒイやフウと違うベッドに寝ているのが、悲しいですね。
昨日までは、豊かな胸にかき抱かれて寝て
いたのに、エラい違いです。
お〜〜っと、部屋の外側に人の気配がしたと思ったら、眠りの雲が使われたようです。
もちろん3人ともレジスト成功ですが、深い眠りに落ちたかのような演技を続けます。
なんという事でしょう!部屋の入口のロックが開錠されました。
これは魔法ではなく、シーフの技能ですね。
なかなかいい仕事しています。音もなく開けました。
部屋の中に、3人入ってきました。
うち、2人はヒイとフウの確認をしています。
どうするのか。まさか匂いを嗅ぐのか?!
嗅ぎません。
どうやら侵入者は真面目なようです。
起きないかの警戒だけをしているようです。
そして、残る1人が私を抱き上げた!
ゴツい男性の手です。
うれしくない!
男はそのまま私の身体を皮の袋に入れました。
どうやら、遮音と麻痺の機能を付与しているようです。
麻痺には余裕でレジストしました。
最後まで、ヒイとフウに危害を加えないか緊張してましたが、そのまま撤収するようです。
寿命がちょっと伸びましたね。おめでとう。
宿の人間に手引きした者がいるかもしれないと思いましたが、杞憂だったようです。
誰も起こさないように、慎重に撤収していきます。
とりあえず、この連中のアジトに着くまで寝ていたいと思います。
それでは皆さん、おやすみなさい。
どうもこの身体に転生してから、神経が図太くなった気がする。
誘拐される時に、我ながら昭和なノリの実況をつけたり(念話で聞いていたヒイたちには、かなり意味不明だったらしい)、その後本当に寝てしまったり。
以前の俺なら、思いついてもやらなかったような事だ。
やはり、異世界に来たという非現実感や、神様になってしまったという訳の分からなさで、感覚が麻痺しているのだろう。
眠りから覚めた俺は、目の前のカオスっぷりにそんな事をぼんやり考えていた。
泣き叫ぶ幼児たち。
簡単に周囲の状況を説明すると、そんな感じになる。
今いる場所は、10メートル四方くらいの倉庫風の部屋だ。天井近くに小さな明かり取りの窓がある。部屋には遮音の効果を付与してあるようだ。
そして部屋の中央には、俺たちが入れられた檻がある。3メートル四方の檻に、俺も含めて幼児が7人いる。うち3人が獣人だ。
泣き叫ぶ俺たちを見下ろしているのが、見るからに邪悪です、と言わんばかりの彫像だ。
耳まで裂けた口に長い牙、見開かれた三眼。背中には蝙蝠のような羽根があり、長い爪を備えた四肢を持つ。
まさに、ザ・邪悪と言った感じだ。オリジナリティーは欠片もないけど。
「これ、もしかすると暗黒神のつもりなんだろーなー」
ボソッと呟いた。
こんな存在だと信じられていると思うと、泣きたくなってくる。
「え?あ、あんこくしん〜?」
俺の呟きを耳にして、更に派手に泣き出したのは獣人の幼児たちだ。
自分のことで泣かれると、余計にへこむので、やめて下さい。
檻の片隅にオマルのような便器があるだけ、という劣悪な環境で、正直幼児たちも汚い。
洗浄と消毒を使い、キレイにした。
念のため小紋章は隠して使用している。大きさは自由自在なので、小さくして掌の中で展開したのだ。
「みんな、泣かないで。お腹すいてない?」
「お腹すいた〜」
「ペコペコ〜」
食事の跡もないので、聞いてみたら案の定、拐われてから飲まず食わずらしい。
虚空間収納庫には、神殿に持ち帰る為に買った食糧が入れてあるが、この子たちに今与えると消化不良を起こしそうだ。
仕方なく木製のコップのみを取り出し、そこにミルクを召喚した。
幼児たちは、小さな両手でコップを必死に掴み、口の回りに白いヒゲをつけながら、ミルクを飲み干す。
うんうん。かわいいぞ。
特に犬と猫の獣人は、しっぽや耳をピクピクと動かし、実にかわいい。
「お腹一杯になったら、寝たら?」
声に魔力をのせて言う。
だがこれは、余計なことだったらしい。俺が小細工するまでもなく、食欲を満たされた幼児たちは、睡魔に捕らえられていく。
とりあえずの準備は完了した。
あとは不心得者たちを待つだけだ。