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うさぎとかめ

作者: ゆいと

ゆるふわ設定です。

ご了承ください。

 




 兎塚美静は俗に言うお嬢様だ。

 父が若かりし時に企業し、母は秘書として公私ともに父を支えてきた。その会社が軌道に乗り今や知らぬ者はいない程の大企業である。

 美静は兄二人と姉二人がいる末っ子な為か、はたまたお人形のような可愛らしい容姿の為か、幼い頃から甘やかされてしまいがちではあった。

 兄弟とばかり遊ばせるのを危惧した母が美静と同い年の子供を集めて遊ばせた中、親しくなったのが亀石剛兵という少年。

 美静は物事を考え自分の考えをはっきりと言うリーダー的なタイプ。剛兵はあまり自分からは話さずにこにこと人の話を聞いているようなおっとりしたタイプ。全く違うような二人だが、美静がついて来いと言えば剛兵は至極嬉しそうについて回っていた。


 美静はもうじき六歳になる。

 剛兵は美静の部屋で一緒におやつを食べていた。


「こうへい、わたしもうすぐ六歳になるわ! 」


 質の良いソファに座りながら美静は胸を張った。

 剛兵はにこにこ笑って美静の近くにお菓子を寄せている。


「そうだねぇ。おめでとうみーちゃん」


 お菓子を食べずにココアを飲む剛兵を見て美静はため息をついた。


「また私がこうへいよりひとつお姉さんになるわね。お姉さんはこうへいが心配だわ」


 手を頬に当て悩む姿は母の真似なのか、いまいちしっくりきていないが剛兵は気にせず、なにが? とキョトンとしている。


「こうへいってボーっとしてるでしょ? 小学校に入ったらいじめられるんじゃないかしら」


 それに動きもトロいし、などと失礼な事を言いながら美静はクッキーを食べる。

 剛兵は大丈夫じゃないかなぁと言いながら食べこぼしのあるテーブルを拭いていた。

 美静は閃いたように立ち上がった。


「わかった! こうへい、私と結婚しようか! 」


「ええぇ? なんで? 」


 台布巾を持ったまま剛兵は美静を見上げる。美静はこれ以上ない妙案とばかりに頷いてみせた。


「結婚しとけば、苗字が一緒になってみんなこうへいと私が仲良しなのわかるし! ママみたいに、隣でサポート? してあげる! 」


 こうへいなら特別にいいわよ! そう言って笑う美静に、じゃあそうしようかなぁと言って剛兵はウエットティッシュを差し出した。





 そんな過去など美静にとってはあって無いようなものである。

 高校入学を控えた春休み。

 父の会社の子会社にあたる亀石製造の長男である剛兵は、美静にとっては友達と言うよりは良い弟分であった。

 だと言うのに、剛兵は海外で学びたいことがあるとかで留学し、挙句美静の事を心配だとのたまう。

 美静は言いたいこともはっきり言えない、パッとしない剛兵に心配される覚えなどなかった。阿吽の呼吸の如く美静の世話を焼く人間が居なくなれば不便は不便だが、成績優秀ではっきりと物事を言う美静がいなければ困るのは剛兵のはずだ。

 だから美静は剛兵を正面に見据えてはっきりと言った。


「剛兵、あなた何か勘違いしてない? 私はあなたがいないくらいで落ちぶれる女じゃないわ! むしろ、あなたの方が大丈夫じゃないんじゃないの? あなたが次に帰ってきても、平々凡々な男じゃ私に会うことも出来なくなる可能性もあるんだから、精進しなさいよ! 」


「そうだね。頑張るね」


 剛兵はいつもと変わらぬ笑顔であっさりと日本を立っていった。



 美静は高校、大学時代に定期的に剛兵と連絡を取りつつも、人脈を広げ自分の夢のために爆進していた。

 兄や姉は父の会社の手伝いをする為に日々努めている。

 美静は父のように一から企業し、大きくした上で父の会社の力になりたいと思っていた。

 美静は自分は優秀な部類に入ることや、大学時代に出会った優秀な友人たちと力を合わせれば、起業しても必ず上手くいくと信じている。

 大学卒業を控えて今まで練りに練った計画を具体的に剛兵にパソコン越しに言って見せれば、剛兵は意外にも難しい顔をした。


「……美静ちゃん、せっかく人脈があるんだし、大学の友達意外にも誘ってみたらいいんじゃないかな。相談出来るような、キャリアのある人とか」


 今まで美静の言うことには真っ向から否定などしなかった剛兵からの意見に美静は苛立ちを覚え、パソコンに向かって吠えた。


「剛兵の癖に意見しないで! 貴方、留学して何年帰国していないと思ってるの? 剛兵がノロノロと勉強に明け暮れてる間に、私は成功する! 黙って見てなさい! 」


「……美静ちゃん、無理はしないようにね」


 なおも美静を心配する剛兵の様子に美静は耐えきれずパソコンの通信を絶った。

 美静とてリスクを理解しない訳ではない。

 だからこそ大学時代の数年をかけて、友好関係とは別に、必要な適した人材を選別したつもりだ。

 一足飛びには上手くいくことはなくとも、徐々に軌道にさえ乗れば良い。始まりは苦しいのは百も承知。しかし始めなければ何も成せないのだ。

 美静は自分の中で改めて考えつつもやはり企業することは間違いではないと思った。






 人生とは、こういうものなのか。


 美静は一人暗くなった部屋に備え付けているデスクチェアに座り両肘をつけながらため息を飲み込んだ。


 大学卒業後、予定通り企業した。

 今のご時世若者の企業など珍しくもない。

 そして社会の壁にぶつかり、立ちいかなくなる事もよくある事だった。

 美静の会社は企業として決して悪い訳ではなかっただろう。

 しかしながら、良家の子息子女らが親の名を着ずに立ち回れるほど世間は温くはなかった。

 美静は自分の立場を自覚していた。親が裕福だからと、傘に着たことなどないつもりである。

 現実として言える事は、自惚れていたという事だろう。

 美静だけではなく、会社を立ち上げた仲間たちも。

 始めは赤字経営である事も覚悟の上であった。

 企業して五年、負債は増える一方で、遂には見兼ねた父より辞めろと一言言われる始末。

 会社を解体することはもう決まってしまった。

 数少ない社員たちには人脈を頼りに頭を下げて回り、次の勤め先も斡旋している。

 このとあるビルに借りていた会社用の部屋も、近々片付けねばならない。

 明日以降の予定が決まってないのは社長の美静だけであった。

 二十代も後半になり自分は今まで何をしていたのか。美静は悔しい気持ちにかられ、だんだんと虚しくなってくる。

 決して泣いたりなどしない。

 美静は社員たちの頑張りに答えられなかったという経営者としての自責の念がある。

 後悔はあれど泣いて良いわけがないと思っているのに、美静の頭にちらつくのは自分を甘やかしていた幼馴染の顔。

 企業の話でもめた後、剛兵から連絡はあったが美静は意図的に無視していた。

 電話やメールが頻繁にかつ定期的に来ていたのが、ここ二、三年連絡の間が空いている事も美静は把握しているのに、自分から連絡が取れない。

 あんな啖呵を切っておいて、かっこ悪い。そんなプライドが美静の動きを縛っている。


「こうへいのくせに」


 美静から小さく力なく呟かれた言葉に返事は返ってこない。

 幼い頃から美静が剛兵を引っ張ってきたつもりだったのに、美静が剛兵を必要としている。

 今更連絡をしてなんと言えば良いかもわからない。

 けれど美静は剛兵に無性に会いたかった。


 厚顔無恥にもそんな事は言えないと美静は自分の腕時計が十九時を指しているのを見て、椅子から立ち上がった。

 明日からはまた一から、いやマイナスからのスタートだと思って気持ちを切り替えねば。

 美静が戸締りを済ませビルから出ると、駅へ向かう美静の背中に声がかけられる。


 ナンパかと胡乱気に振り返れば、美静が会いたかった剛兵がそこにいた。

 驚く美静に剛兵は頭を下げた。


「美静ちゃ、いや、美静さん。この間は、傷つけてしまい申し訳ありませんでした」


「……この間とか、そういうレベルじゃないと思うんだけど」


 かろうじて反応したものの美静は状況について行けていない。

「そうだよね、ごめんね」

 そう言って眉を八の字にする表情からは美静に対する申し訳なさしか見てとれない。

 変わらない幼馴染に対してどんな顔をして良いのかわからない美静は、苦虫を噛み潰したような表情でとりあえず場所を変える事を提案した。


 二人が来たのは個室の居酒屋だ。

 カップルに見られたのか狭いソファ席を勧められたが美静は断った。

 テーブルを挟んでとりあえず適当に美静が頼み、剛兵の話を促す。


「まず、全然帰って来れなくてごめんね」


 しゅんとして謝る剛兵に対し、美静は何でもないかのように相槌を打った。


「別に。私は大丈夫だったけど。剛兵は海外で大丈夫だったの? 」


 ビールが運ばれて剛兵が当たり前のように美静におしぼりを差し出す。

 美静は受け取ったおしぼりで手を拭き、目の前に置かれたビールに口をつけた。

 剛兵は手を拭き、運ばれるおつまみを取り皿に取り分けながら話し出した。

 海外での生活は公私ともに大変だった事。日本以外での社会の場を見て刺激を受けた事。海外で学んだことを地元で活かしたいと思い留学を延期したが、思っていた以上にのめり込んでしまい気づいた頃には数年経過していたこと。とんぼ返りでなんとか高校を卒業し、海外で学ぶうちに向こうに就職を勧められて迷ったこと。

 美静はなんとなく聴いている振りをしながらまたしても自分を責めていた。

 剛兵がノロノロとしているなんて事は全くなかった。

 美静だけが自分が優位だと勘違いして結果を急ぎすぎたのだ。

 そんな心中は美静は顔には出さないが、剛兵は違和感を感じつつ続ける。


「でもやっぱり、一番辛いのは美静ちゃんに会えないことだったよ」


 照れ笑いをしながら告げる剛兵に美静の頬は赤くなった。

 剛兵はいつも美静に対して好意を隠さないから、久しぶりに受けるストレートな言葉に誤解してしまいそうになる。

 美静も剛兵ももう三十に近い。それなのに美静は、美静が幼い頃に一方的にした約束が継続しているような気持ちになってしまう。

 あんな拙い約束、あってないようなものだと美静は自分に言い聞かせた。


「海外が長いせいか、発言が大胆ね」


 剛兵と目を合わせず手元のサラダを箸で掴む。

 剛兵の視線は美静からは離れない。


「美静ちゃん、いや、美静さんに、大事な話があるんだ」


 改まった呼び方や話に真面目に聞くべきだと判断した美静は箸を置いて剛兵と向き合う。

 もしかしてと美静の心に頭をもたげるのは恋愛的な期待だが、こんな居酒屋で言うだろうか。

 剛兵は一度咳払いをしてから話した。



「私の会社に、入ってくれませんか」



 言われた美静はまたしても驚きに固まる。

 そんな美静を捉えつつも剛兵はゆっくりと続けた。


「来年からぼく、いや私は、父の会社である亀石製造の支店に配属されることが決まっています。将来全社を担うために、管理職に就くことも決まっています。その私の秘書として、ないしは同僚やサポートといった形で、あなたをスカウトしたいのです」


 剛兵は幼い時から会社を継ぐために努力していたことを美静は知っている。

 剛兵は着実に目標へと進んでいた。


「美静さんが、会社を興し担っているのに、無茶を言っているのは承知の上でお願いしたいのです」


 剛兵は美静の会社がどうなったのかは知らないようだった。

 美静にとってそれが良いことなのか悪いことなのかはわからないが、両手を膝につけ頭を下げている剛兵に疑問しか湧かない。


「どうして、わたし……? 」


 美静にはもはや剛兵が自分の庇護など無くても大丈夫な事は分かっていた。

 なのに何故、こんな美静を必要としているのかが不思議だった。


「美静さん自身が能力のある人だということももちろんある。だけどこれは、僕の我儘でもあるんだ」


 顔を上げた剛兵は薄っすらと目元を赤くして柔らかな表情になる。


「将来の奥さんに、公私共に支えていって欲しいんだ」


 剛兵の言葉に美静は無意識に言葉を返す。


「将来の、奥さん……? 」


 美静の言葉に今度は剛兵がキョトンとしている。


「美静ちゃんが言ったんじゃない。結婚してくれるって」


 剛兵は自分の発言に些かの疑問も抱いていないようだった。

 美静は思わず笑いだしてしまう。

 自分が今まで悩んでたいた事はなんだったのだろう。

 自然と美静の目からは涙も出てきたので、剛兵は慌てて美静の隣にくるとハンカチを差し出す。


「剛兵、私ね、お父さんみたいになりたかったの」


 ハンカチを受け取り涙を拭きながら出てくるのは美静の素直な気持ち。

 剛兵は隣でうん、知ってるよと頷いた。


「でも私ね、なれなかった。たぶん、自惚れていたのね。私なら、やれる。どうにかなるって」


 美静が剛兵を見れば、心配そうに、かつ真剣に聞いている。

 どうして、剛兵よりも自分が何でもできると思い込んでいたのか、今の美静には理解できない。

 美静は剛兵の手を握った。


「今度は私、剛兵の夢を応援したい。支えていきたい」


 美静の手を剛兵が両手で包み込む。


「スカウトのお話もプロポーズも、謹んでお受けいたします」


 美静が言い終わる前に剛兵は美静を抱きしめていた。

 美静に肩にあたる剛兵の顔は見えないが、泣いているのがわかった。

 仕方ないなぁと呟きつつ美静の目元からも新たな涙が溢れる。

 これからは二人で一緒に、足を揃えて行く。


 父のようにはなれない美静ではあったが、きっと母のように大切な人の支えになるに違いない。


 めでたしめでたし。






かめつよい。

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