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面倒くさい少女たち  作者: 深井陽介
第1話 君が笑顔になれるまで
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1-1 あなただけの


 突然だけど、神の存在というのを信じるだろうか。

 ちなみにわたしは、信じるどころか確信している。神はきっといる。

「これやっぱ神ゲームだわぁ」

 カーテンを閉め切った狭い部屋の中で、わたしはひとり、うずくまって毛布に(くる)まりながら、手元のアクションゲームをプレイしていた。やけにリアルな人工音が静かに響く。

 ピコピコ、バシュッ、ピコピコ、ピピッ

 分厚いカーテンは外の光を完全に遮っている。いちおう天井に蛍光灯はあるけれど、今は床に下ろした机用のライトスタンドが唯一の光源となって、わたしの手元を煌々と照らしている。

 いま、この家にはわたししかいない。というかここは、“家”と“部屋”の区別がつけられない。1LDのアパートだからね。時間は……もう分からないや。外の光が差し込まないから、もう時間の感覚はすっ飛んでしまっている。眠くなった時に寝るし、お腹がすいた時に食べる、そんなことの繰り返しだ。

 とはいえ、もう空腹もひどくなってきたけど……とりあえず現在のターンを終わらせて、セーブモードにしてから食べようと決めている。

 音量を半分以下に抑えていても、勝負が決まった瞬間には大爆音。この手のゲームのお約束。

 バァァァン!!

「よっし、ファイトマネーげっとぉ! さーてなんか腹にためるかぁ」

 セーブモードにして小型ゲーム機を放り出し、毛布を払って、冷蔵庫のある隣の部屋に向かう。いや、二つしかない部屋を仕切っている(ふすま)は普段から開きっぱなしだから、もはやひとつの部屋と扱っていいような気もするが。

 ガチャ。冷蔵庫の扉を開ける。中にあったのは、いつ誰にもらったかも覚えていない『あたりめ』の袋と、最後に取り出したのがいつだったか覚えていない『のど飴』の袋、だけ。

「そういえば、コイ○ヤのポテチ、きのう食べつくしたんだっけ……忘れてたな」

 グゥ~~~ッ。

 盛大に腹の虫が鳴りやがった。タイムアップを告げられたような気分だ。

 重力にあらがえず、わたしは床に膝をつき、その場にうずくまった。ちょっと思ったより下がりすぎて、おでこまで床についちゃったけど。

「買い物に出かける力もない……やべぇな、わたし、ここで死ぬかも」

 うあー、せめて未トライ中の『ペルソニータ戦記』をプレイしてから死にたかったんだけどな。心残りを放置して死ぬのは嫌だ。でも……気分的に外に出るのも嫌だ。

「はあぁぁぁ……」

 遠からず訪れそうな自分の悲惨な最期を想像して、無気力ゆえに振り払うことも出来ない。どうやらわたしは、これから死ぬまでため息を吐くしかないようだ。

 なんて考えていた時、何の天恵か、わたしの部屋の呼び鈴が鳴った。一瞬、死の際に(ひん)して体に変調が起き、腹の虫が鈴虫に変わったかと思ったけど、さすがにそんなアホな空想を振り払うだけの力は残っていたらしい。

 誰が来たのか知らないが、わたしは普段からドアに鍵をかけているから、わたしが起き上がらない限り、外の人は用事を済ませられない。正直、もう立ち上がる気力まではなかったから、わたしは四つん這いのままで玄関に向かった。そしてドアに辿り着くと、郵便受けの出っ張りに手をかけながらドアノブに手を伸ばし、鍵を開けてドアノブを回した。

 すると、わたしが開けるまでもなく、ドアは外に勝手に開いた。いや違う、勝手に開けられた。

「あぁ、よかった。まだ生きていたんだね」

 外の光に慣れていないせいで、わたしは目がくらみそうだ。

 薄く開かれた視界にぼんやりと映るのは、風になびいている長い髪と、なで肩と、蛇腹のスカート。逆光のなか、わたしに向かって手を差し伸べてきたその人は……。

「…………神様?」

「あんたのクラスの委員長様だよ、バカ」

 なんということだ。あまりに時間の感覚がすっ飛んでいて、自分が女子高生ということも忘れるところだった。


 わたし、久野(ひさの)舞子(まいこ)は、現役の女子高生でありながら、二か月近く引きこもり生活を続けている。すでに夏休みも終わっていて、二学期が始まっているというのに、授業にも出ずに自室にこもってゲーム三昧の日々を送っている。つまりは不登校状態というわけだ。

 高校が実家からかなり離れているということもあり、入学後は一人でアパート暮らしをしている。もっとも生活力に関してはまるで自信がない。だって普段の食事もコンビニの惣菜がメインで、今のところ自炊する気はさらさらない。さすがに虫がわくのは嫌だからゴミ捨てくらいは行くけど、それ以外で外に出ることは滅多にないし、一人暮らしをいいことに家事もテキトーを極めている。

 そして、夏休みに入る少し前に、わたしはある理由から不登校になり、それからずっと、コンビニの行き来とゴミ捨て以外で、一切外出は無くなった。引きこもりが悪化して光に弱くなり、普段からカーテンを閉め切って天井灯もつけないでいる。外の光を浴びるなんてもってのほかだ。今やわたしの生活は、寝るか食べるかゲームするか、この三つをランダムに繰り返しているだけになっている。

「ダメすぎるでしょ、それは」

 ダメ出しされても文句言えないってことは分かっている。

 いきなりわたしの家に上がりこんできた(人聞き悪いな、呼び鈴鳴らしただろby→)クラス委員長の藤川(ふじかわ)(つむぎ)は、折り畳み式テーブルの上にビニール袋を置くと、すぐさまそう言った。いつも無表情だけど、今は顔全体で『呆』の感情をさらけ出していた。整った顔立ちと、フレームの細い眼鏡、真顔でなければ割と美人の部類に入る人だ。

「割と気楽で、わたしは気に入ってるけどな」

「ダメよ、せめて軽くでも運動しなさい。栄養を()るだけとって、エネルギーや筋肉に変えられないと、体も免疫力も弱くなるわよ。いざ病気になったら簡単に治らなくなる」

「いやー、今さら体動かそうとしても遅い気はするけど」

「ふざけんな」藤川さんはピシャリと言い放った。「せめて体操くらいしなさい。激しい運動でなくていいから。このままだと久野さん、寝たきり老人と同じ扱いをされる」

「老人って……せめて未成年レベルで扱ってほしい」

 藤川さんの容赦ない物言いに、わたしはがっくりと項垂れる。

「それと」

 藤川さんの目が、ライトスタンド近くに放り出されたゲーム機に向かう。

「ゲームをするにも注意が必要ね」

「へいへい、どーせお堅い委員長様は、ゲームばっかしてるとバカになるって言いたいんでしょ」

「そんな言いぐさをしている時点で手遅れだから」

 遠まわしに言いぐさがバカっぽいと言われた……んもう、突っ込む気力もないけどね。

「……んで? 用件はなによ」

「きっとろくなものを食べていないだろうと思って、気の利いた食事を持ってきた」

「まじでぇっ!?」

 その言葉を聞いてもう、一気に元気が戻ったよ。

「いやー、本当に気が利くねぇ、さすがは我がクラスの委員長様だ、うんうん」

 バシバシバシバシ

「痛いから、背中叩くな」

「おー、これは申し訳ない。で、どんな料理を持ってきたでござるか」

「サンドイッチだよ。レタス、キュウリ、トマト、シーチキン(※登録商標)、スライスしたベーコンとサーモン、あと卵のサラダ。いろいろ適当に挟んでみた」

 わたしのござる発言は華麗に無視された。まあ、勢いで言っただけだから、突っ込まれなくてむしろありがたかったけどね。

 藤川さんはビニール袋の中から、深さのあるタッパーを取り出し、ふたを開けた。ああ、色とりどりのサンドイッチが、こんなに、たくさん……。

「どうした、引きこもり」

 あからさまに美味しそうなサンドイッチたちを目の当たりにして、輝きに耐え切れず天を仰いでしまったわたしに、藤川さんはまた容赦ない物言いで訊いてきた。

「いやもう、コンビニ族には眩しすぎて……」

「食べられないなら持って帰るけど」

「とんでもない! お腹がすきすぎて、さっき眺めていたところに召されそうだったんだよ!」

「天国が見えるのか、すごいな」

 いやあ、そんな訳の分からんことで褒められても……なんてものすごくどうでもいい。今のわたしは狩人。手に入れた獲物は断じて逃すまい! わたしはサンドイッチたちに食いついた。

 ガツガツガツガツ

「ふー、食った食った」

「一分もしないうちに平らげたよ、この人……」

 それだけお腹がすいていたということだ。飢えた獣に近づくと危ない、その理由がこれなんだよ。

「久々にまともなご飯が食べられたよ。ありがとね、委員長さん」

「どういたしまして。満足されたなら何より」

「んもう、クラスメイトなんだから、そんなかしこまらなくてもいいのに」

「ろくに授業にも出ない生徒を相手にかしこまるわけないでしょ。これが素の口調よ」

「いや、かしこまってない口調の方が多かったけど……」

 まあいいや。空腹で困っていたところを助けてくれた人に、不要な文句は言うまい。それより、引きこもりゆえに気になっていることがあるのだが。

「というか委員長さんは大丈夫? いま何時だっけ」

「この部屋に時計はないの?」

「最初からないよ。スマホだけで事足りるし」

「だったら自分のスマホで確認すればいいじゃない」

「いやあ、そうしたいのは山々ですけど……」

 食べて体力と気力が復活したわたしは、ようやく自力で立ち上がり、机の上に放置していた自分のスマホを手に取った。画面の真ん中に大きな穴とヒビがあるけど、間違いなく自分のスマホだ。

「壊れちゃって、中身が見れないんだ」

「壊れたっていうより、壊したって感じだけど……今は夕方の四時をちょっと回ったところよ」

「夕方かぁ、どうりでお腹すくわけだ。あれ、もう授業は終わってるの?」

 不登校&引きこもりのわたしと違い、藤川さんは普通に学校にかよっている。

「三十分くらい前に終わってる。不登校が長すぎて、時間割スケジュールも忘れちゃった?」

「いやー、さっきまで自分が高校生だってことも忘れていたくらいだから」

 アハハハ、と笑いながら軽くふざけてみたつもりだけど、藤川さんは、そんなわたしの冗談半分のカミングアウトに乗ってくれなかった。目を細めるのはいつもだけど、さらに口を“へ”の字にして、

「かわいそうに……」

 などとほざきやがった。やめろ、忘れていたのは割と事実だけど、そんな痴呆を憐れむような表情を向けるんじゃない。社会生活不適合人間を下に見られているみたいで、心がナイフでえぐられる……。

 ん? ちょっと待って。わずかに学校生活で覚えていることがあるけど、それと照らし合わせてもこの状況はなんだかおかしい。

「委員長ってさ、放課後になってからも忙しくしている印象だけど」

「ええ。担任から何かと雑用を仰せつかるから。それが何か?」

「何か、じゃないよ」

 思わずテーブルの上で身を乗り出す。

「だったら今の時間って、その雑用を仰せつかって忙しそうにしている頃じゃないの。それなのに、なんでここに来てるの? 委員長の仕事があるのに!」

 そう、それが気になっていた。クラスメイト達の信用を勝ち取っているはずの委員長様が、恐らくクラスメイトの誰も存在を記憶していない、不登校で引きこもりをこじらせているわたしに、委員長の仕事を放り出してまで構う理由はないはずだ。……なんだか卑下しているみたいになったな。

 委員長は相変わらず無表情のまま、じっとわたしを見ている。やっぱり顔立ち、綺麗だな。

「……分からないの?」

 ぷっくりとした唇の隙間から、そんな言葉が聞こえてきた。えーと……これって、何もヒントがなくても気づかくちゃダメなやつなのかな。

「あ、もしかして、わたしの様子を見に行くのが、担任から仰せつかった雑用とか? 担任なら、不登校の生徒を気にかけてもおかしくないし!」

「違う」

「えー……だったら、授業のプリントを届けに来たとか?」

「バッドアンサー」

「英語かよ。しかも不正解(ロングアンサー)じゃなくてダメな解答(バッドアンサー)ってひどくない!?」

 非常に的確なツッコミだったと思うけど、藤川さんは肩をすくめて「はあ……」とため息までついてくる始末だ。くっそぉ、何が言いたいんだこの委員長は。ムカつくな。

「……正解が出るのを待っていても時間の浪費だから、もうしゃべっちゃうわね」

「ああそうかい、そうしたけりゃそうしろよ」

 こっちだって委員長様の意味不明な言動に振り回されるのは時間の無駄だと思っていたからなぁ。わたしは腹立ちまぎれにぞんざいな口調で言った。

 すると藤川さんは、顔色ひとつ変えることなく打ち明けたのだ。

「わたし、クラス委員長やめたの」

「…………へ?」

「だから、そもそも担任からの指示なんて受けてない。ここに来たのは自分の意思。自由に使えるようになった放課後の時間を、自分の事情と意思に従って使っているだけ」

 なんだか展開が急速すぎて頭がついていかないけど……この人の言い分を素直に解釈するなら、藤川さんは委員長をやめたことで、放課後にここへ来る時間を確保したことになる。それは……。

「それはつまり、わたしにご飯を届けるために、わざわざ委員長をやめて時間を作ったってこと……?」

「やめたのは数日前だけどね。ちなみにサンドイッチはお昼の時間を使って作った」

「え、待って。ちょっと待ってよ。昼休みの時間を返上して、この量のサンドイッチを作ったの?」

「そうよ」

「いやもう、ちっとも理解が追いつかない……」

 わたしはリアルに頭を抱え込んだ。脳内の処理機構がキャパシティオーバーを起こしてフリーズしそうなんですけど。

「な、なんでそこまでして……わたしに構おうとするのさ」

「委員長だから」

「はぐらかすなぁ! 委員長はやめたって12段落前で言ってるじゃないの、ほら!」

「はぐらかしてない。わたしは新たに別の委員長になったの。自分の意思でね」

 そしてこれも、眉ひとつ動かさずに言ってのけた。なんでもないことのように。まるでそれが世界の真理であるかのように。

「わたしは、久野舞子……あなただけの委員長になったの」


「………………」

 ああ、もう。いっそフリーズして、バグでも起こして、なかったことにしてしまいたい。

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