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疲労と不可解さと、 兄と弟

久しぶりの時越え更新です!

どうぞご覧ください。

『謡ね、大きくなったらお母さんと結婚するんだ!』

『あら、本当?』

『うんっ』

『でも、お母さんにはお父さんがいるからなぁ』

『でも結婚する!』

『分かった、分かった。じゃあ、結婚しようね』

『うん!』

柔らかな手で、頭を優しく撫でられる。

穏やかな笑顔に、こっちまで嬉しくなる。

降り注ぐ日差しの中、母さんの姿が今にも消えてしまいそうに感じられて………





「謡!大丈夫か?」

「……ん、」

誰かに肩を揺さぶられて、謡は覚醒する。ぼやける視界に映るのは、

「……ぴくりともしないから、どうしたのかと思った」

「にれ、のきさん……?」

「何だ、幽霊でも見たような顔をして、」

楡乃木涼子が、相変わらずの無表情で謡を覗き込んでいた。

「僕は………」

耳に届く、波の音。

鼻に届く、潮の匂い。

「どうしてこんな所で寝ているんだ?」

西崎臨海公園。いつも涼子が座っているベンチで、謡は横になっていたらしい。自転車が立てられることなく、地面に横たわっている。

「起きられるか?」

「あ……はい、」

母を探し、あちこちに自転車を走らせたものの母どころか彼女の居場所に繋がる手掛かりすらも見つけられなかった。そしてこの公園のそばを通り掛かった時、ふと頭に浮かんだのは目の前にいる女性の顔だった。楡乃木涼子に相談してみようと思った。母のことなど知らない彼女に。そう分かっていても、彼女に相談をしたかった。彼女に、会いたかった。

そう思ってしまえば、あとはなし崩し的だった。園内に入り、涼子が座っているベンチまで自転車を押した。

そしてベンチが見えた瞬間、何もかもが急にどうでも良くなってしまい自転車を投げ出しベンチに横になった。母と涼子の顔が、ぐるぐると脳内を巡り謡を休ませてくれない。

(母さん、楡乃木さん)

今日に限って涼子がいないことが悲しかった。彼女も、結局は自分の前から姿を消してしまうのだと思った。

(誰か、そばに居て…誰か、僕のそばに、)

泣きたくないのに、自然と涙が零れて来る。でもそれを拭う気力も、なかった。

(……母さん、)

さざめく波の音を聞きながら、謡はいつの間にか眠りに落ちてしまったのだ。そして揺さぶられて、目を覚ました。

「顔が赤い。熱が…?」

涼子の言葉が途中で止まった。謡が、自分のシャツの裾を掴んだからだ。俯いているため、彼の項がよく見えた。

「謡?」

「母さっ、母さんが……いなくなった、」

「え?」

「どこに、も…居なくて、ひっく、」

「謡……」

「母さんが何処に居るのか、全然分からない…母さんの、子どもなのに……っ、」

「…幾ら自分の親のことでも、分からないことはあるだろう」

涼子がそう言えば、謡は弱々しく首を左右に振る。

「……分からないと、いけないんです…じゃないと、僕は必要ない人間になってしまうから……」

「謡、何を言って……」

「……もう、どうして良いか分からないんです。体が疲れるばかりで、何も分からなくなって、」

「謡、熱があるんじゃないのか。少し休んだ方が良い」

「僕は、平気です……」

「…言ってることが滅茶苦茶だよ、謡。疲れてるんだろう?」

「じゃあ誰が母さんを探すんですか!」

いきなり激昂したかと思うと、謡は涼子から手を離してベンチから立ち上がった。

「謡、」

「探さなきゃ、母さん……きっと僕を待ってる、」

自転車を起こし、ふらふらしながら立ち去ろうとする。

「謡!」

「……すみません、僕…行かなきゃ、」

「無茶だ。ふらふらじゃないか!」

涼子が立ちはだかれば、謡は方向転換をした。

「……謡、」

「母さんが、待ってる……」

涼子がこうなれば力ずくで止めるか、と思った時だった。

「兄貴!!」

第三者の声がして、涼子が振り向いた先に一人の学生が立っていた。

「ち、誓……」

「こんなところにいた!」

学生…芝貫誓が、息を切らして二人に駆け寄って来た。片手に携帯電話を持っている。

「誓、母さんが……」

「母さん、見付かったんだ!」

「え?」

「今、警察に保護されてる。俺、警察に行くけど…兄貴はどうする?」

「行く、」

そんなの当たり前だ。

彼女を探して自転車で走り回ったのだから。直に会って無事を確と確かめなければ。

「この人は?」

ようやく気づいたのか、誓が涼子に目を遣る。

「あ…えっと、」

「お兄さんとは時々この公園で会うんです」

涼子が丁寧な物腰で誓に説明する。しかも笑顔で。

「そうなんですか。…いつも兄貴がお世話になってます」

ぺこり、と涼子にお辞儀をする。しかしすぐにそんな場合ではないと思ったらしい。謡の手を掴む。急かした口調で、

「じゃあ兄貴、行こう!」

「う、うん!…楡乃木さん、また!」

幾分か生気を取り戻した謡に頷き、涼子は走り去る兄弟の背中を見送った。





涼子は謡の自転車を立て掛け、自分はベンチに腰を下ろした。

(今のが謡の弟……あまり似ていなかったな、)

それに、と涼子は目を伏せ、自分を見た誓の目付きを頭の中で再生した。

(あれは…)

なんだ、この女……謡は気付かなかったようだが、涼子を見る誓の目はそう物語っていた。最初は怪訝そうなそれだったが、徐々に敵愾心のようなものが含まれて行ったように見えた。

そう、……恋人に近づくな、と威嚇しているような。…考え過ぎ、だろうか。

(まぁ、母親が見付かったようだし…良かったな、謡)

ベンチの背もたれにしなだれ掛かり、軽く目を閉じた。母親がだいじなくあるよう、涼子は祈った。






「ち、誓!痛い、腕が痛いよ……っ」

「何だよ、今の女」

「ち、誓?」

「兄貴も母さんが居なくなったって聞いてたんだろ?なのに何で女といちゃついてたわけ?」

謡は慌てる。

「い、いちゃついてなんかいないよ……誓、怒ってるの?」

「……………」

誓は謡から手を放すと、じっと彼を見詰めた。

一刻も早く母に会いたい謡だが、弟を無下にすることも出来ずに彼からの視線に耐えた。

「あの女とは、どういう関係?」

「関係……って言われても、」

やはり誓は何かに怒っていると感じる。だが何が彼の逆鱗に触れたのかが分からない。自分にそんなつもりはなかったが、そんなに涼子といちゃついているように見えたのだろうか。まさか。

「ね、ねえ…早く母さんの所に……」

誓は返事をしなかったが、ようやくまた歩き出した。

「誓は誰から母さんのこと、聞いたの?」

「……………」

「誓?」

一瞬、弟の横顔が強張ったように見えて謡は不思議に思った。そんなにまずい問いだったのだろうかと怪訝に思う。

「……誰でも良いでしょ、そんなこと」

結局、誓の返答はそれだった。

「う、うん…」

納得など到底出来ないが、今は一刻も早く母に会うことが大事なのだと自分を戒める。

…それでも腑に落ちない感覚は続き、謡は一歩斜め前を歩く弟の背中をじっと見詰め続けた。






一体どういう関係なんだ。

謡と警察に向かうバスの中、敢えて一人席を選んだ誓は、苛々と親指の爪をかじりながらそんなことを考えていた。しかも母親の非常事態に呑気にお喋りなどしやがって、と恨めしくも思う。

「誓、」

後ろの席に座った謡がか細い声で自分を呼ぶ声に気付いたけれど、誓はあっさりと無視をする。それだけで兄からの呼び掛けは途絶えた。どうせ寂しそうに項垂れているんだろ、とせせら笑う。

(母さんを放って女に現を抜かした罰だよ、兄貴)

まぁバスから降りたら優しく話し掛けてあげるよ、と誓は思った。そう、母を放っておくからだ。

(……兄貴も親父も、母さんのことなんか結局どうでも良いんだろ?)

そんな奴に、どうやって母親の失踪を知ったのかなど教えてやる義理は、ない。

(それに、夏の存在を知られるのはまずいからな)

成宮夏には一足先に(くだん)の警察に向かってもらっている。

(母さん・・・)

誓も早く母親に会いたかった。今まで何度も会いたいと思っていたけれど、会ったところで母親が誓を息子だと認識出来ないと分かっていたから実際に会うことはなかった。

でも今日は会うべきだと心を強く持つ。

(やっぱり俺には母さんが必要なんだ・・・。俺には、母さんしかいない)

あのやさしく穏やかな笑みを浮かべて、もう一度自分の名前を呼んで欲しい。

(母さん待ってて、すぐに行くよ)

頼りない兄と一緒に、あなたと会いに行きます。

流れ行く窓の外の景色を見ながら、誓はそう思った。







相変わらずつたない文章で・・・汗

ご閲覧、誠にありがとうございます。

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