表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/63

帰りたい

「!」

その車が自宅前を通過した時、愁はその排気音に大きく反応した。訳もなく、謡が乗った車が通ったのではないかと思ったのだ。

愁は居ても立ってもいられず、自室を後にすると家からも飛び出した。

「謡さんっ!」

確かに、謡は、いた。

ただぐったりと意識を失った状態で人に背負われて。

「謡さん!」

謡を背負った、男ー神楽が愁に気付く。

「待って、」

謡と話がしたい。僕を守ってくれて有難う御座いますとお礼が言いたい。その一心で愁は謡に近寄ろうとした。…しかし、

「……っ」

車の運転席から降り立った男の姿に、愁は息を詰めて足を止めてしまった。

男ー芝貫春樹は、絶対零度の目付きで愁を見ている。謡と少しだけでも話したいと望む愁を拒んでいる。

「春樹様、」

「あれに構うな。早くそれを連れて行け」

“それ”?

春樹の物言いに、愁はざわりと心がざわめくのを感じた。滅多には感じない“怒り”を、愁は感じる。

(謡さんは……物じゃないのに……っ!)

「……あいつに似て生意気な顔付きをしている」

春樹に感じた恐怖も忘れ、愁は彼に向けて言った。

「うっ、謡さんは“物”じゃないっ」

「………」

「謡さんをもっと大事にしてあげて下さいっ!!」

はぁはぁと息を荒げる愁を、春樹は相変わらず色のない瞳で見詰めているだけだ。

「お願いだから、謡さんを、もっと・・・・・、」

「話にならんな」

不意に春樹がそう零し、溜息をつく。

「お前が謡をどれだけ慕おうが勝手だ。だが芝貫に関することでお前に指図される謂れはない」

「さ、指図だなんて・・・・・僕は、」

「・・・・ふん」

弱々しく視線を落とした愁を睥睨し、春樹は颯爽と自宅へ入って行く。

「ま、待って下さいっ」

必死に声を上げるも、春樹の足を止めることは出来ない。

「春樹さんっ!」

「・・・・・お前に名前で呼ばれるほど親しくなったことはない」

「っ、」

広い背中にある絶対的な拒絶。昔の面影は、殆ど無い。

「謡と馴れ合うのは構わん。・・・・・だが余計なことに口出しはするな」

閉まっていくドア。消える背中を追うことは、愁にはもう、出来そうには無かった。












「敦樹、ドアを開けて貰える?」

「うん」

敦樹が謡の部屋のドアを開ける。

「ありがとう」

それに礼を行って中に入り、神楽は謡をそっとベッドに横たえた。目を覚ますだろうかと心配になったが、謡は瞼一つ動かさなかった。今だけでも、ゆっくり休んで欲しい。神楽はそう願う。

「敦樹も疲れたね。気分が悪いとか、ない?」

「うちは平気だよ、兄さん」

敦樹はそう言うが、小さな顔には明らかに疲労が浮かんでいる。

「敦樹、おいで」

「?」

素直に神楽に近寄る敦樹。その彼を、神楽はそっと抱き締める。敦樹が好きな、兄の匂いが鼻孔を擽る。

「に、兄さん?どうしたの?」

いきなりのことに、敦樹は驚いてしまう。

「ごめんね、敦樹」

「な、何で謝るの?」

「……怖かったね」

「!」

「不安だったね」

「……う、」

兄の優しい声が、敦樹の涙腺を緩める。

「敦樹を、守ってあげられなくて……ごめんね」

「そ、んな……こと、ない」

あの場所に来てくれただけで、充分なのに。

「兄さんは、来てくれた。うちを助けに来てくれた、それだけ、で……うぅっ」

堪えていた涙が痺れを切らしたように溢れ出した。敦樹の背中を、神楽が優しく撫でる。

「でも、二度と言わないで」


「?」

「鳴沢のもとに行くなんて、言わないで」

「っ」

見上げた兄の顔は、今にも泣きそうで。兄にそんな顔をさせていることが嫌で。

「ごめ、ごめんなさっ……、」

「恩返しなんていらない、敦樹が僕や父さんたちと同じ家で、家族としていられたらそれで良いんだから」

「………うん、うん」

「だから、もう自分を犠牲にするようなことを言わないで。勿論、しても駄目だよ」

敦樹はもう何も言えず、はらはらと涙を流しながら兄の腕の中で頷き続ける。

今、兄が自分だけのものだという現実がひどく嬉しくて。

(……このまま、家に帰りたい、)

謡のことも、春樹のことも、勿論鳴沢のことも忘れて家に帰りたい。兄と一緒にのんびり休みたい。

「兄さん、」

無理だとは分かりながら、敦樹はその願いを口に出そうとした。

だが、

「神楽」

「!」

第三者の低い声に、神楽も敦樹も思わず体をビクッと震わせた。

「いつまで兄弟で話している」

「す、すみません」

兄が離れていく。敦樹は急に心細くなって来て、兄の手を掴もうとした。

「!」

しかし春樹の冷たい視線に上げかけた手は行き場を失い、結局力なく下ろされる。

「神楽、お前に話がある。下に来なさい」

「は、はい。……あの、敦樹は、」

「お前の弟に用はない」

神楽の問いかけを一刀両断し、春樹はさっさと謡の部屋を出て行き、階段を下りてしまう。

「に、兄さん……」

「敦樹、ごめん……謡様のこと、頼むね」

気弱な笑みを浮かべ、神楽も春樹に従った。

「………兄さん、うち……早く帰りたい、」

兄を奪おうとしている謡と、あまり人間味を感じられない春樹。

彼らと早く別れ、家に帰りたい。その願いは、しばらくは叶いそうにないと敦樹は心底思い知った。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ