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一瞬の静(せい)

サブタイが・・・。あとから変更するかも。

「そうか、分かった。ああ、ご苦労だったな」

真っ直ぐ家に帰らなかった芝貫誓と成宮夏は、誓お気に入りの喫茶店に来ていた。

アンティーク調の席に座り、誓はオレンジジュースにティラミス、夏は珈琲をそれぞれ口にしていた。店内にはクラシック音楽が会話の邪魔にならない程度にかけられ、誓の耳に心地よく響く。

「どうなった?」

「誓様のご想像の通りの結果、ですよ。鳴沢のような“小物”が、芝貫に敵うわけがないのですから」

「まあね。で、兄貴は?」

誓が一番聞きたいのはそこだ。兄・謡がどうなったのか。鳴沢の命運など、正直どうでも良い。

「謡様は、少しショックを受けられたようで」

夏はそう前置きすると、今電話で伝えられたことをそっくりそのまま、誓に話した。

「へぇ、親父の奴ついに重火器を取り出したか」

話を聞き終えた誓が、さも可笑しげにそう漏らす。オレンジジュースの氷を鳴らし、

「で、兄貴はおめおめ気を失った、と」

おめおめという表現に夏はぴくりと眉を動かしたが、何も言わない。

「いい加減、兄貴も限界かな。というかよくもった方だろう」

「そう…ですね」

「何だ。浮かない顔だな、夏」

愉快そうに目を細め、頬杖をついて夏を見上げる。

「夏も兄貴が壊れるのは嫌?」

無邪気に、愉快そうに。夏を試すように。

「誓様、」

「正直に言ってよ。別に怒らないから」

夏は無言で、誓の感情のこもらない瞳を見返す。そしておもむろに口を開くと、

「はい。嫌です」

「ふうん。嫌いなのに?」

「……確かに私は謡様を好いてはいません。ですが、身近な、幼い頃から知っている人間が壊れることは嫌です」

「夏らしいな」

ティラミスの最後の一口を美味しそうに咀嚼し終えると、ジュースで喉を潤す。

「俺は、そうは思わないよ」

ポツリと囁くように言われた言葉に、夏は、しかし大した反応は返さなかった。

「でしょうね」

と頷き、立ち上がる。

「召し上がり終えたみたいですし、帰りましょうか」

「はいよ」

伝票を手にした夏に従い、誓も立ち上がる。

「なあ、夏」

「何でしょうか」

「飯、作ってって」

「……誓様、私はあなたの護衛であって、世話係ではないのですが」

もはや誓の夕食作りは決定事項だろうと知りつつ、夏は敢えて言ってみる。

「お前、俺の命令が聞けないっていうの?」

「分かりましたよ、分かりました。メニューは何が宜しいですか?」

誓は既に決めていたようで、夏の問い返しに即答した。

「パスタ、だな。味はお前に任せる」

「はいはい。では買い物に行きましょうか」

「うん」

誓は楽し気に頷くと、我先にと歩き出した。

(誓様こそ、謡様のことをどう思っているのだろう)

考えても詮なきことだと分かっていても、夏はそんなことを思った。









「っ、」

謡が春樹の運転する車で自宅へ運ばれている最中、目的地である芝貫宅では。

楡乃木涼子は殴られて赤く腫れ上がった頬に、氷を包んだタオルを当てていた。そしてその姿で、静かに啜り泣く少年をじっと見つめている。

「う、謡さっ、謡さん……っ、」

謡が連れ去られたあとで覚醒した少年に、涼子はあったことをありのままに話してやったのである。するとただ唖然として聞いていた彼は、思い出したように静かに泣き出した。自分のせいだ、と何度も自分を責める。

「僕のせいだ、僕の…」

涼子が小さく息を吐き出すと、少年ー神薙愁は大袈裟といえるくらい、大きく体を震わせた。

「……余り自分を責めるな。謡が悲しむ」

「で、でも……僕を守ろうとしたから、謡さんは……、」

「そんなの、謡が勝手にしたことだ。それで君が後ろめたい気持ちになる必要はない」

涼子の言葉に、愁はさらに悲しげに目を伏せる。

「……何故そんな顔をする?」

「…………僕は、」

「ん?」

「僕は、謡さんのこと……本当のお兄さんみたいに、思ってます。だから、謡さんには……辛い目には遭って欲しくないんです。謡さんは、今まで一杯一杯辛くて、大変で……だからせめて僕は、謡さんの負担になりたくない…んです。僕は、謡さんが笑ってくれてると嬉しくて、だから、だから」

細い肩を震わせて、愁は辿々しくも必死に言葉を紡ぐ。涼子はじっと彼の言葉に耳を澄ませる。

「どんな事情があっても、謡さんが辛い目に遭うのは嫌なんです……。僕のせいで、僕の存在や行動が原因で謡さんが傷付くのは嫌なんです………」

ついにボロボロと零れ落ち始めた涙を生む二つの目を、掌で覆い隠す。

「謡さん、謡さん……」

少年の頭を、涼子は何故か撫でてやりたくなり実際に、撫でた。

「っ?」

少年が目の覆いを外し、不思議そうに涼子を見返す。涼子に対する恐れは、なさそうだ。

涙に濡れた大きな瞳が、涼子を映している。

「お前は、本当に謡のことが好きなんだな…」

こくこくと声もなく頷く。

「謡は、優しいか?」

頷く。

「謡は、温かいか」

頷く。

「謡のことが、心配か?」

頷く。

「謡を、助けたいか?」

「!は、はいっ」

「そうか…。謡が聞いたらきっと喜ぶ」

涼子が微笑むと、愁もつられて微笑む。

「……謡と知り合ってまだ日は浅いが、私は不思議で仕方なかった」

「?」

「父親との関係はスムーズに行っていないようだし、学校でも似たようなものらしいから……謡は一体何時(いつ)心を休めてるのかとね」

「………」

「だが、きっとお前の家庭教師をしているときは安らいでいるんだろうと、私は思うよ」

かあっ、と愁が告白でもされたかのように顔を赤くする。

「ぼ、僕の……?」

「少なくとも、謡の支えにはなっているさ」

今にも折れそうなくらい繊細な神経をしているのに、ちゃんと真っ直ぐ立っている謡。それを支えているのは、きっとこの少年なのだろう。

「僕が、支えに……」

「変か?」

「へ、変ていうか……僕が謡さんに支えられてると思ってるから……」

「お互い様、ということだよ」

「……あ、あの」

「何だ」

涼子の真っ直ぐな視線に、愁がたじろぐ。どうやら他人と目が合うことに苦手意識があるらしい。

「う、謡さんとあなたの、関係って何なんですか……?」

「気になるか?」

「えっ、あ……その、」

「大した関係じゃないよ。酔狂な謡が私に話し掛けて来たって言うだけだから」

愁が首を傾げる。最もだ、と思い、涼子は言葉を付け足す。

「………ある雨の日だった。私が傘も差さずに海を眺めていたら、謡がそばに来たんだ。皆が私を遠巻きにするのとは逆にね」

「謡さんが………」

「意外そうな顔だね」

謡が自主的に見知らぬ他人に声を掛ける、という印象が薄いのだろう。

「私も警察でもない人間から声を掛けられるとは思ってなかったから、驚いたけどね」

いや、と自分で言いながら涼子は心中で思う。

(謡に会った頃は、“驚く”という感情を理解出来ていなかったけれどな)

「・・・・・あなたは、一体、」

愁の言葉に、涼子は透明な笑みを浮かべた。










相変わらずだな、と烏丸凛は思いながら秋が眠る車に乗り込んだ。

「・・・・ん、む、」

「暢気なものだな、秋」

秋は自分が何処にいるのかすぐには分からなかったらしく、眠たげな半眼で周囲を見回す。

「・・・・あれ、僕は、」

「たわけ者。鳴沢の“隠れ家”の前だろうが」

「そ、そうだった!凛ちゃん、謡様は!?」

「謡様は家に向かわれている。春樹様が連れて帰られたから」

春樹、という名前に秋が微かに身を強張らせる。

「何があったか知りたい。そう言う顔をしているな」

「ぼ、僕は謡様が無事なら、それで良いから・・・・・、」

「・・・・・本当に?」

感情のこもらない瞳と抑揚のない声音に、秋は更に緊張する。

「凛ちゃん、」

「“ちゃん”付けは止めろ。気色悪い」

「・・・・・・・」

突き放した言い方に、秋は悄然とする。

「そ、そんな言い方しなくたって・・・・」

「泣きそうな顔をするな。面倒臭い」

じょじょに会話が世間話に流れ始め、凛は表情には出さずに少し慌てた。

「・・・・・・そうだ、秋。例の捕縛令は取り消しになった」

「・・・・・・・・?」

「秋、あんたは自由だよ」

「え、えっと。凛ちゃんが何を言ってるのか、分からないよ、」

「秋を捕らえる命令は立ち消えになった。それ以前に秋は成宮を追放になった。・・・つまり秋、お前は完全に自由だ。何をしても、誰も文句は言わない」

「り、りんちゃ、」

「降りろ。車から降りたら、さっさと何処へでも行け。成宮の人間は今後一切お前を追わないし、その代わりにお前を助けることもない」

「や、やだよ。凛ちゃん、待ってよっ!」

凛は無言で一度車を降りると、秋が座っている側の後部座席のドアを開けて彼の細い腕を掴んだ。

「凛ちゃん、」

「早く降りろ」

「待って、痛いよっ・・・・!」

だが凛は秋を車外に引き摺り出すと、抵抗しようとする秋を地面に突き飛ばした。

「・・・・・・っ!」

ヒュッと音を立てて、抜き放たれた刀が秋の顎へ突き出される。秋が硬直し、傷付いたような瞳で凛を見上げる。対して凛の瞳には何の色もない。ただがらんどうの瞳で秋を見返すだけだ。

「どうした。もう自由になったんだぞ。嬉しくないのか?」

「り、凛ちゃん・・・、」

「・・・・好きにしろ。じゃあな」

尚も言い募ろうとする秋の手を無情にも振り払い、凛は運転席に座った。

「あぁ、一つだけ忠告しておく。・・・・お前も早く此処を離れた方が良いよ。これ以上“災厄”を背負いたくなければな」

「凛ちゃん、待って・・・・・っ!!」

秋の声は、届かない。凛はドアを閉め、エンジンをかけると秋を顧みもせずに車を発進させた。

「凛ちゃん、」

秋は呟く。背後から忍び寄る“気配”には、気付かない。












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