精一杯の恩返しと、揺れる想い
サブタイ考えるのが難しいです・・・。
そしてまた謡が可哀想な状況に、なってます・・・。
「!!」
ガタンッと大きく揺れた衝撃で、謡は覚醒した。一体自分に何が起こったのだろうと状況を把握しようとした謡だが、手首に激しい痛みが走って目を眇めた。
そして、やけに息苦しいことに気付く。
(僕は・・・・、一体)
混乱した頭で考えようとしても、一向にうまくいかない。ただ分かったことは、
両手両足を縛られ、猿轡を噛まされ、車に寝かされていること。
(この人たちは一体誰なんだ、)
自分をどうする気なんだろう。
(そうだ、楡乃木さんは・・・愁君は・・・・?)
涼子は大丈夫だろうと思えるのに、愁のことが不安で仕方ない。また厄介なことに巻き込んでしまい、それが心苦しい。
「目が覚めたか、芝貫謡」
「っ!」
気付けば、謡を拉致したサングラスの男がこちらに身を乗り出していた。
「そんなに怯えることはない。大人しくしていればいい」
謡は彼から目をそらした。車窓には黒いシートが貼ってあり、外を見ることは叶わない。
「もうすぐ着くぞ」
男の言葉は、酷く遠くで聞こえた。
謡が連れて来られる以上、神楽たちに動くことは出来ずに居た。ただじりじりと時間が経つのを待つだけだ。
春樹は何を考えているのか、目を閉じてその痩躯を壁にもたせかけているだけ。
「兄さん、」
さっきから敦樹は不安な双眸で神楽を見上げては彼の存在を確かめるようにギュッと腰に回した腕に力を込めてくる。
「敦樹、大丈夫だから」
「・・・・・・・」
敦樹が何か言いかけたとき、
「来たか」
ずっと口を開かなかった春樹がボソッとそう呟いた。
「春樹さま?」
怪訝に思った神楽が彼を呼ぶが、春樹は無反応だった。
ドアに、一人の男がやってきた。サングラスをした、身長が190はあろうかと言う大男だった。
「鳴沢様、ただいま戻りました」
「おお帰ったか!餓鬼は?」
「こちらに」
男が身を引くと同時、両手を縛られ猿轡を噛まされた謡が倒れこむように中に入ってきた。
「謡様!!」
「動くな」
「!!」
サングラスの大男が謡を羽交い絞めにし、全員に見せしめるように彼の米神あたりに銃口を宛がった。
金縛りにあったように、謡に駆け寄ろうとした神楽の足が硬直する。
「下手な動きをしてみろ。こいつは、死ぬ」
死の恐怖に、謡が体を震わせながら涙を目の端に浮かべる。
「んん・・・っ!」
鳴沢が不敵な笑みを浮かべ、靴の音をカツカツと響かせながら謡の横へと移動する。
「んう」
荒々しい手つきで謡の顎を掴み、
「さあ交換といこうか、神楽。シンとこいつを、な」
と言った。
「卑怯な、」
「なんとでも言え。シンを手に入れるためならば私はなんだってするさ!シンはそれだけの子どもなんだよ!」
神楽は唇を噛んで春樹を見た。謡が来たら取り返せば良い、というようなことを言っていたが、どうする気なのだろう。
春樹は何の感情もない瞳で謡や鳴沢を眺めていた。
謡が助けを請うように父親を見ても、父親は無反応で。まるで息子の不手際を糾弾するように。
「兄さん、うち、行く」
「!?」
突然だった。敦樹が決然とした声でそう言い、神楽から離れたのである。
「敦樹!!」
慌てて彼の腕を掴めば、敦樹は今にも泣き出しそうな顔で綺麗に笑った。
「良いんだ、うちなんかのせいで・・・あの人が傷付くのは嫌だから。兄さんの大事な人を、傷付けたくないから」
そんな震える声で言われても。そんな涙の滲む瞳で微笑まれても。
「敦樹、馬鹿なことを考えるなっ」
「うち、兄さんに色んなものを貰ったから、」
「え?」
「恩返し、ね」
これの何処が恩返しだ。恩を返すなら、敦樹が幸せになってくれることでないと困る。
「うちには兄さんや母さん、父さんと過ごせた思い出があるから。それだけで、生きていける」
それが敦樹の精一杯な強がりだと、神楽には手に取るように分かった。本当はいやだと思っていることくらい、すぐに分かる。本当の兄弟じゃないけど、本当の家族じゃないけど、それくらい分かる。
・・・・・・・痛いほどに。
「敦樹、頼むから」
変なことは考えないでくれ。神楽がそう思ったとき、
パチパチパチ、という乾いた音が狭い空間に響いた。神楽も敦樹も凛も鳴沢も謡も大男も蓮音も、全員が音の発信源を見遣る。
発信源は、春樹だった。
「いや、その意気や良し、だ敦樹君。私は君のような人間を歓迎する。君を息子にしたいくらいだ」
一頻り拍手したあと、すぐ眉を顰め、
「・・・・・うちの盆暗とは大違いだ」
射竦めるように、囚われた己が息子を見た。ビクッと謡が視線を受けて体を震わせる。
「まあ端から何も期待はしていない」
背を壁から離すと、春樹は敦樹のもとへ歩いた。
「敦樹君。君があれのために自分を犠牲にする必要はない」
「で、でも・・・このままじゃあ、」
敦樹の頭をそっと撫で、春樹は不敵に微笑んだ。
「私に考えがある」
やはり戻って来てしまった、と藪内は病院を見上げながら憂いため息をついた。
(くそっ!散々傷付けといて、今更俺は何のつもりなんだ……っ)
時刻は午後四時前。まだ面会は大丈夫だろうが、どの面下げてのこのこ渉に会えると言うのだ。
(でも俺のこと、渉は覚えてないんだよな)
顔を見るくらいなら良いんじゃないか、と薮内の中の弱い部分が鎌首を擡げる。
(・・・・いや、俺は近付くことすらしない方がいいか)
やっぱり家に帰ろう。そう決めて踵を返しかけた彼に、かかる声があった。
「あ、兄貴の同級生」
「?」
声の方を見れば、制服姿の男子高校生がいた。
「お前は、」
芝貫謡の弟、芝貫誓が何も考えていないような表情で笑う。今の薮内にとっては腹立たしいことこの上ない顔だ。
「病院に来たんじゃないの?入らないんですか?」
「てめえに関係ないだろ」
「今にも泣きそうな顔してますけど、怪我でもしてるんですか?」
「!?」
思わず両手で顔に触れると、誓がケタケタと軽い笑い声を立てた。
「嘘ですよ、嘘」
「お前!」
何からなにまで兄貴に似てないな、と薮内は更に苛立つ。
「会えばいいじゃないですか」
「っ!?」
「“その人”と何があったかは知らないけど、会いたいなら会えばいい」
(こいつ・・・何処まで知ってる?)
急に目の前の少年が不気味な存在に思えて来て、薮内は眉を顰めた。
「あなたは兄貴に比べたら全然自由だ。だからその自由を謳歌すべきですよ。会いたい人とも、会えるときに会っておかないと・・・・・・」
意味深な台詞。皮膚が粟立つ感覚。
「お前、渉をどうする気だ・・・・!!」
これ以上、渉を傷付けたくはない。これ以上、泣かせたくない。
薮内が怒鳴ると、誓がにっこりと微笑んだ。
「渉って言うんだ?あなたの会いたい人」
「・・・・・!」
完全に嵌められた。
「行かないの?ここで渉さんをお見舞いに行かないで、後悔しないですか?」
今になって、誓の瞳が一切笑っていないことに薮内は気付いた。
「お前、一体」
「良かったら俺もお見舞いさせて下さいよ」
誓が近付いて来て、薮内の腕を掴んだ。その瞬間、本当に一瞬だけ体全体にビリッと電流が走った、ような気がした。
「ね?」
・・・・・・笑うと、兄である謡に似ていると思った。
「勝手にしろ」
渉の見舞いに行くことを躊躇すらしていたのに、大して知りもしない相手と彼の見舞いに行く。
頭のどこかで違和感を訴えていたが、薮内は誓を連れて院内に足を運んだ。
次は渉を出したいな、と思ってます。
やっぱり予定ですが・・・。
そして影の薄めな誓がようやく前面に出てきました。あくまで予定ですが、そろそろ彼を前に出すつもりです。
それでわまた。今回も御覧いただいて感謝です。