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疑問と恐怖と

ぴりりりり、という音に謡はぴくりと肩を震わせる。

「失礼、」

一言断り、懍が携帯電話を取り出す。

「はい、烏丸………そうか。分かった…あぁ。では手筈通りにな」

どうやら懍は命令を下す立場にあるらしい。

彼女は携帯を切ると、謡に向き直った。

「神楽敦樹」

「………えっ、」

「神楽樹様の義弟の名前ですよ」

「神楽、さんの、」

「その神楽敦樹ですが。神楽様と実家にいたところを襲撃され、拐われました。私の配下の話に依れば、芝貫に連なるものの仕業とのことです」

「!なんで、」

どうして芝貫の人間が神楽の義弟を拐うのだ。

謡には訳が分からない。

「神楽様は近いうちに春樹様に会われるはずです。義弟が拐われたのですから、今日にでも舞い戻って来るのではないでしょうか」

「どうして……?どうして神楽さんの義弟さんを芝貫が拐うんですか!?何で、どうして!?」

何がどうなっているんだ、と謡は苛ついてやけぎみになる。そんな謡を、懍は子供には似つかわしくない冷めた表情で見ている。

「……話しても構いませんが、後ろから殺気を感じます」

「そのとうり!謡、涼子に会いたいの会いたくないの!?」

「あ、会いたいです。会いたいですけど……」

「ならここでうだうだ言ってないで外に行くよ!」

「で、でも」

例え春樹の意識が神楽に向くにしてもそれは今すぐにではないはずだ。それに、涼子と、ずっと自分のそばにいてくれて心の支えになってくれていた神楽のどちらを優先させるかは、それは………、

(今まで神楽さんは僕を守って支えて腐心してくれた。なら次は、僕の番ではないのだろうか。例え何の力になれないのだとしても。支えになれなくても)

「謡!」

秋を見れば、彼は落ち着いて謡を見つめている。小さく一つ、頷く。

「楡乃木さんは、すぐにでも姿を消しますか?」

「それが分かんないから急げっつってんのさ!」

謡は選択を迫られる。

「僕は、」

楡乃木さんならどうするだろう。彼女なら、謡にどちらを選んでもらいだろうか。

「神楽さんに、電話させてください」

「ちょ、謡」

「葉弓さん。ここは謡様の良い様に……」

秋に諫められ、葉弓はむうと不満げに唇を尖らせる。

「懍、さん。携帯、貸してもらえますか?」

自分の携帯は春樹に没収されてしまっている。神楽の番号は頭に叩き込んでいるから、電話さえ貸して貰えたら電話出来る。

「……………」

懍は少し考えていたが、小さく頷いて自分の携帯を謡に渡した。

「ありがとう」

彼女に礼を言い、神楽の番号を入力する。

(神楽さん、出て………)

神楽はなかなか出ない。電話に出られない退っ引きならない理由があるのだろうか。謡が焦れていると、

『も、しもし……?』

震え、掠れてはいるが確かに神楽の声だ。謡は思わず声を強くした。

「神楽さん?僕です、謡ですっ……!!」






敦樹を謎の二人組みに連れ去られ、何が何やら分からず混乱していた神楽の携帯に来た着信。登録をしていない番号からだったから知らないふりをしていたのだが、かなり鳴り続けていたから出てみた。すると、

『神楽さん?僕です、謡ですっ……!!』

「!謡、さ…ま?」

謡は今“勉強会”中のはずなのに、どうして電話など掛けられるのだろうか。

「謡様が、どうして」

『神楽さん、大丈夫…ですか?』

「え?」

『僕、今知ったんですが……神楽さんは義弟さんがいらっしゃるんですね』

「………っ?!」

どうして謡がそれを知っているのだ。神楽は動揺する。何故、謡が知っている。

「謡様、何故、」

謡が口ごもる。一体何が起こっているんだ。

『神楽さん、今実家ですよね?』

「えっ、あ、はい……」

その義弟が拐われた、とは言えないと思う。芝貫に連なる者。まさか謡には関係はないだろうが………。

『あの、神楽さん…』

「謡様?」

『義弟さんの敦樹君……拐われた、って』

「!?」

何故?何故謡がそれを知ってるんだ。まさか、まさか……。

(そんな筈は…。謡様がひとさらいに関わるなど、そんな訳あるか………)

『今、僕の家に成宮秋さんと烏丸懍さんが来ていて、その、』

謡は相変わらず口ごもり、対して神楽は呆然とする。

(成宮秋に烏丸懍?謡様に何が起こっている?)

そして、敦樹が芝貫に連なる者に拐われ……。

(敦樹は、一体何者なんだ?)

実の両親に虐待され、施設に入り、やがて神楽家に養子にやって来た、小柄で細身の少年。

彼を芝貫が拐った。日本の命運に一役かっているあの芝貫が何故、あの痩せて気弱な少年を求めたのか。

(母さん、敦樹は……)

母親は、まだ戻らない。

「謡様。今謡様に起こっていることを私に話してください。私も、義弟のこと……敦樹のことを話しますから」

謡からの返事はすぐにはなかった。電話の向こう、彼が周囲の人間と話している気配がする。

『話すのは……神楽がこちらに戻ってからです。僕の家に来てください』

「し、しかし私は」

『神楽さん、烏丸懍さんは敦樹君のことを深く知ってます。知りたければ、こちらに来いと言われてます。……電話では、話せないと』

神楽は目を閉じて考える。春樹には暇を与えると言われたのに、のこのこ芝貫家に行ったと知れたら、今度は。

『うち、違うから……』

そう言った敦樹の泣き出しそうな顔を思い出す。

敦樹は怯えている。“家族”から、見捨てられてしまうことを。

「……分かりました。すぐに向かいます」

『はい……お願いします』

電話を切り、神楽は母親へのメモを残すため紙とボールペンを手に取った。







『お前なんか産まれて来なければ……』

痛いよ、お母さん。殴らないで……。

『ったくよぉ、なんだぁその目はよぉっ!』

熱い、熱いよ!良い子にする、良い子になるから、煙草はやだよぅお父さん、止めてよぉっ、

「早く起きろよ!」

バシンッ、と強く頬を張られ、敦樹は痛みに呻いた。頭が痛い。気持ち悪い。

「っ、」

手首が何か固いものによって背中の後ろでくくられているようだ。

「うっ、げほっごほっ……!」

「ようやくお目覚めか、お姫様?」

視界がはっきりしない内に、敦樹は無理矢理に顎を持ち上げられた。

「や、めて………」

「やめて、だってよ。可愛いなぁ」

周りには複数人いるらしく、そう言った声に追従して笑い声が上がる。

哄笑もあれば苦笑も混ざっている。

(兄さん、助けて…助けて、)

確か昼に微睡んでいると部屋に侵入して来た人がいて、

「おい、寝んなよ?」

ガッ、と腹が爪先に蹴り付けられ、敦樹はうめいた。涙が留まることを知らずに次々と溢れ出す。目の前が暗いのは、恐らく目隠しをされているせいだろう。床に面している腕はひやりとしているから、床に転がされているのだろう。

「お前に会いたいっつう人がいるんだが、多忙な方だからな。ここに来るまでもうちょい時間がかかるらしいから」

「うぅ、」

兄さん、兄さん、兄さん。兄を何度も心の中で呼ぶ。

「ふうん、義理でも兄弟は兄弟なんだね」

女の声がした。自分に布をおしあてた人だ、と察する。

敦樹は更に身を硬くする。

「さあ、君の大事な兄貴は君を助けに来てくれるのかしらね」

吐き捨てる言い方をして、女はふふふふふ、と不気味な笑いを立てる。

(怖い、怖いっ……)

次々と溢れる涙が目隠しの布に次々と染み込んで行く。恐怖に震える体を止めることは、敦樹には出来そうにはなかった。








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