拐(さら)い
久しぶりの2日連続投稿☆
「痛いっ!!」
愁はそう叫びながら起き上がった。
「はぁ、はぁ……っ、夢…?」
嫌な汗が額から伝う。背中も汗びっしょりで、気持ち悪い。
(最悪、)
不登校になる前に苛められていたことを夢に見てしまった。
(うっ、)
頭がガンガンする。
脳裏に、自分を睥睨するクラスメートたちの鋭い目がありありと思い浮かび、感じる悪寒に愁は腕を自分で自分の肩を抱いた。
体が馬鹿みたいにガタガタと震える。涙がじわりと滲み、うまく息が吸えない。
「薬、」
あまり飲みたくないが、背に腹は変えられない。愁は薬を手にふらつきながらも階下に急いだ。
ミネラルウォーターをつぐ余裕もなく、水道水をコップに注ぐ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
必死の形相で薬を呑む。体から力が抜けて、愁はその場に崩れ落ちる。
誰か、そばにいて欲しい。いや、誰か、じゃない。
「ね、姉さん……謡さん、助けて………、」
愁が今一番そばにいて欲しいのは、姉の匂と慕っている謡だけだ。
『男のくせにびーびー泣いてんじゃねぇよ!』
『さっさと金出せや、こらっ!』
『ぷっ、かわいそ〜ジャン。やめてあげなよ』
「うるさい、うるさいうるさい、うるさい!」
僕の何がいけないの?どうして寄って集って苛められないといけないの?僕、何かしたの?
愁は胸元でギュッと手を握りしめ、胸中で渦巻く“嵐”が過ぎ去るのを待った。
「?」
「匂、どったの?」
「ん、何か愁に呼ばれた気がして、」
「空耳っしょ。中三の弟クンが高校にいるわけないんだから」
親友である稲瀬美月の問いに、匂はまぁね、と煮えきらない口調で応えた。
「匂、なんか悩み事?シワが深いぞ」
「まあ、ね」
匂は憂いの帯びたため息をつく。
「近所のあの人のことで悩んでるのかな?」
途端に匂の顔が赤くなり、恨めしげに美月を睨む。
「不意討ち禁止」
「でも確かに格好良いよね。ちょっと影があるっていうか、何て言うか」
「美月は小堺クンがいるでしょ」
「大丈夫だよ!横取りなんかしないから!」
あはは、と笑いながら美月が匂の背中をバシバシと叩く。匂は顔をしかめ、美月の弁当箱から卵焼きを掠め取った。口に放り込む。
「わっ!あたしの卵焼き!」
「知らない」
「ごめんてば〜。怒らないでよ!」
「知らない」
美月といつも通りの会話をしながら、匂の頭は謡と愁のことで一杯一杯だった。
「そ、そんなこと出来るわけ……」
謡は期待をしかけ、すぐにそれを打ち消すかのように首を左右に振る。
あの父を出し抜くなど。況してや今は“勉強会”の最中。普段以上に神経を尖らせているはずだ。
「確かに春樹様は抜け目のないお方。ですが今、春樹様には一つ気掛かりなことがおありのはずです」
意味深な言葉に、謡はますます混乱する。
「え?」
「謡様もお気付きのはずです。近頃起こったこと、思い出して下さい」
「……!まさか、神楽さんのこと、」
「ご名答」
懍が薄く笑う。
「春樹様の秘書を勤めていらっしゃいますね。ですが今は暇を出されて帰省中とのこと」
ドクン、と心臓が馬鹿みたいに高鳴る。
「神楽さんに、何をする気ですか?!」
もう神楽を傷付けるのは嫌だ。
「春樹様の目が神楽様に向けば、謡様はその間春樹様の目を逃れられるのでは?」
「だ、駄目です。神楽さんをこれ以上巻き込むのは嫌なんだっ……!!」
謡の必死の叫びに、懍は
「もう事態は動いています」
と呟いた。
それは突然のことだった。昼食を摂った後、体がだるい敦樹を寝かせその様子を文庫本片手に見守っていたときに起こった。
いきなり窓ガラスが割られ、敦樹がビクッと目を覚ました。
割られた窓から、フルフェイスのマスクを被った黒いつなぎを着た180センチくらいの細身の人間が侵入して来た。
怯えた敦樹が神楽の背中に隠れる。
「誰だ!」
相手は応えない。ただ無言で二人に近づいて来る。
「………」
スッと神楽の背中に隠れる敦樹に手を伸ばすのを神楽が慌てて掴む。
だが、
「………っぁ!」
相手が隠し持っていたサバイバルナイフで切りつけられ、右の二の腕に赤い線が走った。
「兄さんっ……!」
敦樹の泣きそうな声に、神楽は怯むなと己に活を入れる。狙いは敦樹だ、と直感で悟ったから。
神楽はナイフを握る左手首を掴み、捻り上げる。足を相手の足の間に入れ、
「や、嫌だ、放して!」
「敦樹!(しまった、もう一人いたのか!!)」
いつの間にか襖が開けられ、窓からの侵入者と同じ格好をした身長の低い人間が入り込んでいたらしい。
そいつが布団の上でへたりこんでいる敦樹を羽交い締めにして、抗う彼に白い布をおしあてようとしているのだ。「止めろっ!!」
神楽は敦樹を助けようとするが、窓から侵入してきた相手にねじ伏せられる。
「いっ………!」
「や…めっ、」
ついに敦樹の口が布で覆われる。敦樹が兄に向けて助けを求めて手を伸ばす。
だがその瞬間、敦樹を押さえている奴が彼の鳩尾を突いた。
「………っう、」
だらり、と敦樹の手が垂れ、閉じかけた目から涙が流れた。
「あつ、敦樹っ!」
「私たちは」
神楽を組み強いているほうが、彼の耳元で囁くように言う。
低いハスキーな声。男だ。
「芝貫に連なる者です。……あの子はいただいていきますよ。神楽樹様」
「しば…ぬき?」
咄嗟に浮かんだのは、謡と春樹の顔。
彼らと敦樹は、縁者?
神楽がそう考えた瞬間、脇腹に何か固いものが押し当てられるのを感じた。その直後、びりっと身体中に電流のようなものが走り神楽は床に倒れ込む。意識を失う、ということはなかったが、身体中が痺れて指先一つ動かせない。
敦樹が男に抱き上げられる。敦樹はぐったりとして動かない。
(待て、敦樹を……連れて行かないでくれ、)
神楽の願いも虚しく、敦樹は連れ去られる。
(止めてくれ、僕たちの家族を連れて行かないでくれ………っ!!)
「ではな。返して欲しいなら、何をすればいいか考えることだ」
(敦樹、敦樹!!)
神楽の視界から、敦樹の姿は見えなくなった。
体が痺れて動けない神楽は、ただ倒れ伏して義弟の名を連呼するしか出来なかった。
いつになったらアクセス解析は戻るんですかね(+_+)