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死への憧憬、生への不安

サブタイが思い浮かばない〜( ̄▽ ̄;)

「はぁ、はぁはぁっ………、」

成宮秋は、ずっと走りっぱなしだった足を止めて、息を整える。

「……っ、くるし、」

大きく息を吸った瞬間、左脇腹にズキッという鋭い痛みが走った。

「いっ………!!」

成宮家の寵児、と言われた秋とはいえ、不特定大勢の、しかも成宮の精鋭たちに追われれば無傷では済まないようだ。


「っ、」

恐る恐るシャツの裾を捲ってみれば、青アザが出来ていた。内出血、はしていなさそうだ。これ以上に酷い怪我を負う可能性が高い。でも、それでも。

(僕は、謡様を助けたい、)

大した接点はない。少し前に助けてもらったことがあるだけだ。

『大丈夫?………無理したら、ダメだよ?』

他人のことなのに、まるで自分自身のことのように心配してくれる姿が嬉しくて。でも哀しげな顔が、今も忘れられなくて。

(今度は、僕が謡様を助けたい、)

助ける、というのは烏滸がましいかも知れない。だけど、少しでも力になれるなら。

「見つけたぞ、反逆者」

「!!」

いつの間に、と思う間に走り出す。

「いたぞ、追えっ!!」

このまま謡の家に行けば、助けたい対象である謡にまで迷惑が掛かる。なんとか彼らを撒かなければ。

(兄さん、)

夏の顔が浮かんだが、それを振り払い、秋は全速力で駆け続けた。







誓が学校に向かっている頃、匂は家を出て、芝貫家を見上げていた。

(謡さん、)

誓の言通りならば、謡は部屋に閉じ込められているはずだ。手の中の携帯を見るが、謡は携帯を没収されているようだし、部屋から出られないならば家電にも出られないだろうから、全く役に立ちそうになかった。

(自分の息子を自宅に、とはいえ隔離するなんて……それが親のすること!?)

家の近くで、謡の腕を掴んで問答無用に彼を家に入れようとした、彼の父親の顔が頭に浮かんだ。

(昔は凄く優しくて、謡さんの次に慕ってたのに………今のあの人は、)

春樹が変わってしまったのはいつからだっただろうか。そんなことを考えていると、不意に何かに脳裏を刺激されたような気がした。何か、とても大切なことを忘れているような気がする。

(……何?あたしは何を忘れてるの、)

また謡の部屋のほうへ顔を上げた。

「謡、さん?」

窓が静かに開いて、謡が顔を覗かせたのである。斜め下あたりから見上げている匂には気付かないらしく、ぼんやりした様子で空や周囲を眺める。

(謡さん?)

嫌な予感が匂に忍び寄る。窓からグイッと身を乗り出して、体を空中に投げ出すかのような、

「謡さん!!」

思わず大声を上げて、彼の名を呼んだ。すると、悪戯の見つかってしまった子供のように謡はぎくり……としたようだ。謡の目が地上の匂を捉える。匂が手を振ると、謡の顔が泣き出す直前のようにくしゃりと歪んだ。

(謡さんが、泣いてしまう………)

匂や愁の前では、弱い部分を見せたがらない謡。匂たちを安心させる優しい笑みは今はなく、憔悴した顔が酷く痛々しい。

「謡さん、おはようございます!」

あたしは何普通の挨拶をしてるんだ。謡がどういう状況にいるか分かっていながら、何挨拶をしてるんだ。謡がどのくらい疲れ、悲しんでいるのか分かっていながら、何能天気に挨拶なんか、

「……おはよう、匂ちゃん」

……吹けば消え飛びそうなくらいにか細い声。けれど、それは確かに匂に届いた。……胸が締め付けられる。何かが胸の奥にしこりを作り、凝り固まる。息をすることも忘れ、謡を見上げる。

「遅刻しちゃうよ?……気を付けて行っておいで」

今にも泣き出しそうな笑顔が、更に胸を締め付ける。

「謡さん、あたしは、」

「行ってらっしゃい」

そう言って、謡は顔を引っ込め窓を閉めてしまった。匂はもう何も考えられないまま、学校に向かって走り出した。







もし、と思う。もし、もしも今匂に気付かなければ。

(僕は、何を考えている………)

脳裏を過る、“死”という言葉。

(こんなの、いつものこと。一週間ほど、自由な生活を制限されるだけ。今までだって何回かあったこと。それと変わらない、変わらない………筈なのに)

今日は何故こんなにも“死”というものに惹かれるのだろう。

(楡乃木さん、)

あの人は、約束通りあの場所に居てくれるのだろうか。無性に彼女に会いたくなった。

(楡乃木さん……)

もし、とまた仮定してみる。もし、楡乃木涼子という人間が今の謡の状態を知ったら。

(あの人は、僕を助けてくれるのだろうか)

立てた膝の間に顔を(うず)める。やりきれなさが胸の奥から込み上げてきて、言い様のない感情が自分の中で育ち始めている。

「僕は、」

あるはずのない助けを求めることがどれほど愚かなのか身に沁みて分かっているはずなのに、どうしてまた“助け”を求めてしまうのだろう。………もしかして、自分はまだ“人間”というものを信じているのだろうか。皆でなくて良い、誰か一人でも自分を助けてくれることを期待しているんじゃないだろうか。“期待”をしては、傷付いて。そんな人生を歩んで来た筈なのに、自分はまだ、

(俺はまだ、期待している。人を、信じている。僕は、俺は、………どうしたら良い、)

“現実”と“理想”の狭間で、心は揺れ動き、傷付き続ける。

(楡乃木さん、)

耳元で波がさざめく音が聞こえたような気が、した。







……此処は、何処だろう。追っ手から逃れるために走り続ける内に、秋は見知らぬ土地に入り込んでいたようだ。

(どれだけ僕の行動範囲が狭かったか、これで分かるというもの………)

自嘲気味に呟き、秋は精神集中することにする。

目を閉じ、ゆっくり深呼吸をし、雑念を押し込める。“自分”という概念すら、希薄にさせる。

……完全に、音が消えた。ざわめく雑踏、木々の葉が擦れる音、自分の呼吸音。消えた。

「………………、」

完全なる“無の世界”に、秋は一人立つ。

こうして体に溜まった疲労を癒すのではなく、“忘れさせる”のだ。

癒すことには時間がかかるし、そんな暇も今はない。忘れることは、秋には造作もない。

初めはこんなことのために忘れる訓練を積んだ訳ではない。最初は、

「!」

肩をグイッと掴まれ、秋は“現実”に戻る。道行く人の邪魔になったのだろうか、と思ったが違った。

その人物を認めた秋の目が愕然と見開かれる。

「どうしてあなたが此処に………」

「やっぱりキミか。久しいな」

その人物とは、謡の前世である“彼”の実妹………葉弓だった。









学校に着いた誓は教室にまだ誰もいないことにニヤリ、と笑みを浮かべた。これで秘密の会話も容易く出来るというもの。

「出てこい、烏丸」

「……お気付きで」

烏丸、と呼ばれたのはまだ小学生くらいの女の子だった。真っ黒な御下げ髪が小さな顔を包み、両の目はひんやりとして暖かみの欠片もない。

「何か用か?」

「あなたならご存知かと思いまして」

女の子、烏丸懍(からすまりん)は声変わりの済んでいない高く澄んだ声が言う。

「……………何を?」

「秋様について」

「はっ。やけに範囲広いな。悪いけど、身長体重、好物なんて知らんよ」

「あなたのお兄様と接触した、ということはありませんか?」

「………兄貴と?」

「あの秋様が成宮家を裏切るなど、理由は芝貫謡にしかありませんから。……秋様に今日お会いになりませんでしたか」

「やけにはっきり言うなぁ。でもさ、秋は兄貴に接触出来てない筈だよ」

「それは?」

「兄貴はさぁ、親父のお怒りを買って家に軟禁されてるから」

女の子は眉一つ動かさない。

「ですが、秋様ですよ?軟禁されているとはいえ、一般の家に入ることなど造作もない筈です」

「お前、妙に秋を持ち上げるな。秋の味方なのか?」

懍がふっ、と笑いを洩らす。はっきりした否定を示しているように誓には見えた。

「私は誰の味方でもありません。強いて言うなら、成宮家の味方です」

「さすが」

懍はありがとうございます、と呟き、教室を出て行こうとする。

「もう行くのか?」

「秋様を捕縛しなければなりませんから。それに、誓様より謡様を見張っていたほうが有意義な気がしますし」

全く抑揚のない声で言い放ち、懍は今度こそ教室を出て行った。





“死”と“生”の間で揺れる謡を救えるのは誰でしょうか。秋?匂?それとも、楡乃木涼子でしょうか。作者にも分かりません(……え?)希望はありますが、みんながうまく動いてくれるかどうか……(溜息)

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