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父の逆鱗と弟の剥がれた仮面

意識を失った謡を部屋のベッドに寝かせた後、神楽は雇い主である芝貫春樹と二人で対面していた。場所は芝貫家リビング。誓は春樹たちに茶を出したあと、部屋に戻っている。というより春樹に半ば脅されるようにして戻らされたのだが。

神楽は蒼い顔で俯きがちにしており、春樹はそんな彼をじっと睨むように直視している。

「・・・・・・・・・つまりお前は謡に乞われて私を会社にいさせたんだな?」

「・・・はい」

「今から出るから、父を留めてくれ、そう言われたんだな?」

「はい」

春樹が怒っているのが気配だけで分かる。

「何故それを受け入れた」

「そ、れは・・・・・」

「言ってみろ。神楽が感じたままを言え」

厳命され、従うしかない。神楽は震える声で応える。

「・・・・・謡様は真剣に私にそう仰いました。謡様にもご事情がおありかと思い、私で役に立てるのであれば、と」

「・・・・・そうか」

春樹の応えは短く。逆にそれが神楽を不安にさせる。

「お前の主人は誰だ」

「!!」

予想していた質問がやはり来た。神楽は息を詰める。春樹の顔を正面からマトモに見ることが出来ない。

「神楽」

「・・・・春樹さま、です」

「だがお前は謡を優先したことになるな、これは」

恐れていることが起きそうな予感がする。背中に悪寒が走る。

「神楽」

恐くて返事が出来ない。許してくれないだろうか。

「お前に暇を与える」

恐れていた言葉が、ずっしりと胸の奥に響いた。






芝貫家は何処らへんか訊くと、道行く人はああ、とあっさりと答えた。やはり自宅の場所も有名らしかった。

薮内奏は教えてもらった家の前でバイクを停めた。だが時刻は疾うに十一時近い。親戚でも惑う時間に、赤の他人が訪ねて良い訳がない。だが渉のことで訊きたいことがある。このまま帰るのも抵抗がある。かといって電話で呼び出しをするのも、と思っていると

「……誰?」

いきなりドアが開いたかと思うと、同い年くらいの少年が顔を出した。パジャマを着て肩にタオルをかけている。風呂上がりか。だが謡ではない。

「兄貴の知り合い?」

兄貴、ということは謡の弟か。あまり似てないな、と思う。

「…こんな時間に悪いんだけど、芝貫呼んでくれるか?」

渉がさらわれたと謡の家に電話をした時に出た奴か、と藪内はようやく思い至る。

「無理」

あっさりと言われ、むしろ清々しい気分だったがここで引くわけにはいかない。

「寝てるのか?時間が遅いのは承知してるが、」

「そうじゃないよ。会えないんだ」

「………」

「無理に押し入ろうとか考えないでよ?」

藪内は謡の弟が何を言いたいのかが分からない。核心をついた物言いをしないのだ。

「分かりやすく説明してくれ」

「う〜ん、ちょっと待ってて」

弟は一度家にとって返すと、タオルを置いて戻って来た。

「今家ん中、ごたごたしてるんで外で話しましょう」

普段の誓のことを知らない藪内には当然知る由もないが、今誓は滅多にしない真面目な顔をしていた。






「ん、」

「あ、謡様……」

耳元で聞こえた哀しげな声に、謡は声がした方を見た。頭がぼんやりして、何も考えられない。

「大丈夫ですか?」

「神楽さん、父さん……は、」

「今お風呂をお召しになっています……」

神楽が無理に微笑もうとしているのが分かり、謡は嫌な予感がした。「神楽さん・・・・、何かあったんですか?」

必死に頭を回転させようとするが、なかなか上手く働いてくれない。

「謡様」

「は、はい」

「・・・・私、暇を出されました」

意外な言葉に、謡は目を見開いてバッと起き上がった。だが急に動いたせいか、眩暈を感じた体がぐらりと揺らいだ。

「謡様!」

神楽が慌てて支えてくれる。だがお礼を言うより先に出たのは、

「僕の、せいですか?」

そんな問いだった。神楽が慌てる。

「謡様のせいではありません!私が悪いのです、」

「違う、神楽さんのせいじゃないはずだ!僕が、僕が無理なお願いを神楽さんにしてしまったから、」

謡は神楽の腕を掴み、俯く。

「ごめ、ごめんなさい、僕が・・・・、僕が神楽さんの居場所を奪った、」

「謡様、それは」

神楽の言葉を遮り、謡が大声で謝罪する。

「ごめんなさい、本当にごめんなさいっ・・・・・・!!」

神楽は何と言って良いのか分からないようで、戸惑った顔で謡の後頭部を見ている。

「ごめんなさい!・・・神楽さん、父さんのこと本当に慕って、なのに、なのに」

「謡様、あまりご自身をお責めにならないで下さい、」

「でも、でもっ」

子どものようにダダを捏ねる謡の頭を、神楽の掌が優しく撫でる。

「・・・・・謡様はもう十分疵付いていらっしゃいます。これ以上、しかも私なんかのことで疵付かないで下さい、」

掌の手つきと同じくらい優しい声、言葉に謡の涙は止まることを知らない。

「神楽さん、ごめんなさい、・・・・本当にごめんなさい・・・・・・」

「もう良いですから、もう、謝らないで下さい」

神楽から優しい言葉をかけてもらうほど、謡の心は泣く。だがそれは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。








「勉強、会?」

俺は芝貫誓、兄貴の弟ですと名乗った少年は、はいと頷いて薮内を見返す。

「勉強、ってあの英語数学とか?」

「まぁ、大まかに言えば」

誓は自販機に寄りかかりながら、中空を見つめて言う。

「・・・・ただのそれだけなら、普通なんでしょうけどね。うちの親父が言いつける“勉強会”はそんな生易しいものじゃないんですよ」

「遠まわしな言い方だな。一体どんな会なんだよ」

「所謂軟禁、とあまり変わりませんよ」

何処か皮肉げな口調。

「軟禁、って」

咄嗟に反応出来ない。

「・・・・携帯は必ず取り上げられます。外部との接触は完全に禁じられ、部屋から出るのも制限がかかります。トイレの回数も決められ、食事は部屋で食べます。俺と話すことも出来ない、誰かが尋ねに来ても会わせない。・・・・こんなところです、かね」

諦観の浮かんだ横顔が、謡にかぶる。

薮内は知らぬ間に顔を嫌悪に歪めていたことに気付く。

「それ、実の息子にすることか?犯罪と変わらん気がするが、」

「普通に考えればそうでしょうよ。でも芝貫ですからね。恐らく通報した方が怪我をしますよ」

今どれだけ芝貫が日本という国に影響を与えているのかにおわす発言。しかし幾ら何でも異常すぎる。

「お前にはそういうのはないわけ?」

「俺?俺は期待されてないから、大丈夫みたい」

にへら、と締りのない普段の笑顔が誓の顔に浮かぶ。その笑顔が薮内を触発する。

「何笑ってるわけ?兄貴のこと、心配じゃねえの?」

「心配しても、兄貴が親父を怒らせたのは本当だしさ。馬鹿なんだよ、親父との仲が険悪になってる真っ只中に夜間外出するなんてさ。親父が怒るの、目に見えてるのに」

誓は知らないのだろう。謡が何故夜に外出したのか。不和の父の逆鱗に触れると知りつつも外出しなければならなかったのっぴきならない事情があったことを。

それを知っている薮内は誓の物言いが腹立たしくてしょうがなかった。何も知らないくせに勝手なことを言いやがって、と臍を噛む。

「その顔は、怒ってる?」

何処か楽しむような口調。言葉遣いも敬語から常体になっている。

「お前っ・・・!」

カッとなっている場合ではないのに、謡と話さなければならないというのに、渉のことが心配で仕方ないのに、頭に血が上るのを止めることが出来ない。

思わず誓に手を出しかけ、

「!!」

「俺も一応、芝貫の人間だからさ、護衛はついてるよ。あんたみたいなのを一人で軽々と潰せる奴がね」

何時の間にか現れたサングラスの長身の男が、薮内の腕を掴んでいた。ギリッと骨が軋むほどの膂力で掴まれ、薮内は痛みに呻いた。

「・・・・っ、兄貴のほうには護衛なんか居なかったぞ・・・・」

「それはそれ。俺たち一族も色々事情があるってことかな」

嘯くように言う誓に腹が立つが、押さえ込まれた状態では手も出せない。

「兎に角薮内さん。あまり兄貴には関わらないほうが良いよ?あと苛めもね」

「!!」

何故こいつがそれを知っている?謡の性格からしてあれこれ吹聴することはないと思うのだが。

「度が過ぎると、芝貫が怒るよ。一応兄貴は、“大事”な跡取だからね」

「何が大事な跡取だ!!全然大事にしてないだろうが!」

「馬鹿だね、薮内さん。言葉を信じるなんて、ただの馬鹿だ。言葉なんて所詮飾りに過ぎないんですよ、この世ではね」

意味が分からないことを言うな!と怒鳴る薮内の腕に更に力の負荷がかけられる。

「・・・・・・!!」

「と、まぁ兄貴に会うことは出来ませんよ。親父が溜飲を下げるまで、兄貴は鎖につながれたまま。・・・・上手く親父に取り入れば話くらいはさせてもらえるかもしれないけどね」

あははは、と哄笑を上げ、誓はより掛かっていた自販機から背中を離した。

「俺も帰ります。俺が視界から消えたらそのお兄さんを放してやって」

後半は護衛への言葉なのだろう。誓はそう言うとさっさと歩いて行ってしまう。

「ちょ、待て・・・・って、痛てぇっての!!」

護衛に怒鳴っても、力は一切緩まない。薮内は怒声を上げて誓の遠ざかる背中に呼びかけたが、彼は一切振り返ることはなかった。









あまり出番のなかった、謡の弟・誓がようやくでばって(?)来ました〜。兄を心配してるのか否か、よく分かんない人ですねぇ〜…。

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