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公園にて

こんなときでもお腹ってすくんだな、と、もがき疲れた渉は思った。謎の女性が出ていってから早十分はたとうとしている。

(…芝貫くんは、来てくれるのかな、)

恐らく謡の性格上来るだろう。何があっても。

(……無理、しないで欲しいな………)

渉はそう思った。




「楡乃木さんっ!!」

「……謡?」

最近はしょっちゅう謡に会っている気がする。ただ、向こうから会いに来るのだが。

「どうした、そんなに慌てて……こんな時間に大丈夫なのか?」

「あ、あの、僕、あなたに訊きたいことが……」

一体なんだろうか。父親に叱咤されるのを承知で外出してまで訊きたいことがあるのだろうか。涼子が眉を寄せて謡の言葉を待っていると、彼はようやく息を整えて話し出した。

「あ、あの藍田君を知りませんか?」

予想外の出だしに、涼子は更に眉を寄せる。

「藍田?この前の犬を抱えた少年か?」

「・・・・・知らないんですか?」

「知らない、というのはどういう意味で?」

謡の顔がどんどん戸惑いを浮かべるのが分かる。だが涼子にも謡が何を言いたいのかがサッパリ分からない。

「そ、その、今日会ったりはしてないんですか?」

「その藍田とか?何故?」

「え、な、何故って言われても・・・」

「はっきりしないな。私に何が訊きたいんだ?」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

謡も涼子も互いに困った顔を見合わせる。そのとき、




「やぁ、来てくれたんだね・・・芝貫謡」




という自棄に明るい声が園内に響いた。

「・・・・・葉弓?」

「やっぱり、あなたが・・・・・?」

涼子は思わず謡を見遣る。謡も涼子を見返す。

「謡、葉弓のこと知ってるのか?」

「・・・前に、僕と愁君が不良に絡まれたとき、助けてくれたんです」

「・・・・・・」

葉弓が軽い足取りで二人のいるベンチに近付いて来る。

「藍田君は何処ですか?・・・それに、僕を呼び出したのはどうしてですか?」

涼子は全く話が見えず、謡と葉弓を等分に見遣る。謡の横顔は硬い。対して葉弓は楽しげににこにこと笑っている。彼女が健全に笑っているときほど面倒くさいことが起こることを、涼子はよく知っていた。

「謡、どういうこと?」

「・・・・・・さっき、クラスメートの薮内君ていう人から電話があったんです。藍田君が変な女に攫われたって。左目が前髪で隠れてて、半袖のコートみたいな服を着ていた女に。その人は、僕にこの公園に来るように言っていたそうです」

それを聞いた涼子は、無言でベンチから立ち上がった。温度のない冷たい瞳で、葉弓を睨みつける。

「・・・・冗談だと言ったな、貴様は」

咽の奥から這い出すような低く淀んだ声で、涼子が言う。今まで聞いたことの無い口調に、謡は背中がぞっと粟立つのを感じた。

「楡乃木さん、」

「謡は黙ってろ」

「・・・・・・・・・・!」

「葉弓、どういうつもりだ」

「うふふ。あまり余計なことはしたくないんだけどね」

「・・・・・・・・」

「藍田渉は無事だよ。君を以前不良から助けた路地に、廃業になったアンティークの店があったでしょ?あそこで大人しくしてもらってるから。四肢は縛らせてもらってるけど、危害は加えてないから安心して?」

葉弓は謡の手を取る。冷たくひんやりした手だ。葉弓の手は火照りそうなほど熱いのに。

「葉弓」

「嫌だなぁ、そんな恐そうな顔しないでよ・・・・・あんたのためを思ってしてるのに」

謡は涼子と葉弓が一体何を言っているのかさっぱり掴めない。だが。

(・・・・俺は、この光景を知ってる?)

涼子と葉弓が、謡を挟んで口論をしている光景を見たような気がする。奇妙な既視感(デジャビュ)


「私のため?ふざけるな、お前が楽しいだけだろ」

「酷い言い方。ねえ、謡?」

葉弓が親しげに謡の頬に触れようとする。しかし素早く動いた涼子の手が、葉弓の手を払っていた。ぱちん、と音が響く。

手を払われた葉弓より、謡のほうが身を竦ませる。それに気付いた葉弓が、謡の耳元でボソッと囁く。

「お父さんに頬っぺた叩かれたこと、思い出したの?」

「っ!」

「・・・・・・・」

涼子が葉弓の頬を引っぱたこうとする。しかし謡が止める。

「楡乃木さん、ダメです・・・・・・・っ」

「謡、」

「僕は大丈夫ですから、」

「ぷ、あははははははははははは!!」

いきなり葉弓が大声で笑い出した。腹を抱え、心の中から楽しそうに。謡はポカン、と呆気に取られ、涼子は不愉快そうに顔を顰めた。

「いやぁ、二人の会話を聞いてて常々思ってたけど、謡は本当に面白い子だね!」

「・・・・・・・・」

「私は君の知り合いを攫ったんだよ?言わば悪人だ。なのに、そんな人間を庇ってくれるとはね!どれだけ馬鹿なのかな、あはははははははははっ!!」

「お前、」

涼子が葉弓に近付く。すると葉弓は笑いを一気に引っ込め、

「待って」

「何が、」

葉弓は謡の顔を見て、

「一つ質問があるの」

「は、はい」

一体何を訊かれるのか、謡は緊張する。

「君はさ、“輪廻”って信じる?」

「・・・・・・輪廻、ですか?」

「そう、輪廻転生。つまり生まれ変わるってことだね、平たく言えば」

謡は戸惑うしかない。いきなりそんな質問をこの場でされるとは思っていなかったのだから。涼子を見れば、彼女らしくなく硬い表情で固まっている。体が小さく震えて見えるのは謡の目の錯覚だろうか。

「どう?信じる?」

「い、いきなり言われても、」

「あぁ、そんなに深刻に考えなくても良いから。何となくでいいの。答え如何で藍田渉を殺すとかはしないから」

謡はそれを聞いて少し安心したのか、

「・・・・・・あまり、信じません」

と答える。

「そう。“彼”とは考えが違うんだね」

彼?

謡は眉を寄せる。彼、とは誰のことだろう。思わず涼子を見れば、涼子は唇を噛んで葉弓を睨んでいる。自分の答えのせいだろうか。それとも、葉弓の言った“彼”のせい?

ズキッと、何故か胸が痛む。

「彼、って」

「それはぁ、」

「葉弓!!」

涼子が葉弓の口を塞ぐ。

「に、楡乃木さん・・・・・・・」

「謡は違う!あの人じゃない!!」

「あれぇ?あんただって言ってたじゃん。謡が“彼”に似てるって」

「そんなこと言ってない!」

「素直じゃないなぁ。どうしてそんなに嫌がるの?もし謡が“彼”なら起きてもらったほうが良いじゃんか」

「だから謡は違うと言ってるだろう!あの人はもっと強くて・・・!」

「まあ確かに謡は強いっていう感じじゃないけど」

「そんなことは言ってないだろう!!」

涼子は普段なら上げない金切り声を上げてまた手を振り上げた。

「楡乃木さん、落ち着いてくださいっ!」

見ていられなくなって、謡は涼子の腕を掴んだ。

「!」

その衝撃で、涼子はビクッと身を震わせて口を閉ざした。涼子の目と、謡の戸惑った目が合う。

「に、楡乃木さん、」

謡の声は今にも泣き出しそうに震えていて。それが涼子に冷静さをもたらした。


「・・・・・・」

目で放せ、と訴えると謡は素直に腕を放した。

「久々に見たなぁ。“彼”のことで乱れるあんた」

葉弓の笑顔に、涼子は冷めた目で応える。

「・・・・・藍田渉を家に返してもらうぞ」

「あらら、もう元に戻っちゃった。そんなに謡の存在はあんたにとって大事なのかな」

「煩い。あんたに構ってるほど私は暇じゃないんだ。言う通りにしろ」

「嫌だよ。だって、謡が“彼”が確かめるためにこんなことしてるんだよ?なら、確かめないと気がすまない」

「・・・・・どうやって確かめる気?」

またにっこりと葉弓が笑う。

「そんなの決まってる。少し藍田君を可愛がるの」

ピクッと謡が肩を震わせる。

「可愛がる?」

「言ったじゃん。謡が“彼”なら大事な人間が危なくなったり自分が危なくなったりしたら“力”を発現させるんじゃないかって。いつぞやあんたを守った“あの時”みたいに」


あの時?さっきから彼だのあの時だの謡にはわからないことばかり話され、二人に付いていけない。だがなにやら不穏な空気が漂いつづけていることだけは肌で嫌というほど感じている。このままでは渉の身が危ないということにも、気付いている。

「・・・・・・」

「あれ、止めろとか言わないの?」

葉弓がさも意外だと言わんばかりに目を見開く。

「楡乃木さん、」

「・・・・・・・もし謡があの人でも、それで覚醒するとは思えないな」

「はひゃ?」

葉弓の口から奇妙な感嘆詞が洩れる。

「謡とあのガキは大して親交はないはずだ。あまつさえ謡はあいつの属するグループに苛められていたんだ。謡があいつを気にする理由はないだろう」

涼子の言う事は最もだった。渉と謡は友人と言えるほどの付き合いはないし、実際に手を出していないとはいえ、渉は謡を苛めていたグループに形だけとはいえ与する形になっていたのだ。その渉が痛い目に遭っても、少し心を痛めはするだろうが身を挺して守る、といったことにはならないだろう。謡が優しい人間だとしても、まさかそこまではしないだろうと涼子は思って言ったのだが。だが、

「楡乃木さん、」

謡は放課後に渉と和解したことを涼子に話さなかったことを後悔していた。それを葉弓に悟られぬように涼子に伝えようとしたのだが。

「なぁんだ、もう仲良しになってるんじゃん」

葉弓は気付いた。それはそれは嬉しそうに、晴れ晴れとした顔で笑う。一陣の強風が吹き付け、左目を覆う前髪が浮く。

「!!」

左目が賤しく下卑た笑みを浮かべているのを見て、謡は瞬時に葉弓の本性に勘付いた。

(この人は、平気で他人を傷つける・・・・・・・・・)

「じゃ、この前のアンティークの店で待ってるね。お友達の藍田渉君と一緒にさ♪」

「ま、待って・・・・・!!」

謡が葉弓に手を伸ばそうとするが、遅い。葉弓はバイバイ、と言いながら後ろに跳び退り、脱兎の如く駆け出した。謡は彼女を追おうとするが、その手を涼子が掴む。

「い、行かなきゃ。藍田君が、」

「謡が行く必要はないだろう。あいつはお前を苛めていたんだぞ?」

「違うんです、藍田君は僕を苛めたくて薮内君のグループにいたわけじゃないんです!」

「何を訳の分からないことを言ってるんだ、謡。あんな奴、放っとけばいいじゃないか」

葉弓の遊戯に付き合うことはない。涼子はそう言いたかっただけなのだが。

「!!」

初めて謡にギッと睨みつけられて、涼子は息を呑んだ。あろうことか、謡の眼光に怯む。

(・・・・・・・・一体なんなんだ、)

「放してください、藍田君は僕の大事な友達なんです」

自分を苛めていた人間を大事な友達だと?

涼子には謡が理解できなかった。

『・・・・・・いけません。彼女は僕の大事な妹ですから』

(あなたはおかしい。だってあの女は兄であるあなたを殺そうとまでしたのですよ?なのにどうして妹というだけで許せるのですか)

その問いは、決して発することは出来なかった。言おうと口を開くたび、あの人が酷く悲しげな顔をするから、言えなくなったのだ。あの人を、悲しませたくなかったから。

「僕、行きます」

“過去”のあの人とのやり取りを思い出し無防備になった涼子の手から逃れ、謡は葉弓を追って走り出した。

(私にはあの人が何を考えているか分からない。そう、改めて認識した・・・・・・それからすぐ、“あれ”が起こった)

涼子はしばらくたった一人立ち尽くしたまま、“過去”に意識を飛ばしたままだった。







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