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第七話

「で、今こうしているってワケね。」


「はい、すいませんでした。」


腰に手をやり見下ろすリーリス。


正座させられているルースは顔がボコボコにされている。


リーリスの鉄拳が炸裂したのだ、五発くらい。


“一発殴らなきゃ”とは一体……。


まあ、首チョンパンチが出なかっただけラッキーと思う他ないだろう。


「オレ達は飯もまだだと言うのに。」


ヴォルも若干ご立腹だ。


「……鼻の下を伸ばして、なーにが『うん、美味しいよ♡』ですか。」


パティナは結構キレていた。


相変わらず脳内改変が酷い、別に♡は付いてなかっただろう。


「あのー、みなさん? 誤解だって事は分かったんだから、もうそのくらいでいいじゃないですか。」


ルースはハメられただけで、悪い事はしていないだろう。


まあ、シュンにもみんなが怒るのもわかる。


なんだかんだ心配していたのだ。


空腹に耐え、モンスターと戦い、冒険者の貴重な収入源である“剥ぎ取り”すらしないでここまで急いで来たのだ。


挙句があの光景では、誤解だろうが濡れ衣だろうが一言苦言も呈したくなるだろう。


だがもう、三〇分以上はこうしている。


ちなみにレイテスも他の者に連れて行かれ、お説教の最中である。


「……そうね、じゃあ最後にもう一度聞くけど、本当にあのエルフとは何も無かったのね?」


リーリスが勘繰りたくなるくらい、レイテスはベタベタしていた。


「もちろん何もない! 俺はそんな事はしない。」


「そう、まあ別に、アンタが誰と何をしようともアタシの知った事じゃないけど、その……そう、リーダーなんだから軽はずみな真似をされたら困るから聞いてるんだからね。」


別に変な意味で聞いてるんじゃないんだからね、と、あからさまにホッとした様子になる。


実にツンデレっぽい仕草だ。


「ルースさんがそんな変な事をする人じゃないって事は信じてましたけど、気を付けてくださいね。」


おい、パティナ。


「まったくだ、悪気は無いかもしれないが隙があるからそうなる。」


え、今のパティナのセリフはスルーですか?


シュンがそう思っていると、レイテスがやって来た。


「みなさん、グスッ、里長がお会いになるそうですので、ヒック、こちらへ来てください。」


なんか半ベソをかいている……相当怒られたんだろうか。



今現在、最初に案内された広場にシュン達はいた。


そこから里長のいる此処では一番大きい建物へと通された。


そこに一人の女性の老エルフが座っていた。


「皆様、よう来なすった。」


来たと言うか、来させられたと言うか。


「話はそこのレイテスから聞いておりますじゃ、大したもてなしも出来ませんが、どうかお寛ぎ下され。」


目の前には酒宴が用意されていた。


肉に魚に野菜に果物木の実、酒も肴も盛り沢山である。


「うちの若いのが手荒な真似をした様で、この婆が謝らせていただきますじゃ。」


どうやら謝罪の意味も含まれているみたいだ。


「いえそんな、お気になさらないで下さい。」


「そうですよ、むしろうちのバカがご迷惑を。」


ルースとリーリスが揃って恐縮する。


「それよりせっかくの料理だ、冷めないうちに頂こう。」


「では、えーっと……里長さんご馳走になります。」


「ルーセリーナと申しますじゃ、たんと召し上がった下され。」


シュンがピクリとなる。


(ルーセリーナ……ん?ルー……)


「そこのお嬢ちゃんも、いや、男子(おのこ)かの? 遠慮せずに。」


「あ、ええ、はい頂きます。」


いやそんなまさかな、シュンは思う。


「おや、そちらのお嬢さんはドルイドさんだね。」


「あ、ハイ、ルーセリーナ様みたいなご高齢のエルフにお会いできて光栄です。」


高齢……とはいえそんな事ってあるかな、と、食事に手を付けながらも考え込むシュン。


二千年ぶりの食事だというのに落ち着かない。


その間にも歓談は続く。


「それにしても英雄の墓標とは?」


先ほどルースから聞いた事をヴォルがルーセリーナに尋ねる。


「余所ではいろいろ言われてる様ですじゃが、あそこには命と引き換えに世界を護った英雄、勇者様が眠る墳墓の様なもの……儂はそう信じているのですじゃ。」


そう言うと懐から古びたアミュレットを取り出し、懐かしそうに、愛おしそうにそれを撫でる。


(あ、あ、あのアミュレット……まさか、まさか本当に。)


稚拙な造りだ。


菱形の皮縫いの本体にに翠耀石(すいようせき)を無様に埋め込み、細い金銀の鎖を巻いたもの……シュンが作った物だ。


「わあ、ステキなアミュレットですね。」


「ふふ、ありがとうございますじゃ、これは儂の宝物でな、その勇者様に頂いたものなのですじゃ。」


(い、生きて……いた……まさか、あの時代を、あれからの過酷な時代を。)


二千年前、毎日が魔族との戦いだった。


毎日多くの人々が魔族に殺され、苦しめられていた。


(最後に会ったのはいつだったろうか……ああそうだ、魔王との決戦の一年くらい前だったはずだ、別れ際にあのお守りをあげたんだっけか。)


「ルー……ちゃん。」


口からこぼれる懐かしい呼び名。


「おいシュン、失礼だろう。」


「シュン君いくらなんでも、ちゃん付けって。」


「構いませんですじゃ、懐かしい……呼ばれ方ですじゃよ。」


シュンは立ち上がる。


記憶喪失設定も何もかも忘れて立ち上がる。


我慢はできそうにない、生きていたのだ……この長い時を。


『お兄ちゃん、待ってる……ずっと。』そんな台詞が脳裏をよぎる。


よろよろと、おずおずとルーセリーナに近寄るシュン。


レイテスが身構える。


「キミ、それ以上ルーセリーナ様に……」


それを手で制するルーセリーナ。


そのままシュンは座っていたルーセリーナの頭を抱きしめる。


「ルーちゃん、生きていてくれたんだな……ずっとずっと……待っててくれたんだな。」


シュンは嗚咽が止まらない、涙が滂沱と溢れてくる。




ルーセリーナは期待していた。


ルースを捕らえてきた者達から、ヘキサピラーから少年が現れたと聞いて。


自分の知るシュン兄ちゃんは青年のはずだった。


だから違うかもしれない。


でも、あの場所に現れたのならそうかもしれない。


確かめずにはいられなかった。


もちろん望み薄なのは分かっている。


たとえ死んでいなくても魔王を倒したシュン兄ちゃんは自分の世界に帰って行ってしまったはずだ。


ずっと待ってるなんて言ったけど、『ああ勿論だ』なんて言ってくれたけど、帰ってこないことぐらい当時の自分にだってわかっていた。


ただ万が一、いや兆が一にものその可能性にかけてみたい、そんな思いだった。


酒宴を用意し全員を招待し、一人一人見渡した……少年がいない。


失望しかけたが、よく見ると女の子と思わせておいてからの男の娘もとい、男の子の様だ。


彼がそうなのか? でもワタシのシュン兄ちゃんはあんなカッコはしない。


やっぱり違うのか。


でも一応、念のため……違うとは思うけど念のためにワタシの宝物、シュン兄ちゃんのアミュレットを出して反応を伺ってみよう。


ちょうど上手い具合にぶっきらぼうなアンちゃんがいい事を聞いてくれた。


さりげなくアミュレットを取り出す。


……どうだ?


……ビンゴおおおおお!


今間違いなく“ルーちゃん”って言ったああ!


その名前で呼ぶのは間違いなくシュン兄ちゃんだああ!


ルーセリーナのテンションは過去最高潮に達した。


が、まだだ。


まだまだ取り乱すわけにはいかない。


ああ、シュン兄ちゃんが近づいてくる……ええいレイテス邪魔するな。


ルーセリーナはドキドキしながらその瞬間を待つ。


「ルーちゃん、生きていてくれたんだな……」


きたああああああ! 死ねるもうこれは死んじゃう、私の生は今報われたああ!




「ほ、ホントに……シュン、兄ちゃんなの……本物なの、ホントにホントの……。」


「ああ、ああそうだとも。」


「もう、遅いよ……ワタシこんなお婆ちゃんになっちゃったじゃん。」


「ルーちゃんはルーちゃんだ、何も変わらないかわいい俺の妹だ。」


周囲を置いてけぼりにして、二人の時間は今や二千年前のそれだった。


お婆ちゃん言葉はどこへやら、年老いたルーセリーナは若かりし当時を取り戻し、若返りしシュンは当時になり戻り、抱擁を続ける……夜はまだまだ宵の口だった。

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