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第六話

“ユラの里”それがこの里の名であり彼女、レイテスの故郷だ。


エルフ発祥の地である“アルブフェイム”からこの集落の民が移住してきたのがおよそ五百年前。


レイテスはこの里で生まれた一番若いエルフだ。


未だ百に満たない年齢のレイテスは、閉じた世界であるこの集落から外に出てみたかった。


里長はその辺り寛容で、『絶対にダメだ』とは言わなかった。


しかし、せめて百まではこの集落内で知識や魔法、弓の技術などを磨いてからと、そう言われてしまい、今は我慢の時だった。


「後二年かあ。」


思わず独りごつ。


エルフにとって二年などは物の数では無いが、気がはやる分長く感じてしまう。


ましてや年若いエルフというのは、大人たちと違いまだ時間の感覚はそれほど鈍くなっていない、二年は二年なのだ。


後二年腕を磨いたからどうこうなるものでも無いだろう、そんな事を考える。


今里を出るのと一体何の違いが出るというのか、といった疑問をこの所ずっと抱えている。


だが里長の言は絶対である。


アルブフェイムを捨て、ここを新天地と定めたのは里長だ。


付き従ったのは皆里長に絶対の信頼を寄せる者たちだ。


それほどの“カリスマ里長”がそう言うのだから何か理由があるのかもしれないが、レイテスには分からないためヤキモキしてしまう。


何せ大人たちの噂では里長は当年取って二千百五歳だそうで、これほどの高齢なエルフは他にはいないらしい。


「さーて、考えても仕方ないから今日の仕事の続きやっちゃおっと。」


あえて声に出して気持ちを切り替える。


『ヘキサピラーの封印が破られ凄まじい神霊力が溢れた』


そんな話が集落内を駆け巡ったのはその時だった。


そもそもこの地に定住を決めたのはそのヘキサピラーを見守るためだったらしい。


里長がどうしても此処じゃなければといけないと頑なに主張したそうなのだが、その理由がヘキサピラーなのだとか。


そこで命を落とした英霊の鎮魂のために、平和に暮らす自分たちの姿を捧げ物にするのだと、里長は言っていた。


ヘキサピラーはその英霊の墓標なのだとも言っていた。


レイテスも小さい頃に寝物語に、その英雄の話をよく聞かされていた。


その英雄は人間だった。


それ故にレイテスは外の世界で人間や、多人種との冒険を夢見るようになったのだ。


巷では魔王が封印されているという噂のなっている事もレイテスは知らなかった。


「ヘキサピラーの、封印?」


レイテスは墓標と聞かされていた。


「ねえ、封印って何?」


手近にいた大人に聞いてみるレイテス。


「……一先ず広場に集まれ。」



言われるままに集落中央の広場に行くと、集落のもの全てが集まっていた。


狩りに出ていた者まで呼び戻し、緊急集会が開かれた。


異様な事態に皆がざわついている。


「皆の者! これより里長から話がある。」


補佐役である長老が一同を鎮める。


すると、その後ろから長老よりもさらに年嵩の言った老婆があらわれる。


里長の、ルーセリーナである。


二千百五歳……一体どれほどの人生だったのだろうか。


その顔に刻まれた年輪の深さは、それだけで見る者に畏敬の念を抱かせる。


「皆よ、落ち着くのじゃ……この世の終りじゃあるまいに。」


その落ち着いた様子に、レイテスを始め皆が落ち着きを取り戻し始める。


ルーセリーナはこの里の精神的支柱であり、指導者である。


そのルーセリーナさえいれば、何も心配する必要など無いのだと皆が信頼しているのだ。


「皆知っての通り、この里は“英霊の墓標”を安堵する為にここに作られたものじゃ。」


そう言うルーセリーナの顔には憂いが見える様な気がした。


あの様な聖遺物と言っても過言では無い様な物を直すことなど不可能だからだろうか。


「じゃが、それはこの老いぼれの勝手な思いじゃ……ワシももう長くは無い、皆がそれに付き合う必要など無いのじゃ。」


悲しい言葉だった。


「アレは巷で言われている様な物騒な代物では無い、害を及ぼすことなどありえない事じゃ。」


皆ルーセリーナの事が好きで、尊敬しているのだ。


「安心してそのままの営みを続ける事がこの婆の望みじゃ。」


本心なのかもしれない、でもルーセリーナが深く傷付いているのがレイテスにはよく分かった、もちろん皆もだろう。


それを押し殺して皆に心配をかけない様にと心を砕くルーセリーナの姿に胸が痛んだ。


「ルーセリーナの名の下に宣言しよう……この村の使命はおわっ……」


「待って下さい里長よ!」


ルーセリーナに最後まで言わせず一人が叫んだ。


「そうです、この地は英霊の揺籠だ!」


「戦い疲れた勇者の魂が眠る場所です!」


「貴方が教えてくれた事じゃ無いですか!」


次々に声が上がる。


レイテスは心が暖かくなるのを感じた。


ルーセリーナが皆を想うのと同じ様に皆、ルーセリーナの事を想っているのだと。


確かにルーセリーナの余命はあと幾ばくかだろう。


もっともっと長生きをしてもらいたいが、正直エルフの寿命というものを知る者は居ない。


だが、エルフ最高齢というのがそれが近いのでは無いかと言う事を物語っている。


「皆の気持ち嬉しく思う……じゃがの。」


「ワタシが犯人を捕まえてきます!」


だからこそ、ルーセリーナには最後まで安らかでいてもらいたい。


レイテスは名乗りを上げた。




ルミラルド、イオヴァス、シェリフースの三人の男達が付いて行くと言い出した。

イオヴァスが怪しい人間の一団を見たというのだ。


寂れているとは言えヘキサピラーまで道は作られているし、特に珍しくも無いが、タイミング的には確かに怪しい。


犯人ではなくとも何かを知っているかもしれない。


森の中で人間を見つけるなどエルフには造作もない事で、すぐに目当ての人間を見つけた。


「おい、五人組って話じゃなかったか。」


「そうだな、二人しかいないぞ。」


「いや、単に別行動をとってるんだろ。」


「ああそうか、食料調達か。」


「あの緑のローブ、ドルイドもいるのか。」


男共の言葉はレイテスの耳には入らない、その視線はただ一点に絞られていたからだ。


白銀の鎧を纏った男、ルースにである。


まさにレイテスが憧れ、夢にまで見た英雄のイメージそのままであった。


(ああ、王子様がワタシを迎えに……)


ポーッとしながらも、“バウンダリーインテグレイション”という、自分を森の中に溶け込ませ、風景の一部と化すエルフの種族スキルを使いながら近づいていく。


「馬鹿、レイテス先行しすぎだ。」


「ドルイドだっているんだぞ。」


「いや待て、ちょっと可哀想だがいい案がある。」


男達がひそひそと話し合う。


その間にもレイテスはズリズリと匍匐前進でルースに近づいて行き、あと数歩という距離まで迫った。


人間をこんなに間近で見たのは初めてだったが、恐怖よりも好奇心が勝った。


(ああ、なんて凛々しい姿なの、このままワタシをさらって欲しいぐらい。)


もはや目的を完全に忘れている様だった。


ルーセリーナに安らかにしていて欲しいとは何だったのか。


ルースの手が自分に近づいてくる。


(ま、まさか本当に!)


ビリビリビリー


レイテスの衣服は破かれた。


一瞬、何が起こったかわからずキョトンとしてしまいスキルが解かれる……目が合う。


ルミラルドの仕業である。


“ワイルドハーベスト”本来は山菜の収穫用の魔法で、山菜の根を脆くして収穫しやすくするというささやかな魔法だ。


これをレイテスに掛けたのだ。


普通であれば何の意味もない事だが、今のレイテスはバウンダリーインテグレイションによって周りの草木と一体化をしている……当然その中には山菜も含まれていて、レイテスの服は破けやすい状態になっていた。


エルフのスキルは魔法すら騙すのだ。


シェリフースの策であった。


贄となったレイテスは堪らない、羞恥に顔を紅潮させこれから起こるかも知れない惨劇に身を震わせた。


「ち、違うんだ、……」


(ちち)が……生んだ?


(ワタシの乳、胸がこの方の欲望を刺激してしまったというの?)


もはや支離滅裂な誤解だがレイテスは気付かない。


(何て事なの、そう言えば英雄は女好きって聞いた事もある……でもそんな、みんなもいるのに。)


何だかまんざらでもなさそうになってきた様だ。


完全に吊り橋効果というやつである。


「おい、貴様あ!」


と、そこで思考が途切れる。


あれよあれよとルースを連れ去る仲間達。


慌てて胸を手で隠しながら後を追うレイテス。


「こんなに上手くいくとはなあ……。」


「ああ、この人間も馬鹿なのか空気を読むのが上手いのか……。」


「俺の策なんだから上手くいって当然だろ。」


ルースには聞こえない様に“スラーシュトーク”というエルフの内緒話スキルで会話する男達。


レイテスは顔を赤らめ聞いていない。


「待ってくれ、謝罪はする……でも仲間がいるんだ。」


「分かっている、でもお前には里まで来てもらう。」


「ドルイドがいただろう、アレなら足跡をたどってこれるさ。」


女性に狼藉を働いたルースは強く出れない。


「なあに、里はそれほど遠くないし手荒な事もしない、安心しな。」


「どういう事だ?」


「気にするな。」


「とにかく話は里に着いてからだ。」


こちらの問いにまともに答える気はないと感じて観念し、皆んなならきっと助けに来てくれるはずだとルース信じていたのだ。


ユラの里に着くなり、男達から真相を聞き、自分が女性に乱暴を働いた訳ではないと知り安心する。


だが、肝心のレイテスは、やはり話を聞いていない様だったのがルースには引っ掛かった。


「そういう訳で俺たちに事の顛末を聞かせてくれないか。」


彼らは見ず知らずのルースを多少なり警戒し、自分たちで詳細を聞き、それをルーセリーナに伝えようと考えた。


ルースも彼らが墓守りの様な存在だと知り、自分の知っているヘキサピラーの話との食い違いを感じながらも詳しく説明する。


もちろんモルドーヴの事は身内の恥なのでボカして話す。


「それで、記憶喪失の少年が召喚されたと……どんな話だそれは。」


「さあ、もう話は終わったわね、お腹減ってるでしょ、こっちに用意してあるわ。」


レイテスが待ちかねたとばかりにルースを連れて行く。


レイテスはこれはもう運命だと思っていた。


エルフ娘と人間の英雄との厳しくも甘酸っぱい冒険何てルーセリーナ様の話そのままじゃない、とまで思っていた。


完全に着いて行く気である。


ルースを広場に招くと、ことさらシナを作り手ずから料理を食べさせる。


もちろん手作りだ。


今日の仕事は料理当番だったので、すでにある程度仕込んであったため、話の間に仕上げたのだ……全て気に入られたい一心である。


そんなレイテスの様子に、特に人間に対して悪感情を持っていなかった里の者達も、誇り高きエルフが何てザマだとため息を漏らす。


「それって俺たちの飯だろ。」


誰かが言うとため息はより深くなった。

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