第六十話
「も、もおお……一体なんだっだのよ」
辺りが平穏に戻り気が抜けたのかリルが内股でヘタリ込む。
「……いったい何しに来たんだ? 」
エミの疑問ももっともだろう。
「面白半分にちょっかいかけに来ただけなんじゃねえのか」
シュンは軽い感じでエミに答える。
実際に魔族などにもそういう奴がいた。 バーティービジットからも感じたが、そういう奴らは大抵格上ぶって本気を出さずにこちらを測るようにするものだった。
「ワタクシの退魔術に恐れをなして退散したんですわ」
そう言う感じでは無かったが、自分の魔法でヴォーエンスイエーガーにダメージを与えることが出来たのでミラは若干興奮気味だ。
何せ相手は“亡者の始祖”に連なるモノ、自分達退魔師の宿敵なのだから相対するだけでも退魔師の誉れだ。
「ホントにミラの魔法凄かったですよ。 あんなおっかないアンデッドの下半身を吹き飛ばしたんですから」
「ああ、どうしてなかなかいい退魔術を持っているじゃないか」
スキルの使い過ぎで動けないリアの介護をしながらマリがミラを賞賛すると、シュンも素直な感想を口にし、エミもリルも相づちを打つ。
「こ、このくらいで大袈裟ですわでございますわ」
ミラは照れているのか、おかしな言葉を発しながら赤くなってそっぽを向く。
「ダンナ達ぃぃ! 凄いでやんすよ。 一番格下とはいえあのヴォーエンスイエーガーのバーティービジットを撃退しちまうだなんてぇ!」
リュックが顎でピョンピョン跳ねながら近づいて来る。
「お前今まで随分と静かだっだじゃないか」
「いやだってダンナ、アレでヤンスよ、ヴォーエンスイエーガーなんて出てきた日にゃあアッシが裏切りモンだとバレて一体どんな目にあわされる事だか分かったもんじゃないでヤンス。 それにアレだけアンデッド特効の攻撃ばかりしてるトコにアッシが近寄ろうモンなら一瞬で浄化されるでヤンスよ」
「そうかもしれんが、回復ポーションはお前に仕舞ってあるんだから頑張ってこっちに来るぐらいの忠誠心を見せてもらいたいモンだったな」
そう言いながらシュンはリュックに手を突っ込みポーションを取り出す。
「リア、回復役がそれじゃあ何かと困るだろう……これを飲むんだ」
シュンがそれを自分で飲めば早いだろうが、疲労困憊なのはシュンだけではない。
リアが回復すればスキルで低位のポーションを量産できるので皆に行き渡るだろう。 皆といってもエミには必要なさそうだが。
しかしリアはより一層血の気の失せた顔をして首を左右に振る。
「ちょっとシュン!リアに変なもの飲まそうとしないで!」
リルが猛抗議をする。
「変なものとは心外な、れっきとした回復ポーションだぞ……多分」
リュックへの効き目を見る限り充分な効能はあるようにみえる。
回復効果に関しては試してはいないが、作り方は間違ってないはずだし、毒ではないのだから昔と今で多少の差異はあろうとも問題はないだろう。 少なくともシュンはそう思っている。
「多分て……」
「でもシュン君、それって薬草由来のポーションですよね? リアはスキルの使い過ぎによる疲労ですから用途が違うと思いますよ」
リルはシュンの返答に半ば呆れ、マリはシュンの思い違いにツッコミを入れる。
「え、違うの? スキルって何か特殊なモノを消費して使うものなのか?」
シュンは体力回復と魔力回復が違うものだというくらいは知っているが、スキル疲労まで別の専用薬が必要だとは考えてもいなかった。
もっともスキルというものがシュンの知るものとは違って多分に魔法的要素が加わっていそうなので、言われてみれば納得はできる。
「スキル疲労にはコレです」
マリは自分の荷物から防水仕様の紙に包まれた粉末状の薬を見せる。
「これを水に溶いて飲むと効くんですよ、俗にSP回復薬って言うんです」
シュンはそれを見て『おや?』と思う。
「それならこのポーションにも入っている、だったらこれでも効くだろう」
「シュンは何が何でも自作ポーションの実験がしたいみたいだな」
エミに図星を突かれたシュンは『うるさい、人聞きの悪い事を言うな』と思いつつも、何も言わずにポーションの詰まったブロウラビットの腸をリアの頭上で引きちぎる。
皆が『あっ!!』と言う顔をする。
パシャ……と小さい音を立ててポーションがリアに降り掛かる。
「……本当に効き目はあるみたい」
リアが喋った。
「ちょ、リア……平気なの? 」
リルが心配そうにリアに声をかける。
「うん……何というか……全快してるっぽい」
リアはこのポーションに興味があった。 出来ればその効能を見てみたいとは思っていた。
それを自分で体験できるというのは悪い事ではないとも思う。
とは言え、製作段階を見ているので飲む事には抵抗があったため先程は一瞬青ざめたが、体外摂取でも効果ががあるとは驚きだ。
普通ポーションは経口摂取が普通で、振り掛けただけで効果が出るようなモノはかなりの高級品である。
元々高位のポーションであると予想はしていたがこれほどとは……とリルも驚きだ。
「だから言っただろ、これはれっきとした回復ポーションだと」
若干ドヤ顏になるシュン。
「さあ態勢を整えるぞ、俺はこのまま地下遺跡を目指す……がお前らはどうするんだ?」
エミを見ながらシュンは確認を取る。
元々最後まで付き合うという話では無かった。
ここまで討伐したモンスターの素材などでそれなりの稼ぎにはなっているはずだから、ここで引き返すのは冒険者としてはいい判断だろう。
「そうだな……オレとしてはシュンと一緒に行こうとは思うんだが、判断はリルに任せるしかない」
エミはリルを見る。
エミに話を振られたリルは考え込む。
---エミはシュンについて行きたそうね、ミラも自分の魔法が通用して高揚しているしリルもシュンのポーションで全快になった……とは言ってもさっきのバーティービジットっていうアンデッドはかなり危険な相手だったし、あんなのが他にもいる上にアレで一番格下かあ……私やマリには付いて行けないかも……---
「参考までに言っておくと、オレとシュンならあんなのが何体いようが敵ではないぞ、ミラの魔法もあるしな」
エミは余裕そうに言うが、実際のところシュンはドーピング切れでボロボロだったし、ミラの最大魔法もそう何発も撃てるものではない。
「ワタクシからも言わせて貰えば……今回の事は冒険者としてよりも退魔師の誇りとして命を賭ける価値がありますわ……でも皆を巻き込む事は本意じゃありませんわ」
ミラはたとえ一人であっても乗り込む覚悟ではいる。
けれども仲間達がそれを良しとするはずがない事も分かっている。 強行すれば皆は付いてきてしまうだろう。
ミラは気付いていた。
自分の魔法が効いたのはそれまでエミやシュンがバーティービジットに深手を与えていたからだということを。
本体とも言える纒禍呪が切り離されていたからだということを。
自分の力ではまだ通用しない、皆を守れない。 だからリルの判断に従うつもりだ。
リルはそんなミラの気持ちを察する。
ーーーそもそも私達は冒険者、報酬も無しに命を賭けるような事はするものじゃない。 でもミラの目的を達成するための近道ではある。---
リルはパーティー結成時の事を思い出していた……
その時に交わした約束を……リルの心は決まった。




