第五話
パティナとともに通りを外れ、森の中へと分入っていったルース。
獲物は丸焼きに出来る程度の小動物が良いだろうと考え、パティナに罠を仕掛けてもらう。
森司祭は樹木崇拝者であり、樹皮などを食べる獣を排除する為の術を身につけているが、彼女はまだ少女で見習いだ。
まだまだ未熟である……とは言え、簡単な罠を仕掛けるくらいの魔法は出来る。
『トワインホールド』それがその魔法の名だ。
エリアを指定してそこに足を踏み入れたものを、地中から植物の根を這わせて絡み付け身動きをとらせなくするもので、大型の獣などにはあまり通用しないものだが、見張っていれば動きが阻害された瞬間に仕留めるといった手法で、大物を狩る事もできないことはない。
もっとも今回は小動物が目的なのでその必要は無い。
ちなみに捕縛系の魔法は“ホールド”“バインド”“アレスト”“アプリヘンド”と順に強力になっていく。
『トワインアプリヘンド』までいけばドラゴンだって捕獲出来る。
「ルースさん、罠も仕掛けたので山菜でも採りましょう。」
「張り切ってるじゃ無いかパティナ。」
「別に……そう言うんじゃありません。」
まだ年若いパティナにとって、臨時とは言え初めて出来た年下の仲間というのが嬉しいのだろう、周りは年長者ばかりだ。
「ははは、そうだな。」
しかし、とルースは思う。
あのシュンという少年、記憶喪失と言っていたが本当にそうなのだろうか?
悪意ある人物には思えないが、召喚されてきたというのがどうにも腑に落ちない。
おまけにあの戦闘時の動きはちょっと少年のそれでは無かった。
あくまで伝説ではあるが、あの“ヘキサピラー”は間違いなく特殊な場所のはずだ。
今まで何回も調査団が送られ、石柱で囲まれた内部に入る事はついぞ無かった場所で、兄であるモルドーヴだって窃盗までして数年かけて辿り着いたのだ。
結果が可哀想な少年一人をさらに可哀想な状況に追い込んだだけという事では、窃盗までされたあの謎アイテムだって報われない。
(まさか二重封印………あの少年の中に本当の魔王が封印されている?……ありえる。)
記憶を失ったのはその副作用とかで、いやでも封印はかなりの昔に行われたはずなんだから、あの少年はその頃から身に魔王を宿しあの場所に封印されていたということか……と想像を膨らませる。
伝説によれば、ヒト族と魔族との長い戦いの決着がついた場所と云われていて、人間の勇者であったランデルディーがその命を使って魔王を封印したのがあのヘキサピラーだと言われているのだ。
確かに穴の多い伝説ではあるが、伝説なんてそんなものだろう。
だからこそシュンが関わっていたかもしれない余地もあるというものだ……。
まあ、そこまではいかなくても、情報魔術を使えば何かわかるかも知れないと思い、冒険者カードの提案をしたのだ。
あまり疑うのも罪悪感があるが、あの様な言い分を鵜呑みにするわけにもいかない。
野営をするなら良い機会だ、じっくり腰を据えれば何か話ができるかも知れない。
そんな事を考えながら山菜をとっていた……それがいけなかったのかも知れない。
ビリビリビリー
そんな音がなった。
切れ長の目に先の尖った長い耳、ほっそりした体つきの美しい女性……あろう事かエルフの女性の衣服を破ってしまっていた。
何故なのか?
何故こんな所にエルフが寝そべっているのか?
うつ伏せになって見上げるエルフとルースの目と目が合い、お互い硬直する。
しかしそれも一瞬の事。
「え、ちょ、君何でそんなとこに……。」
「いいやアアアアアア!!」
大絶叫であった。
「ルースさん、どうした………な、なんて事を……。」
パティナが今まで見たことの無い顔で驚愕する。
「いや、ち、違う、これは、その……ち、違うんだ!」
慌てるルールだが、目の前には服を裂かれ涙にその顔を濡らし、そのしなやかな肢体を露わにし身体を抱えてうずくまる美女。
方やルースの手には衣服の切れ端……ブラジャーの様にも見えるものすら掴んでいた。
駄目である、無理である、違うとかは通用しない、まぎれも無い性犯罪者であった。
「い、いや……たす……助けて……。」
怯えながら懇願するエルフ……ますます言い逃れのできない状況になりつつある。
「いやあの……ご、ごめ……」
「おい貴様ああ!」
鋭い怒鳴り声が響く。
「ああ!レイテスが!」
「大変だ、人間の変態に襲われている!」
奥から数人の男エルフが出てきてルースを囲む。
万事休すだった。
「違うんだあああああ!」
実に流れる様な展開だ。
狙っていたのではないかと勘繰りたくなるくらいのスムーズさだ。
一連のスピーディーさに呆気にとられたパティナには、連れ去られるルースを見送ることしか出来なかった。
「………という事なんです。」
「なああにやってんのよあの馬鹿ああああ!!」
「ルースは禁欲な男だったからな……溜まっていたのか。」
交渉だのプライドが何だの全然関係が無かった。
ただルースがバカなだけだった。
ルースが女性をそんな風に襲うとはシュンは思わなかったので、何かの手違いだろうとは思ったが、それにしてもひどい。
「いや……何かの間違いじゃ無いんですか?ルースさんはそんな人に見えませんし、パティナさんもいるというのに豪胆過ぎますよ。」
「でも私が見たときはうずくまったエルフの女性の衣服が破られてて、ルースさんがその剥ぎ取った衣服を持って『ゲヘヘ』みたいな顔をしてて……チチがどうのと。」
ひどい改変である……悪意すら感じる。
「ぁあんの変態野郎があああ!アタシというものがありな……いやあの、ゲフンゲフン。」
リーリスが慌てて咳き込むが手遅れだろう。
(そうか、リーリスはルースの事が……。)
兄と違ってモテるようである。
「パティナ、エルフの向かった先は分かるか?」
「え、あハイ、足跡は辿れます。」
「では向かうとするか……のんびりしてると日が暮れる。」
「あ、そ、そうね、アイツめ一発ぶん殴らないと気が済まないわ。」
やめてあげて下さいルースが死んじゃいます。
思わずルースの首が飛ぶシーンを幻視してしまう。
「ええ、あの変態さんを助けに行くんですか……。」
パティナは意外とキツイな。
(これが若さ故の潔癖さというやつか。)
ヴォルの対応との違いをまざまざと見せつけられた。
「じゃあ急ぎましょう、僕はルースさんを信じてますよ。」
シュンが何とかフォローを入れると、『シュン君が言うなら』とパティナも納得し、ルース奪還へ向けていざエルフの集落へ。
そう勢い込んで出発したのだが……。
夕暮れ時に動き易い昆虫型モンスターとの戦いは、苦戦をするという事は無いものの十分に鬱陶しかったし、夜行性モンスターもそろそろ動き始める時間帯なのか、やたらと遭遇した。
リーリス怒りの首切りパンチが炸裂しまくった。
ヴォルはやっぱり攻撃魔法は使わない。
パティナのドルイド魔法は攻守両用だ。
シュンも目立たない様に補佐をする。
攻撃の要であるルースはいないが、十分に力のあるパーティーだ。
倒したモンスターはヴォルが『状態保存』の魔法をかける。
今は素材収集をしている暇はないので、帰り掛けにそれをやろうという事なのだろう。
もっとも別の何かの餌になってなければだが。
攻撃魔法は使わないヴォルではあるが割と便利な男である。
この人達結構強いな……そんな事を思いながら、いざという時は本気を出そうと慎重に様子を伺うシュンだったが、その機会は訪れる事は無かった。
なんだかんだそんなこんなを経て丁度日も落ちた頃に集落へ辿り着けたのは僥倖だろう。
そこは百人程の規模の小集落だった。
樹上に拵えられた住居や開けた地上部分にも何軒もの家が建てられている。
周囲を簡単な柵で囲んであるが、魔物除けの結界的な魔法が掛けられているのがシュンには分かった。
ヒト族の中でも抜きん出て魔力の高いエルフにとって、この程度の結界魔法は児戯にも等しい事だろう。
入り口とおぼしき場所に一人のエルフの青年が立っている。
長命のエルフなだけに見た目通りの年齢ではないだろうが……。
「おい、お前ら……ひょっとしてあの人間の男の仲間か。」
何せこちらに非がある事だけに、勘気を蒙るのもやむなしと身構えていたのだが、あまりそういった様子もなく、簡単に集落内に招き入れてくれ、拍子抜けするくらいだった。
「お前ら、あいつの仲間なら早く連れて帰ってくれ。」
一体どうしたと言うのだろう、スケベ容疑で逮捕連行されたのではなかったか?
随分とあっさり釈放してくれるものだ。
「ちょっと、アイツは無事なんでしょうね……いや別に心配してる訳じゃないけど。」
リーリスがツンデレっぽい事を言った。
連れて帰れという事なのだから生きてはいるのだろう、しかし容疑が容疑だけにリンチぐらいにはされているかもしれない。
それによって罰は与えられたから放免するという事なのかもしれなかった。
或いは、一人では動けない程のダメージを与えられてる事すら考えられた。
「見れば分かる。」
エルフの青年はそう言って先頭を歩く。
そして連れて行かれた一軒の家、思いも掛けないその中の光景に一同は目を瞠った
「はいルース様、あーん♡」
「やめてくれ。自分で食べられる。」
「どうかその様な事おっしゃらずに………はい、あーん♡」
「し、しかた………ないな。」
「お味は如何です?」
「う、うん美味しいよ。」
……いちゃいちゃしていた。




