第五十八話
シュンの攻撃速度の凄まじさはこれまでの戦闘で皆もよく知るところだったが、今のはそれまでのどの時よりも速かった。
ドーピング効果が切れてくる頃である事を承知しているシュンは、この一撃に全力を乗せたのだ。
スピードだけでなく、バーティビジットの意識の死角からの攻撃を持ってして、一番脅威であると思われる“纒禍呪”とやらの腕を狙ったのだ。
たとえそれが何であれ、警戒も慎重も過ぎればただの臆病だ。
臆病で好機を逃すわけにはいかない。
『けっ、そうかよ……その剣がヘカルの旦那に傷を付けたって事か』
バーティビジット傷口が妙な感じで蠢いている。
まるで肉自体が生きているかの様だった。
恐らく腕を再生しようとして、上手くいってないのだろう。
『腕が生えてこねえ……厄介な武器を持ってやがんな』
シュンも自分の身体を検めるが、特に変化はない。
運はいい様だ。
「こっちも忘れてもらっては困るな」
シュンの方に振り向いたバーティビジットの背後からエミが斬りつける。
「“退魔付与”!」
その剣にミラが対アンデッド用の魔法を付与する。
さすがはパーティー、いいタイミングだ。
『ちぃぃ、鬱陶しいぜ!』
エミのつけた傷もバーティビジットは回復させられない様だった。
エミの武器はただの剣ではない。
自らのスキル《魔法》によって無属性魔法の“斬れ味強化”を付与してあり、出来ればもっと重ね掛けをしたいところであったが、刀身がもたない為にこれだけにしてある。
属性魔法の付与を前提にしているからだ。
無属性魔法の付与ならば属性魔法の付与をかけても効果が相殺されないので、永続効果の“斬れ味強化”を基本として、今回の様に属性魔法の付与を重ねて使用すれば、こうして強敵相手にも通じる。
「ミラ、あの腕の“纒禍呪”ってのはどういうモノなんだ?」
ここで、シュンもようやくミラに質問をする。
切り落とした腕からは未だに呻き声が聞こえるので、危険性はまだ残っている。
「罪禍の禁呪……罪を犯した者が受ける禍いをその身に宿す禁呪法……」
ひねり出す様に呟くミラ。
あまり説明になっていないが、シュンとエミにはそれで十分だった。
禍いを身に宿す……それはトリストラムの使っていた呪法の一つだ。 いや、一部と言うべきか。
トリストラムは禍いを身に宿すどころか、禍いが服も着ないで歩いてるような奴だった。
その劣化版と考えれば、要は触れただけで呪われるという事だろう。
あの威力だから、くらえば呪われるだけでは済まないだろうし、どういう呪いかも分からないが、今シュンとエミが何の影響も受けていない事からも当たらなければどうという事もないのだろう。
片腕は残っているが、ミラの退魔魔法による加護も多少は効果があるのだろうし、武器も有効となれば二人の敵ではない。
“腕が生えてこない”……バーティービジットは確かにそう言っていた。
つまり普段は腕が斬られてもすぐに治るという事で、片腕状態には慣れていないという事だ。
実はシュンは何度かあったりする。
「なるほど、禍いか……そんな程度脅威にはならんな。 今更聞きたい事もないし、景気付けに貴様にはここで滅んでもらおう」
「お前みたいなのが蔓延っているのは、言ってみればオレの前世の不始末だ。 ここでその清算をするとしよう」
シュンとエミ二人の意見は一致している。
『ほう面白え、良いぜお前ら、もっと俺を楽しませやがれえ』
同時に二人が動いた。
しかし、いきなりシュンの脚がもつれて転倒する。
咄嗟に片手をつき、前回り受け身の要領で受け身を取り、隙を最小限に抑える。
ドーピングの効き目が切れたのだ。
バーティビジットは逆に意表をつかれ、エミの剣撃をまともにくらってしまう。
『おっと、どうしたあ? もう限界かよ』
だがバーティビジットは意に介さず、転倒したシュンに目を向ける。
死体だけあって痛覚などはないのだろう……そしてそれはそのまま弱点だ。
シュンは痛覚遮断の薬を使わない。
作り方すら知らない。
リアに頼めば作ってもらえるかもしれないが、そんな事はしない。
痛覚とは大事な信号だ。
勿論、痛みというのは耐え難いものもあり集中力や体力を奪っていく。
しかし自身の異常を自覚しないまま戦闘を続けるというのは、もはや死を覚悟の特攻だ。
……エミが狙ったのは脚だ。
「ミラ!リア!脚を狙え!」
シュンはドーピングの反動に耐えながら叫ぶ。
バーティービジットは気付いていない……自分がシュンとエミとの数度の攻撃により呪力の欠乏に陥っている事を。 そして両脚が切断されかかっている事に。
「退魔草!」
「昏き顎は縛獄の誘い、奏でる葬歌は永獄の標べ……“リジオンディスパーチ”!』
リアの投げた石がバーティービジットの足元で退魔の輝きを発し、傷口を広げ両脚を切断すると、 遅れて呪文の完成したミラの最大の退魔魔法がバーティービジットの下半身を吹き飛ばす。
『くっ、な、何のおおお!』
バーティービジットは倒れざまに、残った片腕を地面に叩きつける。
響く轟音と衝撃波。
陥没した地面から大量の怨霊が生み出され、一斉に襲い掛かってくる。
「“セイクリッドファイヤ”」
リルが浄火の魔法を使って応戦し、マリもボウガンを怨霊に撃ち込む。
リルの浄火はあくまでモンスターの死体処理用の魔法であるが、アンデッドにも多少は有効なようだし、マリの矢もダメージこそ与えないが、怨霊の念を散らすぐらいの効果があるようだ。 多分今回の為に用意したのだろう。
二人とも自分の身ぐらいは守れているし、リアも息を切らせながら退魔草で応戦しているし、ミラはレイピアで怨霊を斬り伏せている。
そしてエミは……
「やれえエミ! クビがガラ空きだあ!」
陥没した地面に半分埋まりながらシュンが叫ぶ。
エミは木々を蹴りながら跳躍していた。
自分に向かってくる怨霊を切り裂いてバーティービジットに急降下している。
「言われるまでも無い!」
『お、おのれえええ!』
鈍い肉を切り裂く音が聞こえた。
バーティービジットの頭部が胴体から別れて跳ね上がり、地面に落ちる。
「やったか?」
「ああ、終わりだ」
シュンの呟きにエミはそう応えた。




