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第五十四話

「さすがに早いな」


エミがシュンに声をかける。


「ゴメンね、待たせちゃった?」


リルがちろっと舌を出しながら、軽く謝罪をする。


「なに、女子の準備には時間が掛かるってのが相場だろ、大した事は無いさ」


シュンも軽めに返すが、リルの態度が若干距離感近めになった気がして少しドキっとする。


「問題がなければすぐにも出たいんだが……」


時間はもう昼に近い。


「シュン君お昼は食べましたか?」


“腹が減っては何とやら”と言うのは承知しているが、あいにくたっぷりドーピングしたお陰で食事は喉を通りそうに無い。


「まあ食べてはない、けど問題無い」


「じゃあこれ上げますんで、リュックさんにでも入れておいてください」


マリが渡してきたのはサンドイッチだ。

冒険者の昼食はサンドイッチが定番なのだろうか? まあ食べやすいが。


「有難く頂こう」


そう言い、リュックに仕舞うと踵を返し森に向き直るシュン。


それを合図に全員で森に向かう。

今回は行き先が決まっているから別行動の必要は無い。

と言うか、この状況下での別行動は子供でもわかる愚策だ。


「先行しての警戒は必要ですか?」


にも関わらず、マリは斥候を買って出ようとする。

やけにやる気だ。 一番乗り気じゃなかったはずなのに……

ただ、マリのスキルは一団で行動しているうちはその真価を発揮しないのも確かだろう。


「いや必要無い。 先頭は俺が立つ、その後ろにミラとマリが並んでくれ、三列目にリルとリア、殿はエミだ……絶対に離れて動くなよ」


「リーダー私なんだけど?」


シュンの指示にリルが頬を膨らます。


「なら、今俺が言った指示をリルが言えばいいだろ」


「それ意味なく無い?」


何だ? 妙に雰囲気軽いな。

シュンは逆に不安になってくる。


「じゃあ今シュンが言った並びでいくわ、絶対に離れちゃダメよ」


一々言い方が軽く感じられる……何があった?

だがそんな程度の事に気を揉む余裕はシュンには無い。

問題が起こらず、事が円満に運ぶのであればむしろ歓迎したいぐらいだ。



………今のシュンでは気づけない事なのだが、単にシュンの気持ちが彼女らに対して開いてきている事がその距離感の正体だった。

仲間として受け入れられ、受け入れたが故に感じる気安さだ。 要するにシュンの方も彼女らに対して身構えていたという事だ………



森に入ると、木々に遮られて雨の勢いが多少は削がれる。

雨具として防水の外套、雨合羽の様な物を貸してもらっているので、この程度なら体温の低下などの弊害は十分に防げる。

いかに全天候型兵器と言われたシュンでも、こういった装備はあったほうがいいに決まっている。


「おいリュック、ここからの案内は頼むぞ」


「お任せするでヤンスよ」


ちなみにリュックの口は開けっ放しにしていても、荷物が落ちる事は無い。


「このまま森の外縁を一周するでヤンス」


リュックが変な事を言い出す。

一周してきたらこの場所に戻ってくるだけだ。


「ギャース!!」


シュンはリュックの眼窩に浮かぶ、つぶらな目に二本指で目潰しを与える。


「おい、俺たちは遊びに来てるんじゃ無いんだぞ!」


早くルーセリーナを助けなければならない。

早くあいつらを解放してやらなければならない。

無駄は最大限省かなくてはならない。


「酷いでヤンス酷いでヤンス、あっしは真面目にやってるでゲスよ。 生者が地下遺跡に入るためには決められたルートがあるんでヤンスよ」


リュックの言っている事は本当だった。

アンデッドであれば特殊な空間を渡って行き来が出来るらしいが、生ある者が入ろうと思えば、ある種のキーが必要となる。

それは、この森に刻まれた印通りに歩かなければならないというものだ。 リュックを始め、知性あるアンデッドにはそのルートを首領から伝えられていた。


「め、面倒臭え……」


確かに関係無い者がうっかり入り込まない様にするには良い手段かもしれないが、アンデッドの知能頼みって言うのは大丈夫なのか?と思ってしまう。

もちろんシュンはリュックを信用はしている。

だが信用と知能は比例するものでは無い。


「何だ何だシュン、だらしないぞ。 それしか手段が無いならやるしか無いだろ」


エミがシュンにハッパをかける。


「アンデッド退治を面倒だなどと言ってられませんわシュン」


ミラも何だか元気だ。


「まあそうなんだけどよ、お前らがそんなに元気なのがよく分かんねえよ」


シュンとて別に嫌なわけでは無い。

無駄な時間は嫌いだが、必要な時間なら喜んで消費しよう。

森に入って気が早っていたため、気勢を削がれてウッカリ愚痴が出た。 シュンはウッカリ屋さんなのだ。


気を取り直し、リュックの言う通りに森の中を歩いていく。

……結構距離がある。

森の外周部と言っても別に道があるわけでも無い。 日が暮れるまでに一周できるかどうかも怪しい。


今日一日でケリがつくと思っていたわけでも無いが、地下遺跡に辿り着くまでに野営が必要になりそうだとは思わなかった。


「おっと皆んな、敵さんのお出ましだ」


「ブリーデングウルフ!」


マリが叫ぶ通り、ブリーデングウルフ十数頭の群れだ。

木々の隙間から顔を覗かせるブリーデングウルフ。

地形的にいかにも不利だ。


「俺が斬り込む!エミは後方のまま警戒と皆んなのカバー、漏らした敵は左右をリルとマリで対応してくれ」


「だからリーダーは私だってば!」


後方に回りこまれる事を警戒してエミは後衛に固定させる。

そして、シュン自身が突入する事によりブリーデングウルフの行動範囲を出来るだけ限定させ、シュンを回避したブリーデングウルフはマリの弓とリルの魔法で対処してもらう。

距離を詰められれば危険になるが、接近戦はミラとリルがそれなりにできる様だ。


シュンがこのパーティーの編成を聞いて最初に思った事は中盤が不足しているという事だった。

前衛と決定打はエミ、援護はリルとマリ、回復はリアでミラは特化型。

大物単体相手には有効かもしれないが、こういった小物の群れには対応が遅れる。


けれど、そんな弱点は彼女らが一番よく知っているので、エミから時間稼ぎができるくらいの近接戦闘を習っている。


そこに今回はシュンが加わっている。

後方に回りこまれる事さえなければ、エミが皆んなのカバーに回れるだろう。


ブリーデングウルフがあまりバラけてはいなかった為、最初のシュンの突撃で六頭を仕留める。

前回とは武器が違う。


ブリーデングウルフの足が一瞬止まる。

奴ら特有の警戒だが、“相変わらずだな”とシュンの頬が緩む。

他の者ならいざ知らず、シュンに対しては致命的な隙だ。


そこから二歩の範囲のブリーデングウルフ三頭を斬り伏せる。 当然全て急所へ一撃だ。

残るブリーデングウルフはシュンを避け、本隊に接近し左右から二頭づつ飛びかかるが、マリとリルで一頭づつダメージを与え、動きの鈍ったその二頭にエミがトドメを刺して、そのまま残る二頭をいなしているミラとリアの援護に入り、致命傷を与える。


シュンは後ろを振り返って皆んなの動きを見ていたが、それぞれの仕事をきっちりこなし、チームワークの高い連携につなげている様は、ルース達にも劣るものでは無いと感心する。


しかし、やはり特筆すべきはエミだろう。

魔法を封じられているので剣のみだが、ターゲットの選定や乱戦の中での正確な剣さばきは流石のものだった。


(あいつだって年齢を考えれば十分化け物じゃねえか)


そう思わずにいられないシュンだった。

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