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第五十三話

「何だ、朝っぱらから騒々しいな」


ボサボサの髪のまま、寝巻きでエミが庭先に顔を出す。


「随分はしたない格好だな、美少女とか言うのはどうした」


「ん、ああ……まあお前相手に気を遣ってもなあ」


嘘である。

しまった、そう言えばシュンは朝までここでアイテムクラフトをすると言っていたな。 寝起きのこの姿を見られたのは失態だ。

などと、実は焦っていた。

それを悟られるのは何となく癪なので、勤めて平静に応える。


「まあどうでも良いか、それよりどうすんだ? 雨が降ってるが、俺はもうじき出立するぞ」


どうでも良いとは何だ……とは言わない。 思っても言わない。 言ってやるもんか。


「ああその事だがな……」


「私から説明するわ」


リルだ。

エミと違って髪も整え、着替えも終わっている。


昨晩、シュンを残して皆は再び話し合いを持った。

ミラは一歩も引かず、エミも気乗りはしないがシュンがいるなら、と思いミラを支持し、リアは結果に従うと言い、マリは嫌そうだった。


そこでリルは条件付きでシュンに同行する事を認めた。

その条件とは、エミは一切の魔法を使ってはいけないというもので、危なくなったらエミのスキルによる魔法“イザキュレイション”で撤退するというものだった。


“イザキュレイション”はあらかじめ設定した避難場所に瞬間移動する魔法だ。

空間移動する魔法は軒並み消費魔力が高い。

しかしこの魔法は、設定場所に陣紙を使った魔方陣を用意しておけば、その魔力を補ってもらえるため、エミの魔法力でもギリギリで使えるのだ。

その為には、当然他の魔法を使っている余力はない。


そしてその判断はリルが下すが、そこにシュンは含まれない。

この魔法で連れて行けるのは術師との契約が必要だが、それをシュンは断ったからだ。


シュンはもとより引く気がない。

相手が相手だけに、さらにルーセリーナを助けなければならない為に途中で引き返す訳にはいかないのだ。

けれども彼女らをそれに付き合わせる訳にはいかない。

逃げると言うならそれが一番だ。


……と言うより、なぜついてくるのかが良く分からない。

逃げるつもりなら始めから来なければ良い。

ミラがアンデッドを倒したがっているのは分かるが、それだけでは理由が付かない。

全員で説得すれば意見を翻す事もあるだろうに……


「話は分かった……だがなぜそんな無理をするんだ」


「それはシュン君が仲間だからですよ」


今度はマリだ。


当然の様に髪は整え、着替えもしている。


「シュン君は昨日あんな事言いましたけど、そう簡単に抜けられると思わないでください。 エミなんか泣きそうな顔してましたよ」


「オ、オレはそんな顔してないぞ!」


慌てて否定するエミにマリが悪戯っ子の様な顔を向ける。


「冗談ですよ、さあ朝ご飯の支度が出来てます。 それを食べたら準備をしましょう」


屈託なくそう言うマリに、シュンは好ましいものを感じる。

自分が彼女らに受け入れてもらえた事が素直に嬉しかった。


この世界に連れてこられた時も、最初は迫害に近い扱いを受けた。

それほど異質な力をシュンは持っていた。

それが初めて誰かに仲間と言ってもらえたのはいつだっただろうか……


そうだ……あいつだったな。

絶対に呪縛から解放してやらなきゃな……

俺の身代わりとなる様にトリストラムの呪いを受けたあいつを。


今、仲間と言ってもらえた事が嬉しかったのと同じく、あの時もその一言に救われた。

今度こそ俺があいつを救ってやる。


……でも、なぜ急に俺は仲間認定をされたのだろう。

昨日居場所が無いと言われたばかりなのに。


嬉しくありながらも腑に落ちないシュン。

それはマリの言葉のせいだった。


『シュン君が何者かは分からなくても、人となりは分かるつもりです。 彼からは誠実さが感じられました……信用も信頼も時間をかけて培っていくものです』


この一言に皆が気付いた……自分が熱くなりすぎている事に。

男だからと変に意識しすぎたのかもしれない、誰が相手であれ重ねた時間が絆を作っていくのだと。 自分達がそうであった様に。


『一人で行くよりは消耗は少ないでしょ』


とは、食卓でのリルの言葉だ。


この言葉により、シュンはなるほどと理解する。

つまり危険云々はともかく、最初から幽霊狩猟退治などは考えてはいなく、シュンがそこに辿り着くまでの補助に徹するという事なのだろう。

仲間として受け入れられたというのはこういう事なのだなと、心が暖かくなる。



食事を終わらせ、傘を借りて宿に一度戻る。

そこにルーセリーナの姿はない。

やはり拐かしたと言うのはハッタリなどではないのだろう。

シュンはサイドテーブルの上に置いてある一枚のタオルを手に取りリュックの口を開け、何かを喋り出す前に素早くチャックをしめる。

宿の中でヤンスヤンスでゲスなどとがなり立てられては風聞が悪い。


一先ずはこれで今できる準備は整った。

ある種賭けの要素もあるが保険も用意したし、金銭を使わずにできる準備は終了だ。

後は残り金額を使い切る覚悟で陣紙を購入する。


(ルーちゃんを助けるためだ……惜しんでいられない)


歯を食いしばった口の端から血が流れ、固く握り締めた拳には爪が食い込みそこからも血が滴る。


まさに断腸の思いで……清水の舞台から飛び降りたのだ。



エミ達の準備は人数が多い分もう少しかかるかもしれないが、先に待ち合わせ場所へ向かう事にするシュン。 昨日臨時キャンプを張った場所だ。


降りしきる雨は少々鬱陶しいが、行動を阻害する程ではない。

雨中の行軍など慣れたものだ、魔族は天気など気にもせず攻めてくるのだから。

お陰で全天候型汎用人間兵器などと揶揄されたものだ。

そんなシュンにとっては、寧ろ恵みの雨となるかもしれない。


キャンプ跡地に着くと立て看板がしてあり、この先立ち入りを禁ずるとの旨が記してあった。

ギルドの仕事も早いものだ。 ひょっとしたら軍の到着も予想以上に早いのかもしれない。


シュンは左肩に背負った背囊のチャックを開く。


「おいリュック、地下遺跡とやらは此処からどの位かかりそうなんだ」


「ふひー、っと旦那……すいやせん、此処からじゃチョット……ある程度森に入って行かないと分からないでヤンス、なんせあっしは森を出たのは昨日が初めてなんでヤンスよ?」


まあ、もっともな話だ。

今のリュックはシュンに嘘はつけないはずだから、信用していいだろう。

この話から、幽霊狩猟の連中は森からは出られない様だ。


「幽霊狩猟は森が活動限界なのか? それとも他に何か理由があるのか?」


「うーん、どうなんでヤンスかね……あっしがこの森に来たのは、五年前でヤンスが、つい三日ほど前に首領から活動許可が出るまで地中に埋まってたんでヤンスよ。五年前以前はずっと地下遺跡の納骨堂に放置されてヤンしたから、あまり考えた事も無いでヤンスよ」


地下遺跡の納骨堂は名ばかりのもので、単に各部位の骨が散乱しているだけの場所だ。

そこでほぼ自然発生的に骨が集まり、スケルトンの形を成し活動を始める。

リュックもそうして形成されたスケルトンだが、何年かは納骨堂内をただうろついていただけの様だ。


……五年前か。

シュンは考える。 ルースの兄が唆されてシュンの復活を準備したのも、エミが魔王の記憶を思い出したのも五年前と言う話だった。

偶然で片付けるには不自然だ。


そうは思えども、わからない事を考えるより今は他にやらなければならない事がある。


今の話だけでは幽霊狩猟が森から出てこない保証にはならない。

ならば油断する事なく、今のうちに掛けられるバフを掛けておく事にする。


何せ今のシュンは子供の身体だ。

昨日もヘカルベレントと少々打ち合っただけで凄まじい消耗だった。

二の轍は踏まない。


リュックの口を大きく開き、中のものを覗く。


「アガがが……」


リュックが変な音を立てるが、痛みなどは無いはずだから我慢してもらう。

まずはマンドラゴラニンジン由来の滋養強壮薬を取り出し二口ほど飲む。

飲み過ぎるとショック症状が出るが、適量ならばスタミナが飛躍的に上がる。

もちろん一時的なものだが、効果時間は薬半日といった所か。


さらに筋力増強剤、筋張硬化薬、覚醒作用のある興奮剤、などを次々と摂取していく。

どれも天然由来のものとはいえ危険な薬だが、用法用量を守っていれば危険は最小限に抑えられる。

……バフと言うよりはドーピングである。


さらにルースに選んでもらった木綿の上下着衣に、陣紙を使った漢字魔法で防御力を強化する……陣紙を二枚も使ってしまったが、薬剤と違って効果は永久だ。


そうこうしているうちに遠目にエミ達の姿が見えてきた……いよいよ出発だ。


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