第五十一話
(また口がすべった)
相も変わらず失言する自分を内心で戒めながらも、
「俺が飲むんだから別に何を使おうと問題ないだろ、効能さえしっかりしていればそれでいい」
と、若干ムキになりつつ、周囲のジト目を敢えて無視するシュンだが、実は心配になってきていた。
今の時代、ポーションを作るのにこの手法を使わないのだとしたら、スライムや香木、謎のパウダーの成分……とある昆虫の甲殻を粉末にしたものだが……に変化があったのかもしれない。
とはいえ市販品はかなり高額なので、購入するには資金が心許ない。
やはりコレで大丈夫だと思って使用するしかないが、試してみるべきではあるかもしれない。
かと言ってわざわざ自傷行為に走るのもバカバカしい………
「おい骨」
「な、なんでヤンスか……旦那目が怖いでゲスよ」
シュンは躊躇うことなく頭蓋骨にポーションを注いでみる。
“ジュウッ”っと音を立てて頭蓋骨から煙が上がる。
「ギャアアアア!」
けたたましく鳴り響く叫び声。
「うむ、ポーションとしての効能は問題無さそうだな」
火を灯らせていた眼窩が、白く濁った有り様になっている。
何となくだが、ピクピクと痙攣している様にも見える。
「……シュン君って、オニですね」
「アンデッド相手ですもの、一向に構いませんわ」
「いや、でも、アンデッドにダメージを与えたからポーションだっていう判断はどうなの?」
「……確かにある種のヒールポーションはアンデッドにダメージを与える……けど、ダメージを与えたからヒールポーションだと言う証明にはならない」
でも……と、リアは考える。
このスケルトンは、そもそも単体で十人以上の冒険者を全滅させたほどの力を持つ。
それ程のアンデッドに、これだけのダメージを与えるという事は、かなりの高位ポーションでなければ無理だろう。
少なくともリアのスキルによるポーションでは、おそらく殆んど無効化されてしまう。
所詮は低位のヒールポーションに過ぎないからだ。
つまり、これが歴としたヒールポーションだとすれば、それの効果は相当なものだと思われる。
そもそもヒールポーションは、リアの知識にある限りで考えるに、薬草の持つ魔力を取り出して、聖水のような……これもまた特殊な加工を施した水溶液にその魔力を反応させる事によって作られているはずだ。
それは即ち、シュンの作り方が極端に逸脱するものではないとも思える。
ただ、やはり製造工程を見る限り、あんな作り方で高位のヒールポーションが製造出来るとは信じがたい。
様々な指摘を畳み掛けられながらも、シュンはくじけない。
「ええい、うるさい。 とにかくこれでいいんだ。 もう幾つか作らせてもらうぞ」
と言っても鍋は一つだ。
シュンは未だにピクピクと白目を剥いている頭蓋骨からとある小動物の遺骸を数匹分取り出す。
大きめのリスの様な、耳の短いウサギの様なその小動物をシュンは手際よく捌いていき、腸を引きずり出すと、手頃な大きさに切断してよく洗い、片方を縛る。
そして作成したポーションをその腸に注ぎ、もう片方も縛る。
「あの、あんまりウチで気持ち悪い事をしてほしくないんだけど……」
リルがそう言うのも無理はない……実に猟奇的な光景だった。
こんな事を宿でやるわけにはいかない。 このまま庭を貸してもらえれば一番だ。
「すまんな、肉はやるから勘弁してくれ」
そう言う問題ではない。
「お、その肉くれるのか。 それは助かる」
ないはずだが、エミは喜ぶ。
「確かに、そのブロウラビットの肉は結構希少ですからね。 よくこんなの捕まえましたねシュン君」
と、マリも感心する。
レンジャーであるマリは、それが捕獲難易度の高い獣である事を知っている。
ブロウラビットは土中に潜り木の根などを食べる齧歯類だ。
地上に出てくる事は稀で、土中での移動の為に耳は短いが、視力の退化に伴い寧ろ聴力自体は発達し、その他感覚器官も鋭い。
肉は美味だが可食部位は多くは無く、毛皮は傷だらけで捕獲難易度の割に利用価値が低い事から特に狙う狩人も少ない。
そんな獣を何匹もこんな短時間で、他の素材とともに収集してくるとは……
シュンの言うように過去の勇者であるかは信じられなくとも、本当は少年では無いという事ぐらいは信じ始めている。
そもそもマリは皆んなほどは不信感をシュンに抱いてはいなかった。
得体が知れないと言うのは確かにそうだが、探索中も、口は悪くとも分からず屋ではなかったし、勝手ではあっても悪意は感じられないし、何より自分とリアの身を一番に案じてくれていて、実際に命を助けられた。
そんな事から、得体が知れないから信用が出来ないと、短絡的には考えられなかった。
実際の見た目が美少年と言って差し支えない風貌であることも影響しているかも知れない……と、マリは急に疑問が出てきた。
昨日と今日、この一日でシュンの見た目が違ってきている気がしてきたのだ。
確かに昨日初めて見たときは年下の少年に見えた。
実年齢は分からなくても、三つかそこらは下に見えたのだが……今はどうだろう?
態度や口調と相まって紛れていたが、むしろ年上と言われても違和感が無い気すらしてくる。
ジッとシュンの顔を見ると、確かに少年のそれだ。
けれど、最初の印象のような幼さが無い。
「そう言えば聞いてなかったんですけど……シュン君って幾つなんですか?」
そう考えていたマリの口から、反射的にそんな疑問が漏れ出てきた。
「何だ今更? ……君らより年下の十三歳だ」
シュンは 最初にエミに今の自分は十二歳だと伝えていた様な気もするので、その次の日に別の年齢を言う事には少しきまりが悪い気もするが、昨日ギルドで確認したステータスでは十三歳になっていたのだから仕方無い。
「……何だお前ら、何を惚けている」
シュンはポカンとする周囲に怪訝な顔を向けながらも、手だけは作業を続けている。
「そう言えばシュンって、昨日は……もっと子供っぽく見えてた……様な……?」
何やら混乱した面持ちで呟くリルも、マリと同じくシュンの見た目に違和感があるのに気付いた。
無言ながら、ミラやリアもハッとした様にシュンを眺め、同じ感じを受けている様に見える。
十三歳と言えば自分達とそう変わらない年齢だ。
言われて改めて見ると確かに納得できる。 顔は変わらなく見えるのに。
……まるで今まで認識を阻害されていたかの様だった。
「いやシュン、お前昨日は十二歳だと言ってただろ……俺を騙したのか」
大げさに驚くエミは特に何も感じてはいない。
「お前らは一体何を言ってるんだ? 俺はどうやら昨日十三歳になった様だ」
「どうやらって、お前は自分の誕生日を把握してないのか」
シュンはエミの言葉に溜息をつく。
「あのなあ……二千年以上前の誕生日が今の暦でどうなっているのかなど分かるわけはないし、そもそも実年齢は二千二十八歳であって、今言った十三歳と言うのはステータスに表示されている言わば肉体年齢みたいなものだ」
他の連中はともかく、エミはこのぐらい理解しているものだと思っていたシュンは、魔王の記憶だの前世だのとは関係無く、今ここにいるエミ……エミュールという少女は本当にバカなんだなとつくづく思う。
「まあ、エミはいい……それよりお前らは俺の見た目に文句がある様だが、さっきの説明を信じていないお前らに言える事はない。 もっとも俺もよく分かってないがな」
元々は二十八歳の成人男性だった体が封印されている間に十歳ぐらいにまで縮み、開放される時に変な声から力を与えられて十二歳ぐらいになって、昨日十三歳になった。
正直シュンにも訳が分からない。
この上、昨日より子供っぽくないだのと客観的な意見を言われても、シュン自身が実感できる事ではない。
この事はいずれちゃんと考えなければならないことかもしれない。
或いはルーセリーナならば、インフォメーションマジックなどと言うものを独力で作り上げた彼女ならば何か分かるかもしれない。
そう、そのルーセリーナを助けるためにも準備は入念に行わなくてはならない。
シュンはそのまま明け方まで庭を借りて作業を続けたのだった。




