第四十九話
皆がシュンの魔法に呆気に取られていた。
魔石の合体? 延べ棒? 聞いた事も無い……
そんな中、リアだけが声を張り上げた。
「シュラインガーダー……」
二回言われた。
「あ、ああ、そ、そうだ……この陣紙はそこで買った物だ」
魔法屋“シュラインガーダー” ……シュンの黒歴史である恥ずかしい自称の二つ名でもある。
こうして人から声に出して言われると恥ずかしさもひとしおだ。
「え、なんですかリア……シュラインガーダーって空想上の大賢者の名前ですよね。 まあいろんな魔法屋の名前にも使われてますけど」
「大賢者?」
マリの言葉に、シュンは別の誰かがこの名を名乗ったのかと思い始める。
「そうね、確か勇者ランデルディーを影から導いて世界を救ったっていうお伽話よね」
リルの言葉で、やっぱり自分の事かと思い直すシュン。
では大賢者とは?
何故そんな扱いになっているのだろうか。
ランデルディーが勇者なのはいいとして、シュンは大賢者などと呼ばれる様な賢い行動をとった覚えはない。
「その“大賢者シュラインガーダー”が得意にしていたのが魔方陣。 彼の特異魔法である“漢字魔法”だったと言われている……」
「詳しいのねリア……でも漢字魔法って、今シュンが使った魔法じゃない」
「え……じゃあ、まさか……リアはシュン君が本当に?」
困惑するリルとマリ。 だがリアとて困惑しているのは一緒だ。
彼女は治癒魔法の師匠からこの話を聞いていた。
それに、シュンの話から出てきた名前のルーセリーナとは、エルフの大魔導士の事ではなかったか。
「分からない……でもこんな魔法、他に使える人がいるとは思えない」
「私からもよろしくて? シュン、あなた今……幽霊狩猟の元凶をなんと言いましたの」
リアの話を中断し、ミラがシュンに質問する。
幽霊狩猟の話の時にシュンはトリストラムの名を出した。
「ああ、トリストラムか……もっともその話はエミから聞いたんだがな。 奴の事など思い出したくも無いし口に出すのも気分が悪い」
「……その名を持つモノを“亡者の始祖”……私達退魔師はそう呼んでおりますわ。 伝説のアンデッドは全てその呪いから生まれたと」
トリストラムの呪いは死後にまで影響を及ぼす。
それはつまり、トリストラムの呪いを受けた者は全てアンデッド的な何かにされてしまうという事だ。
その呪いの強力さ故に、生み出されたアンデッド達もまた強力なモノになるのだろう。
「けれどもその名は私達の間で秘されてますの、その名を口にするだけでも呪われてしまうと言われてますわ」
シュンもエミもその名を呼びまくっているが……
「……二千年前の魔王の配下がそうだとするなら、私達の伝承と時期は一致しますわね」
「ミラまで……二人ともどうしちゃったの? こんな有り得ない話を信じるって言うの?」
リルには、二人が上手く言いくるめられているだけにしか思えなかった。
大体、二千年前の人間だなどという事をどうすれば信じられるというのか。
魔法だってあくまで伝説だし、ミラの話だって大昔の伝承だ。
そんなものを持ち出したところで、それがなんの証拠になるのか。
……伝説の魔法を使い、門外不出の伝承を知ると言うのは、それはそれで他に説明を付ける事もリルには出来ないが。
「……別に信じた訳じゃありませんわ、ただ話には破綻も矛盾もなく、私の知識とも齟齬がない……と言うだけですわ」
ミラの言っている事は、ほとんど信じている人のセリフだ。
リアは黙っているが、あからさまな懐疑の目は向けていない。 と言うかシュンを見ていない。
ただシュンの合成した魔石の延べ棒をジッと見ている。 何となくだがウットリとしている様にも見える……その様子からは、もう信じてしまっている様にリルには思えた。
「リル、どうだ……これで三対ニだぞ。 頑固者のお前でも信じるしかないんじゃないか?」
エミはここぞとばかりに、リルの揺れる心に追い打ちをかける。
ふふん、と偉そうにも見えるエミだが、結局本当にシュンに丸投げにして何もしていない。
当然それはエミにも分かっている。
ただ、今まで五年もの間適当にあしらってきたリルが、自分の話を信じる可能性が出てきたのが嬉しいのだ。
仲間には……特に幼馴染のリルには、自分の全てを知ってもらい、その上で付き合っていきたいと思っている。
それでこその仲間じゃないか、とエミは考えるのだ。
それにしても、自分では仲間に一切信じてもらえなかった事を漢字魔法という飛び道具を使ったとはいえ、二人に『本当の話なのかもしれない』ぐらいにまでは持っていったのだから、シュンは凄い奴だと改めて思う。
「おい、あまり仲間を虐めるもんじゃない」
シュンはエミにそう注意すると、リルに向き直る。
「信じろという方が無理な話だとは思うからな、多数決なんかで信じる必要はないさ。 ただ俺は君らが仲違いなんかするのは見たくないからな、俺自身が誠実に対応したいと言う勝手な気持ちで話したまでだ。」
シュンは自身の気持ちを伝える事で、この話は終わりにしようと思った。
「信じないならば別にそれでいい、俺がこのパーティーから去れば普段通りの君らに戻るだろう。 もっとも今の話の通り、俺は幽霊狩猟の連中を止めなきゃならん……招待もされてるしな、どの道このパーティーからは抜ける事になるさ」
そう言ってシュンは踵を返す。
「じゃあサヨナラだ。 まあまあ楽しかったよ」
「お待ちなさい!」
背を向けたシュンにミラから声がかけられる。
「……シュン、私も一緒に行きますわ」
ミラ……ミラーナは代々続く退魔師の家系の生まれである。
その筋では名門と名高い家だ。
そこの長女として生まれたミラーナは、子供の頃から退魔術に対して類い稀なほどの実力を示してきたが、弟達ばかりが評価された。
元々退魔師は男系の家門が多い。
ミラーナの家も多分に漏れず男系家門である。
そんなミラーナに期待されたのは他家に嫁ぎ、より強力な退魔師を産む事だけだった。
その為、術そのものよりも知識や魔力を上げる事を主眼に置いた修行を課せられてきた。
その厳しく辛い修行の全てが、見も知らぬ誰かの子を産む為だけの為なのだと知った時に、ミラーナは絶望した。 自分の家門を誇りに思っていたミラーナにとって、家を捨てる未来しか期待されていないと言うのは我慢のならない事だった。
退魔師はそれぞれの家門に分かれているが、全体を一門と捉えており、強大な力を保有する事に貪欲なのだ。
その為には優秀な母体は必要不可欠であり、ミラーナとて大事にはされていた。
しかし、それはミラーナの望むものではなかった。
女性として家門のトップに立つ事を目標にしていたミラーナは、冒険者となり実績と実力を積み、皆を見返そうと書き置きを残し家を出たのだ。
そんなミラにとって、今回の幽霊狩猟は文句の無い相手だった。
いや、むしろミラには荷が勝ち過ぎている。 何せ、退魔師にとってのラスボスとも言えるぐらいの相手である。
けれどもそれぐらいで無ければ、家出までした放蕩娘を認めさせる事は出来ないのかもしれない。
「ミラ、あなたまだ……本気で言ってるの?」
最初から、戻ってから相談しようという話だった。
リルもそれは承知していたが、少し時間を置けばミラも冷静になるだろうと思っていた。
さっきは冒険者達がアンデッドにされたりして、興奮していただけだろうと。
「当然ですわ、みすみす獲物を横取りされるなんて……退魔師としてのプライドが許さないんですのよ」
「ならばオレも同行しよう」
そこにエミも追随する。
元々はエミは幽霊狩猟などに関わりたくなかったが、シュンに声をかけた手前放っておくのは無責任だとはおもっていた。
皆が行かないと言えば勝手に着いて行く訳にもいかないが、ミラが行くというのであれば、その身を案じる意味もあり、同行を申し出るのに吝かであるわけがない。
「……もう、二人ともいい加減にして頂戴」
さすがにリルも疲れてきている様だ。
「そうだぞ二人とも、かなり危険な相手の筈だ。 あまり皆を心配させる様な真似は控えるんだな」
と、シュンもリルに倣い二人を止める。
「お前がそれを言うのか? 大体シュンだって一人では厳しいだろう。 回復手段の一つも無いだろうに」
シュンに止められ、何だかムッとして食いさがるエミ。
「回復手段なら用意してきたさ、これからヒールポーションを作るつもりだ。 貴様に心配される謂れは無い。」
「ヒールポーションを……作る?」
シュンのその言葉に、今までジッと魔石を見つめていたリアが反応する。
「買うとかじゃなくて作るんですか? 今使った漢字魔法とかでですか?」
マリも不思議そうに質問をする。
「いや? そんなもったい無い事はしない。 普通に作るだけだが?」
シュンも不思議そうにマリに返す。
それを聞いたエミは、『やっぱりこいつは何とかしちゃうんだな』と、ムッとしながらも感心してしまうのだった。




